……………


キンキンキンキン!


遮断機が下り、自分の前を大きな電車が通る。

これが図書館への最短ルート。

多分前にも教えたけど。


図書館へ向かう今日のクラウディの手には、雪だるまの刺繍が入っている紺色の大きなバッグが握られていた。

これが長い時間をかけて導き出した自分の答え。

これが…今自分が一番やらなければならない仕事だ。

間違ってなどいない。

きっと。



遮断機が上がり、クラウディは再び歩き始めた。




……………





「ローラさん」

「…あ、クラウディ君」


いつもの図書館。今日も大勢の人が集まっているが建物の中は静か。

彼女もまたいつもの席にいたが、「また会ったね」という言葉はなかった。

それもそのはず。

今日は初めて、事前に会う約束をしていた。

先に話を切り出したのはクラウディの方。

次に彼女がアメリカへ帰ってくる日を聞き出し、会えないか相談したところ快くOKを貰う事が出来た。

待ち合わせ場所はいつものこの席。

時間は11時。

全て予定通りだ。




「とりあえず、座って」

「はい」


隣に座ると、彼が普段持っていない大きなバッグにローラも視線が向かった。


「もしかして…この間の話と何か関係があるの?」

「あります。すぐにこのバッグが怪しいと思ったでしょ?」

「怪しいというか、いつも持ってないから」


クラウディは軽く笑って早速本題に入った。

彼がバッグの中から取り出したもの。

それは…



『人の心の解きほぐし方』

『栄養バランスを補える食材』

『人はひとりじゃない』

『怪我の対処マニュアル』

『男性でも簡単!お手軽健康レシピ』



生活の知恵が詰め込まれたようなタイトルが並ぶ5冊の本。

ローラは大きく目を見開いた。


「クラウディ君。これ…」

「この図書館から自分が探した本です。似たような本をいくつか読んで内容がわかりやすく且つ詳しく書いてある本を勝手にですが選ばせて頂きました。
ここの図書館は気に入った本を購入する事も出来るので、返却期限はありません」

「……ッ…」


「これを読んで、少しでもローラさんの役に立てれば嬉しいです。貰ってください」

「クラウディ君…」



彼が選んだ答えはこれだった。

自分が憧れている女性。

その恋が実らないとわかったのなら、せめて彼女の恋の手助けをしたい。

そう考えた。


話を聞く限り、その男性は他人に心を閉ざしている様子。

それならこの本を読めば、少しは開いてくれる解決策が見つかるかもしれない。


話を聞く限り、その男性はケンカをしてよく怪我をしているらしい。

それならこの本を読めば、正しい応急処置の知識が少しでも身に付くかもしれない。


話を聞く限り、その男性は食生活が偏っている。

それならこの本を読めば、栄養のバランスのとれた食事のレパートリーが少しでも増えるかもしれない。


そういう事をひとつずつ考えながら何日もかけて大量の本を読み漁り、選んだのがこの5冊。

おかげですっかりこの手の知識に詳しくなってしまった。


「私の為にわざわざ選んでくれたの?」

「そんな大袈裟な事ではないです。元々読書が好きなのは貴方だって知ってるでしょ?」

「………。」


ローラは下を向いたままコクンと一度小さく頷いた。


「役に立つかは正直わかりません。だけど今の自分にはこれくらいの事しか出来ないから」

「ごめんね。こんなに…気を遣わせてしまって」

「気にしないでください。少しでもローラさんの役に立てるのなら、自分にとって苦ではありません」

「ありがとうっ…クラウディ君。私頑張ってこの本を読んで勉強するね」


微笑みながらクラウディも頷く。

最初は申し訳なさそうな顔していたが、最後はありがたく自分が選んだ本を受け取ってくれた彼女。





これで…いいんだ。





このストーリーに自分が出しゃばる幕はない。




あとは彼女の恋が上手くいくよう、毎晩眠る前にお祈りするだけ。



「自分の用事はこれだけです。では、もう行きますね」

「今日はっ…」

「…?」

「今日は宿題はないの?」

「ローラさんのおかげですっかり頭がキレるようになったので♪」

「そう。よかった」


クラウディと同じように笑ってみせた彼女。

とても年上には見えない程童顔で可愛らしいローラさんの笑顔。


この笑顔を見る機会も…一時無くなってしまうかな。

そう考えると急に気持ちが寂しくなってしまった。




「最後に…」

「ん?何?」


本日の予定には入っていなかったが、ある事を思いついて咄嗟にクラウディは自分の携帯電話を取り出した。


「写真…撮っていい?」

「え(笑)なんで、突然」

「ローラさんが帰ってしまった後、顔が見れない時は写真で我慢しようと思ったから」

「ははっ。私の顔見たって別に良い事ないよ!急に変なジョークを言うのが好きなの?ノルウェーの人は」

「そうかもしれないね」



自分の携帯のデータフォルダに初めて彼女の写真が追加された。

何かポーズをしてとお願いしたら、渡した本を握ってピースを決めてみせる。

まるで「私がこの本を書いて賞を取りました!」みたいな写真。

それでも凄く嬉しかった。




「じゃぁね、クラウディ君。今日はありがとう」


別れの時。


図書館の前で手を振り合ったふたり。


小さくなっていく憧れの女性の姿。








姿が見えなくなった後、クラウディはローラに渡す本を入れていた大きなバッグを開いた。



その中にはもう一冊、渡していない本が。




この本は、さすがに渡せなかったな。



「…………。」



小さくため息をつき、クラウディは自分の音楽事務所に向かって歩き出した。

カラスの鳴き声が空高く響く中、ゆっくりと自分のペースで。


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