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練習した通り、マニュアルに沿ってハンドルを切る。

レースに復帰出来てよかったとよく周りから言われるが…

正直、俺自身「復帰した」という感覚は全くない。


記憶を無くす前に俺がこれにずっと乗っていたからかコツは簡単に掴めたが、

俺自身は「初めて乗った」という感覚。


センスがあると言われても、今まで何年も走っていた他の5人には到底敵うわけなんかなく、いつも最下位から2番目だった。


何故2番目かというと、理由はいつも俺の後ろをサラが走ってくれていたから。


恐らく俺の事を心配して、わざと後ろを走っていたのだろう。


それはそれでありがたかったが、正直、彼女には申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「ほっといて欲しい」なんて思ってはいないが、トレーニング風景を見る限り彼女の実力は今の俺よりかなり上だ。


そんな彼女に気を遣わせて、後ろを走ってもらうなんて…



しかし、今日のサラは違う。


俺なんかとうに追い抜いて一位を独走している。


何の事情があったかは知らないが、今日は本気を出してくれているみたいだ。









ブオオオオオッ!!








安心したと同時に不思議な感覚が、風を受けているナイジェルを襲った。


初めて見るレースでの彼女の後ろ姿。


強さを感じさせる背中が気迫に満ち溢れ、揺れる長い金髪が女性らしさを連想させる。









「…ッ…」







ナイジェルにますます不思議な違和感が襲う。





俺…この光景…見た事がある…?




いや、そんなはずはない。



今回、サラはレースで初めて俺の前を走っている。


見た事があるはずなんて…














…ブオオオオオッ!!!…………









「…ッ!」







あの日も、こんな激しいエンジン音が響いていた。



彼女が俺の前を走る光景。



急なカーブ、高いジャンプ。



そう…あの日。







アイツは俺の目の前で、一瞬だけ隙を見せた。



ずっとバイクに乗っていないとわからないような、ほんの一瞬の油断。







心臓が止まりそうになって、













俺は咄嗟にエンジンを最大限に働かせ











目の前に突っ込んだ。









俺は…





俺はっ…




























ブオオオオオオオオッ!!!這

























「えっ…」





突然後ろから、ジムやリッキー達のエンジン音とは全く違う音が聞こえて心臓が高鳴った。


自然と体中に鳥肌が立つ。




この感覚はっ…何!?







『おっと!何かレースに変化がありました!これは…』




スタンドの異常に、アナウンサーも興奮した声で立ち上がる。








ブオオオオオオオオンッ!!!











息を飲んだほんの数秒だった。


ひとつに束ねた金髪が突如逆方向に揺れ、激しいエンジン音が横を通り過ぎ、



そして目に、ある色が映った。







「…ナッ……」







激しく舞う土煙。


しかしそれも今は全て何もかもが…止まったかのように見えた。







『ナイジェル・ヨークだぁっ!!

先程まで最下位だったナイジェル・ヨークが次々とライバルを抜き去り、突如1位に躍り出たぁっ!』





今までバイク初心者に戻っていた彼が、突然人が変わったかのようにハンドルさばきを変え、一気にトップのサラまでも抜き去った。

テクニックもエンジン音もまるで違う。


これはっ…






ブオオオオオオオッ!!






『ゴ――――ルッ!!

ナイジェル・ヨーク!1位でフィニッシュです!一体この一瞬で何が起こったのでしょうか!?』


誰が見てもナイジェルの走り方は、後半から180度変わった。


ゆっくりと音が小さくなり、それぞれのバイクのタイヤが回転を止める。


2位でフィニッシュしたサラも、それに後ろから続いたジムやリッキーも…

何も言葉をかけられずにヘルメットを外して彼の背中を見つめた。





「…………。」






ナイジェルは黙り込んだまま、ヘルメットも外さずにバイクを降りた。




明らかに様子がおかしい。


会場の観客も異様な空気を感じとっているのか、妙に静かなドーム内。





「ナイジェル…?」


サラが恐る恐る呼びかけると、彼はゴーグル越しにじっと見つめ


そして歩き出した。




「大丈夫?…どうかし…」







ガバッ!






