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…………………
「うんめぇえええッ!!」
「きゃぁあ!すごーい!」
案内されたのは、たった6人で入るには広すぎる客室間。
そのテーブルに並べられたご馳走にボビーは大興奮だ。
世界三大珍味とも呼ばれるフォアグラやキャビア。
それに名前も出てこないような高級な食材を使ったフルコースだ。
こんなのボビーじゃなくても興奮するに決まっている。
「さぁ!じゃんじゃん食べてねぇ〜♪お嬢様がいつもお世話になってるんだもの!」
「ははっ…どちらかと言うと、お世話されてる方だけどな」
ジムは笑いながら手前にあったサンドイッチを放馬る。
味は普段食べているコンビニのものとはまるで違う事がすぐにわかった。
「ハハッ!!いーのよいーのよ!この家は食べ物なんてありすぎて困っちゃうくらいだから!」
家政婦のおばさんは相変わらずの大きな笑い声だ。
気を抜くと無意識に耳を塞いでしまいそうになる。
「俺、こんなに豪華な食事を食べるの初めてです!感動しました!」
あまりの料理の美味しさにリッキーは思わず家政婦の手を握った。
「イヤン♪そんなに褒めないでよ、ナイジェルさん///」
「何も言ってねーよ」
当のナイジェルは料理にも手を付けずに、隅の方で壁に寄りかかって外を見ている。
「ナイジェル、何やってんのよ!こんなに美味しいのに食べなきゃ損よ!」
「食う気しねぇ」
ビッキーの呼びかけも、彼は完全にスルー。
こんな時間まで何も食べず腹が減っていないはずがないのに、それ程今の状況に食欲が落ちているのだろう。
「どうしちゃったの?あの人」
「失恋で食事も喉を通らないんだよ。今はそっとしといてやれ」
とりあえずナイジェルは放っておき、ジムは家政婦に目を向けた。
「あの、家政婦さん。サラの見合い相手ってどんな方なんですか?」
「あ〜、何でも母親はエリート小学校の教師で、父親はあの『ジャックマイクロシステム』の社長だっていう、超セレブリティな一家の跡取り息子って聞いたわ!
それにイケメンで礼儀正しくて紳士的で、セレブ界では評判の男って噂!良いわねぇ、そんな男一度でいいから見てみたいわぁ!」
なんともおばさんらしく、大きな身振り手振りで話す彼女。
「へぇ」
次元が違いすぎて、ありきたりな返事しか出来ないな。
おばさんはジムに話を続けた。
「ただ、もしふたりが結婚して会社が合併する事になったら、次期社長が誰になるかが問題でねぇ。まぁ、今の所こっちのヒル家の会社の方が権力があるらしいから、合併したら次期社長はお嬢様にしたいって旦那様は申してたわ」
「え?そのお嬢様ってサラの事ですよね!?アイツ会社社長になるかもしれないんですか!?」
「…になるかもね♪」
彼女は肉厚な頬を動かしながらチキンを食べ進める。
自分が世話をしてきた子どもがこんなにも立派になるのは鼻高々なのだろう。
話す姿はとても嬉しそうだ。
ガチャン
「おばさん…サラは?」
「…ッ」
そこで突然部屋の扉が開き、外から金髪の若い男性が入ってきた。
一瞬ロビンとかいうサラの見合い相手かと思ったが、髪形や雰囲気、なんといっても減り張りのない眠そうな表情ですぐに別人だとわかった。
「あ!良い男!」
イケメンに目がないビッキーは思わず叫ぶ。
「あれ…お客様?」
「あら、お帰りなさいませ!ぼっちゃま!」
「…ぼっちゃま?」
全員が首を傾げていると、家政婦が馴れ馴れしくその男をこちらへ呼び寄せる。
白のパンツに薄い桔梗色の丈の長いドレープネックの服。
女性のようなファッションだが、長い手足でまるでそれをモデルのように着こなしている。
「イケメン」というよりは「美人」という印象だ。
「こちらはお嬢様のお仕事仲間の方ですよ!ご挨拶して!」
「え…あぁ。妹がいつもお世話になっております」
「い、妹?って事は…」
数回瞬きを繰り返してしまう。
家政婦はきょとんとしている彼らを見て、その男性の隣に立って紹介を始めた。
「そうよ!この人、サラお嬢様のお兄さんのジョンおぼっちゃま!旦那様に似てイケメンでしょ〜!?」
「「……………。」」
えええッ!!?
ほ…本当か!?
サラのお兄さん!?
