……………


あの人達…誰だったのかな。

七音君達を連れて行っちゃったし。

ふと壁にかかっている時計を見上げると、夕方の6時になっていた。

この控え室にひとり入って、既に2時間が経過している。


雨宮君もスタッフさんに呼ばれてから全然帰ってこない。


椅子に姿勢正しく座り、エマはただ時間が過ぎるのを待っていた。


外…だんだん暗くなってきたな。

そろそろ家に連絡を入れておこう。




「…はぁ」


一通のメールを送り終え、ふいにため息をつく彼女。

頭の片隅には、ずっとあの光景が離れない。




…早く戻れ…ーーー



今日の事…雨宮君、本当は怒ってるんじゃないかな。


お客さんにも謝ってたみたいだし。


せっかく七音君が私を信じて頼んでくれたのに、私ってやっぱりダメだな。

七音君…私の事嫌いになっちゃったかな。






ガチャン






「エマ。遅くなって悪い。少し片付けに時間が……?」



スタッフとの用事も終わり、ようやく控え室に戻ってきた雨宮だが
彼女はテーブルに伏せていて、扉が開いた事に気づいていない。


眠っているのか…?



「はぁ…」


…起きている。今、ため息をついた。

となると…このままだと、また彼女を驚かす事になってしまう。


「………。」


部屋に入らずに扉を閉めた。











ブーッ!ブーッ!


「…?」


携帯のバイブが鳴り、顔を上げるエマ。

メールだ。

お母さんかな。



From:雨宮君
タイトル:なし
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今から部屋に入る






「今……から…?」






ガチャン



それと同時に目の前の扉が開き、メールの発信者が現れた。


「メール…見たか?」

「………。」


携帯電話を指さすと、彼女は意味がわかったのか小さく頷いた。

大丈夫だ。隠れる様子はない。


「コホンッ…」


口元に握った手を近づけて咳をして、彼はまた携帯を打ち込み始める。


『遅くなって悪い。片付けに手間取ってしまった。
七音達から連絡はあったか?』

「ないっ…です…」

「そうか」


彼はとりあえず彼女との間隔を一席空けて、同じテーブルの椅子にかけた。


「七音…君…たち……どこに…行ったんですか?」

「あぁ…そうか。君は何も聞こえてないからな」


『今日来たのは我々がよくお世話になっている知り合いの方々だ。君にもいずれきちんと紹介を行う。

なんでも君の男性恐怖症を治してくれるらしい。
その準備には七音達の力も必要らしく、彼等を連れて出かけて行った。場所はわからない。
直に連絡があり、我々も迎えに来てくれるそうだ』


「……わた…し…の?」


突然の自分の話題にきょとんとしているエマ。

長ったらしい文字列だが、彼女はきちんと最後まで読んでくれたようだ。


『とても親切な人達だ。きっと君もすぐに打ち解けられる。
ちなみに我々の代わりに受付を担当してくれたから、エマも会ったらお礼を言っておいてくれ』


「……ッ…」


その文字を読むと、彼女は元気なく俯いた。

何か悪い事でも言っただろうか。


「どうした?」

「あま…みやくん…怒ってます…か…?」

「…っ」



怒っている…?

今日の受付の事か?



彼女の横顔は酷く落ち込んでいる。

俯いた瞳。小柄な体がますます小さく見える。

そんな顔を見て、怒れる人間がいるだろうか。

とてもじゃないが自分には出来ない。



「…怒ってなどいない」


小さく呟いたが彼女には届くはずもなく、その言葉は虚しく壁にぶつかった。







謝っても…私のミスが消えるわけじゃないのに。

でも、申し訳なくて顔を見る事が出来ない。

これから頑張ると言った所で、男の人が怖いと思う気持ちが完全になくなってもいないのに、
そんなのただの信用出来ない言い逃れにしか聞こえないよね。



黙ってテーブルを見ていると、彼は何かをこちら側へ置いてくれた。


「…ッ…」



…オレンジジュース?



目は逸らしてるけど、私にくれるって事?

自分用に買った物か、私の為に買ってきてくれたのかわからないけど。

近くの自販機で買ったであろうそれを受け取った。



もしかして…慰めてくれてるのかな。



『失敗は誰にでもある』


彼が見せてくれた携帯には、その文字が打ち込まれていた。


「……ッ…」

「早く飲むか仕舞うかしろ。七音達が帰ってきたら買う本数が増える」


「雨宮…くんっ…」

「…?」

「ありがとうっ…」




彼女は買ってもらったオレンジジュースを大切に持ちながら、普段はあまり見せてくれない笑みを浮かべていた。



「……ッ…////」


雨宮の顔がみるみる赤くなり、思わず目を逸らして大してズレていない眼鏡を指で持ち上げる。



「礼などいらない。たかだか150円のジュース一本くらい買ってやる事なんて、この地球上全く珍しくない、誰だって一度は行った事がある行為だ。
特に特別な理由もないし、ただ長時間待たせてしまったからお詫びの為に買ってきた物だからな。
近くにたまたま自販機があっただけであって、そこでたまたま僕が財布を持っていたという事もあり、その偶然が重なって…」



なんか口を凄くいっぱい動かしてるけど、何言ってるかわかんないや。

隣でブツブツと言い訳を並べる眼鏡をよそ目に、エマはオレンジジュースを飲んだ。



「つまり、僕が君にジュースを買うという行為は…」



ブーッ!ブーッ!


「…ん?」


携帯が鳴っている。…電話か?

その振動に気を取られようやく落ち着いた雨宮は、ポケットからそれを取り出した。



『ミヤ君、ヤッホー☆』

「…………。」


電話に出ると、やけに腹立つ程テンションが高い美空の声が聞こえてきた。

若干イラッとしてしまう。


『ちゃんと仕事してる!?スタッフさんの手伝いした!?エマちゃんに手出してない!?』

「どれもお前にだけは言われたくない。…で、電話をかけてきたという事は、その克服なんとかという準備が終わったのか?」

『もうっ超超楽しいイベントが始まるよー!今、サラさんとビッキーちゃんがそっちにお迎えに行ってるから、悪さしないで大人しく待ってるんだよ!?』

「お前にだけは言われたくない。言われなくてもどこにも行かん」

『あそう?じゃ、楽しみにしててね!!』


プチンッ!


ツーツー…


切れた。

嵐のごとくいきなりかけてきて、勝手に切りやがった。


「ったく、どこまでも勝手な男だ」

「…七音…君…?」

「あぁ」


一度首を縦に振った。


「そうですか」


なんだか嬉しそうな彼女。

さっきまであんなに不安気な顔をしていたのに。

そんなに七音が心配だったのか。






コンコンッ!



そこで待っていたかのように、タイミングよく聞こえてきた。


扉の叩かれる音だ。


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