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*****

バレルが銃弾に倒れて5分後。

ようやく救急車が現場へ到着した。


一刻の猶予もないと判断された彼は、すぐに担架で運ばれ車に乗せられる。

その際事情を聞く為にローラも同行した。


病院に着くまで車内で行われる応急処置。

口に酸素マスクを付けられ、急いで止血術が行われる。

ローラがバレルの顔を覗くと完全に気を失い、さっきまで苦しみに歪んでいた顔が眠っている表情に変わっていた。



「出血の量が多すぎる!ガーゼをもっと増やせ!」

「はい!」


少しの油断が命取りになる緊張感。

小説でしか見た事のない光景。

それが今目の前で…あのバレルさんが…。


病院へ到着後、彼はすぐ手術室へ運ばれた。

私は撃たれた時の状況を少し聞かれた後、すぐに部屋を追い出されてしまった。


怪しく光る「手術中」のランプの明かり。


バレルさっ…

下を見ると、自分の手や服が血で真っ赤に染まっている事に今更気がつき、涙が止まらなくなってしまう…。















手術はなんとか成功。

恐らく命の危機は脱したと伝えられ、心底ホッとした。

一時間後には部屋に入れてもらえる許可が下りた。

部屋に入ると病衣に着替えさせられ、未だ酸素マスクを口にはめられたままベッドで眠っている彼の姿が。

きっと一時はこの状態だ。



そんな光景を見て、ローラはつくづく思った。



こんな命の危機に晒されたのに。

周りには私以外誰もいない。

家族も…誰も。


本当に…この人は「孤独な人」だ。



ベットの横にある丸椅子に座り、ただじっと眠っている彼の姿を見つめた。

普段から眉間にシワを寄せて、ほとんど睨みつけている顔しか見せなかった彼。

そんな彼でも眠っている時の表情は他の人と変わらない。

穏やかで…まるで夢でも見ている表情。



「バレルさん…。早く目を覚まして…」


私達以外誰もいない暗い病室。

ローラは毛布をギュッと握り締めた。



*****








「よかった…本当によかった。ずっと一週間くらい眠りっぱなしだったんですよ」

「そうか…」


ポツリと呟いたバレル。

せっかく生きていたのに、あまり嬉しそうではない。


「お腹…空いていませんか?」

「空いてねぇ」

「お見舞いの品届いていますよ」


言われて目を向けると、たくさんの見知らぬ果物やお菓子が棚の上に置かれていた。


『頑張れ!負けるな! ジム』

『バレル君はこんな所でくたばる男じゃないでしょ! ビッキー』

『バレル。戻ってきてくれるって信じてるよ リッキー』


あの馬鹿共から…

それと


『バレル君頑張って!また一緒にファミレスでお仕事しよう! ルーイ』

『お前がいないと迷惑な客を追い払えなくて困るんだ!早く帰って来い! スティーブ』

『いつもみたいに生意気な態度で出勤して、俺に怒らせてくれ。早く元気になって帰って来い 店長』


職場の野郎達から。


「皆いい人達ですね。貴方はもうひとりじゃないんですよ」

「………。」


相変わらず返事をしないバレル。





「あと…これ…」


そこでローラが差し出したのは、バレルが撃たれた際、急遽止血に使ったあのハンカチ。

完全に落としきれなかった血の跡が生々しいが、まだ花柄やハートの形が辛うじて肉眼で確認出来る。


そのハンカチを見た途端、バレルは何も返せずに俯いてしまった。



「バレルさん…これは…」



「俺は…このまま終わるんだと思っていた」


「え…?」


ぽつり、ぽつりとあのバレルの口から言葉が零れだす。


「信頼していた奴らから裏切られ、孤独になり…こうやってケンカで気を紛らわせて。
体もボロボロになって、周囲からも怯えたり邪険な目で見られる。生きていても意味なんてない。
それならいっそもう、それで死んでもいいと思っていた。