「……ッ…!!」



周りで見ていた仲間全員が目を見開き、ビッキーは口に手を当てた。





突然の事でサラは体が硬直してしまっている。




歩き出したかと思うと、突然彼女の体を強く抱き締めたからだ。




周りには仲間もいる。



そして大勢の観客も見ている。



それなのにそれを全く気にする事なく、強く黄色の体を抱き寄せた。



もちろんの事だが、このハプニングばかりはアナウンサーも開いた口が塞がらない。








「ナッ…ナイジェッ…」


「はぁ…信じらんねぇ…」


「………ッ…」



言葉遣いが違う。

それだけじゃない。

漂う空気も、温度も、さっきの歩き方だって…

数分前のナイジェルとは、まるで別人のようだった。








「俺がここまでダメ人間だったとはな…」


「ナイジェルッ…もしかして…」




「あぁ。全部…何もかも思い出した。


俺がバイクやってた事も、このレース会場も、お前ら仲間達の存在も…




サラの事、本気で愛してたって事もな」




「…………ッ…///」




心臓がドクン!と高鳴った。

周りで見ていた4人は言葉を失い、そして…



「ねぇ!?今のもしかして告白!?」

「嘘っ!?ナイジェルさんって、サラさんの事好きだったの!?」



大型ビジョンに映されたふたりの映像。

当然の事ながら、観客はざわつき始めている。




ナイジェルは得意のコースを走っている途中

ふとした拍子に失っていた全ての記憶が舞い戻り、体の感覚を取り戻した…という事か。

本当にいきなりで最初は半分信じられなかったが、


こんな大勢の前で大胆にこういう事を言ったり、そのゴーグルの奥の細く鋭い瞳は紛れもなく前のナイジェルに戻っている証拠だった。


驚きと興奮で何も出来ない彼女の体をゆっくりと離し、ようやくヘルメットを外す。

そしてナイジェルは懐かしい他4人の顔を見渡した。



「お前らも…心配かけて悪かったな」

「ナイジェル…本当に記憶が戻ったの?」

「何度も言わせんな。うるせー小娘も宇宙人も猫オタクも………あれ?その青いのだけ思い出せねぇ」


ジム「なんだと、お前!?」


「冗談だよ」





4人はすぐに駆け寄り、そして…



「「ナイジェルッ!!!!!!」」


興奮したビッキーとボビーが彼に飛びついた。


「わぁぁぁっ!!ナイジェル!本当に戻ったんだね!?よかったぁ!」

「うがぁぁぁぁ!ナイジェル君!僕は恋焦がれる君を待っていたんだぁ!今日こそ僕を抱いてくれ!」

「嫌に決まってんだろーが」




ようやく本物の「仲間」として帰ってきてくれたナイジェル。

全員がずっとずっと待ち望んでいた、この瞬間。


そんな事を知ってか知らずか、彼は顎髭を触りながら何事もなかったかのように「タバコ吸いてぇ」と小言を漏らした。


よかった。


この人が本物のナイジェル・ヨークだ。



やっと……やっと帰ってきてくれた。










「ナイジェル、おかえり」

「あぁ、ただいま」





ジムと強く手を握り合い、そして最後にリッキーが前に出た。



「ナイジェル、よかっ…」

「待て」

「……ッ…」



リッキーが手を差し出した瞬間、彼は咄嗟にその行為を拒んだ。

その行動に全員の視線が動きを止める。



「お前とは…まだ出来ねぇ」

「ナイジェル…?」

「お前は…今のままで素直にこの状況を喜べるか?」



「……ッ…」



そういえば皆それぞれが喜びを爆発させる中、リッキーだけがいつもより大人しい印象を受けた。


「お前とは…まだ解決出来てねぇ問題がひとつ残ってる。まずはそれをハッキリさせてから。感動の再会はその後だ」


「問題…」



ジムやビッキーは何の事だかわからない様子だが、本人には大体の検討はついているらしく、柔らかい笑みが真剣な表情に変わった。








「…彼女の事ですか?」

「………。」



ふたりに視線を向けられ、サラは困惑した顔を見せる。


会場の人間達が何事かとまるで映画でも観ているように大画面に見入っていた。





「俺は本気だ。これから先、何回記憶を無くそうが、どんだけ致命的な大怪我をしようが…気持ちは変わらねぇ。

ハッキリと言っちまえば、俺以外の男に取られたくねんだよ、コイツを」


「それは、俺も例外じゃないって事ですか?」


「悪いがその通りだ。仲間とか後輩だからと言っても、この件に関しては譲れねぇ」



お互いの複雑な感情が入り混じり、不穏な空気が辺りを包み込んでいる。

リッキーは真剣な目つきでナイジェルの顔を見つめる。

10秒程、時が止まったようだった。










「それは俺も同じです」


「ッ…」


「もう…長い間、片想いをするのもいい加減疲れました。精神的にも肉体的にも」


「どういう意味だ?」



「彼女を自分だけのものにしたいという気持ちを持っているのが、貴方だけじゃないという事ですよ。
今のナイジェルの言葉を聞いた所で、俺の考えは何も変わりません」


「…………。」



その言葉を聞いて、フッと笑ったナイジェル。

一瞬だけ、獣のように自分の唇を舐めた。




「上等じゃねーか」


「それはお互い様です」




通じ合う謎の笑みを見せ、そしてふたりはがっちりと手を握り合った。

周りの人間なんかにはわからない、男だけの真剣勝負。


もう…後戻りは出来ない。








「…え?なに今の!?修羅場!!?」

「リッキー君っ…!私のリッキー君がっ…!」


当然の事ながら大画面を観ていた観客のざわめきは最高潮に。

アナウンサーもアナウンス所ではなく、裏方ではスタッフが大変な事になっているに違いない。





「あーあ。全く…どうするんですか、この騒ぎ」

「知るかよ。明日の新聞が楽しみだな」


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