「…あ…はい。サラの兄です…」
彼は周りの反応に少し驚いているようだ。
一方腰くらいしか身長がない家政婦は、予想以上のリアクションに満足そう。
「そうなんですか!やっぱりどこかしら雰囲気が似てますね!」
リッキーの言う通り、よく見るとなんとなく雰囲気と容姿がサラに似ている。
髪の色は彼女よりも若干暗めの金髪、そしてどことなくだるそうな所とか…
「初めまして!いつも彼女にはお世話になっています!」
「…こちらこそ」
リーダーとしてジムが挨拶を求め、数秒置いて彼も手を握り返してきた。
反応が薄い所も妹に似ている。
彼は静かに席についた。
「貴方達の事は…妹からよく聞いています…。会えて光栄です」
「俺達の事話してるんですか?アイツ…じゃないや、サラさんは?」
いいですよ、普段と同じ呼び方で。と彼はうっすら笑みを浮かべた。
「良い仲間だと聞いてます…。たまに電話がかかってくるのですが…暇があれば貴方達の名前がたくさん出てきますよ。貴方は…えっと…ジムさん…ですよね?」
「おぉ」
名乗ってもいない初対面の人にズバリと名前を言い当てられ、不思議な気持ちだ。
「そのくらい、頻繁に貴方達の話題がよく出てきます…」
「サラちゃん〜!」
アイツは普段、無表情であまり周りにつっかかったりしないタイプ。
意外に仲間思いなのだとわかり、思わず泣き出したボビーを抱き締める家政婦。
「そうなんですか」
「はい。妹は本当に貴方達と…今の居場所が気に入っているんでしょうね…。
今日の見合いも、セレブの血を守る為の一族の掟だとしても…とても喜んでいるようには見えなかったです…」
「…それはどういう事ですか?」
その言葉を聞いて、ふとリッキーの表情が変わった。
聞いていた話と違う。彼女は自分から進んで見合いに臨んだんじゃないのか。
前日から気合も入っているようだったし、俺達の「やめろ」という言葉にも全く耳を貸さなかった。
それなのに、見合い出来る事を喜んでいないなんて。
「聞いていないんですか?」
「何をですか?」
「やっぱり、言えなかったんですね…」
サラはまだ重大な何かを仲間に話していないらしい。
兄のジョンは深刻な顔で数秒間下を向き、そして覚悟を決めたように自分達にその事実を話してくれた。
「…もしこの見合いが成立してしまえば、妹はもう…貴方達と会う事すら出来なくなるかもしれません」
「…えっ」
ビッキーだけがぽつりと声を漏らし、メンバーの全員が言葉を失った。
先程までの騒ぎが嘘のよう。
室内が一瞬で静まり返り、時が止まったように誰も動かない。
――会う事すら、出来なくなるかもしれない?
「どういう事ですか…?」
ジムは深刻な表情でジョンに問いただす。
彼は口を噤ぎ、一度だけ咳払いをして前を向いた。
「我々は現在、本社をオーストラリアに移す計画を進めています。
ヒルカンパニーとジャックマイクロシステムが合併し更に大きな企業となり、全ての事業の中心をオーストラリアへ移管。
サラと見合い相手の男性が結婚すれば、彼女はその新企業の重鎮の位置に就く事は確実です。
一度その生活を始めればアメリカへ帰って来れる暇などほぼありません。
更に僕らの父、並びに繋がっている家系はセレブの血と名誉を何よりも重んじる一族です。
残念ながら一度その檻に閉じ込められてしまうと、この地での友人、もちろん貴方達とは会う事すら禁じられてしまうと思います」
我々はそのような重い鎖で常に体中を縛られて生きてきました、とジョンも辛そうな口調で言い残す。
「「………。」」
もちろん5人には返す言葉なんて出てくるはずもない。
サラは…アイツはそんな窮屈な世界で生きていた人間だったのか。
今まで一緒に過ごしてきて、そんな素振りを見た者は自分達仲間の中にひとりもいなかった。
「まぁ、そんな家系が嫌で家を出てプロのバイクライダーを目指していたのですがね…。
僕だってサラがこちら側に戻ってくる事を何度も止めようとしましたが、やはり無理でした…。
結局どれだけあがいた所で、我々の体の中にヒル家の血が流れているだけで呪いは解けないんです。生活は十分すぎる程豊かなのに…おかしな話ですね」
この兄も、成長する中で妹と共に様々な葛藤と戦っていたのだろうか。
空っぽになってしまったような心と話し方に、その背景がなんとなく見えた気がした。
・
・
・
「…………。」
ガチャン!
「…っ!」
前にある邪魔な椅子を退かす音。
先程まで黙って壁に寄りかかっていたナイジェルが、突然扉へ向かって歩き出していたのだ。
「どこ行くの、ナイジェル!?」
思わずビッキーが声を上げて立ち上がった。
「…どこでもいいだろーが」
「ふたりの見合いを邪魔しようと思ってるんでしょ!?この見合いを失敗させようとか…」
「………。」
ナイジェルは背を向けたまま返事をしない。
返事がないという事は、肯定している意味と同じだ。
「ダメだよ、そんなの!確かに私達だってサラに会えなくなっちゃうのは辛いよ!?
でも…彼女だって今、一族の掟を守ろうと必死なんだから!それを私達が邪魔しちゃ、頑張ってるサラが可哀相だよ!」
「………。」
彼はドアノブを握って、足元を見たまま動かない。
後ろ姿だから、今彼がどんな顔をしているかは見えないが…
ビッキーは涙目になってそのまま再び椅子に座り込んでしまった。
「オイ、ナイジェル。今はビッキーの言う事を聞いてやれ」
ジムの一言。
彼は数秒置いて小さくため息をついた。
「わーったよ。ふたりには手は出さねぇから安心しろ。家政婦さん…便所どこ?」
「え…あ…廊下を右に真っ直ぐ渡った突き当たりよ」
「ありがと」
彼はそう言い残し部屋を出た。
「いや〜ん★ナイジェルさんにありがとうって言われちゃった!」
この重い空気の中、家政婦は両手を頬に当てて照れながらクネクネと体を動かしている。
ガガッ
「リッキー君、どこ行くんだい?」
次に椅子を引いて立ち上がったのはリッキーだ。
隣に座っていたボビーが咄嗟に彼の右手を掴んだ。
「ごめん。俺もトイレ」
ボビーの手も荒く振り解き、ナイジェルの後を追うように走って彼も部屋を出て行った。
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