そんな時…タイミング悪く貴様が現れた」


「………ッ…」


彼はローラに目線だけを向ける。


「俺は…貴様が嫌いだ。何故だかわかるか…?」

「どうして…ですか?」


「…………。」


「バレルさ…」














「独りでいる事が…怖くなった」










「………ッ…」



それは耳を疑ったが、確かに彼の口から出てきた言葉。


「自分の中に甘えた感情が…貴様と出会ってから一瞬でも現れてしまう。
気色悪い。こんな馬鹿みてーな布が手放せなくなって、そんな事を考えてしまう自分に嫌気がさした。
ムカついた。どうしようもなく。
だから俺は貴様が嫌いだった」


「バレルさん…」


「俺はもう…昔の俺には戻れない。
このまま人を殴り、殴られ、恨みを買い、いずれこういう日が来る事も覚悟していた。
覚悟があったから、それでくたばっても後悔はないと思っていた。
それが…俺の運命なんだと…」


ふと…バレルの手が小さく震え始めた。

再び俯き、


「それ…なのに…」


声までが震えている。




「いざ…撃たれて、息も出来ねぇくらい苦しくなった時…



貴様の手を握ったら









生きたいと思ってしまった」



「…………。」


ローラの頬に一筋の光が流れる。


「俺は…貴様が嫌いだ。大嫌いだ。
貴様は俺の中を自分勝手にグチャグチャかき乱して壊して…

俺に叶いもしない欲望を掻き立たせる」


頬に流れる涙が止まらない。

私が…

私がやってきた事は…


彼は手で自分の頭を抑え、強く掻き毟った。



「あんなに突き放しただろーが…。俺が怖くねぇのか?なんで…ここまで付いてきた…」

「私だって何度もくじけそうになりました!でも…やっぱりバレルさんを救ってあげたいって思う気持ちは最後まで捨てられっ…」



「傷つくのは俺ひとりで充分なんだよ!!!!煤v


「……ッ…」


病院内で彼が上げた、初めての怒鳴り声。


「バレルさ…」

「俺に近づけば近づく程、貴様の身に危険が及ぶ。
それが今回の結果だ。
貴様は俺がいなければ、あの不良共に襲われ、下手をすれば殺されていたかもしれない。

いい加減、俺がどうして貴様と関わりたくないか理解しろ」



彼がローラをずっと遠ざけていた理由。

それは彼女が自分の傍にいたら危険が及ぶ事を察していたから。

だからあえて突き放していた。 

それだけがずっと優しさを拒み続けた理由だった。


「…………。」

「わかったなら、帰れ…。もう二度と俺に関わるな」



息を飲む彼女の喉の音。

ローラは言う事を聞かず、ハンカチを握ったまま彼の手をギュッと握った。


「聞こえねーのか…?」

「帰りません。言ったでしょ。私はバレルさんがケンカをやめるまで諦めないって」

「…………。」

「不良の人達に自分から近づくなんて…あの時の私はどうかしていました。もうあんな事はしません。

嫌われても構いません。私もバレルさんと同じです。
身に危険が及ぶ事も覚悟はしています。
覚悟があるから、くたばってももう後悔はありませんよ」

「…………。」





「私が…貴方を変えてみせます。
貴方は私にとって2度も危機から救ってくれた命の恩人ですから」



ハンカチごと強く彼の手を握る。

バレルは特にその手を離す様子もなく、そのままベッドに倒れ目を閉じた。



「こんな馬鹿な女には付き合えん…。もういい。寝る」

「ふふっ」



そっと手を離そうとすると…



「そのままでいろ」


「ッ…?」


「いいからそのまま動くな。俺の意識がなくなるまでだ」


「バレルさん…」


「途中で離したり帰ったりしたら、殺す」


バレルの口調は普段と変わらない、女性に対する言葉遣いとは思えない威圧的な口調。


それでもローラはニコッと笑い、彼の手を再び強く握り締めた。


「はい。もちろん離しませんよ」



彼はほんの少しだけ指を動かし、その細い指先を握った。

今までなかった感覚。

長い間、人の優しさを忘れてしまった自分に

ほんの少しだけその温かさが触れた。


表情は何も変わらない。

何を考えているかもわからない。



彼女はそのままバレルが眠ってしまった後もずっと手を離さず、彼の寝顔を見守っていた。


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