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……………
ガササッ
無数の葉っぱが衣類や髪の毛に張り付く度にそれを手で払う。
我ながら完全に不審者だな。
タクシーを降りたクラウディは、草の生い茂ったある場所に大きな体を隠していた。
ここは以前、ローラさんに連れてきてもらった場所。
彼女が想い焦がれている相手の住んでいるアパート近くだ。
先日、彼女から突然電話がかかってきた。
彼女はその人物に精一杯の愛情を注ぎ、彼の為に生活とお金を犠牲にして尽くしてきた。
彼がせめて、安全で安心な暮らしが送れるように。
自分はそんな彼女の姿を見て、この感情を胸の奥に仕舞い、そして応援しようと決めた。
それなのにその男は、その優しささえ踏みにじり、悲惨な光景を見せつけ、強引に嫌がる事をして彼女から笑顔を奪った。
あの天使のようなローラさんの笑顔を…
その話を聞いて、純粋に男の顔を見てやりたいと思った。
どんな顔をしているのか。
どれだけ酷い事をやりそうな姿なのか。
見てしまったら、咄嗟に殴りかかってしまうかもしれない。
それでもその男の顔が見たいと思った。
事務所への集合時間までは、あと2時間程ある。
その間に現れてくれればいいのだが。
クラウディは小さな草の間に大きな体を隠し、男が帰ってくるのを待った。
聞いた話によるとその人物は、飲食店でアルバイトをしていると言っていたな。
そんなに帰りは遅くならないと思うのだが。
某刑事の小説を頭に思い浮かべ、張り込み刑事になったつもりでじっとその場で待った。
15分。
それらしき人物は現れてこない。
30分。
まだそれらしき人物は現れてこない。
1時間。
まだまだそれらしき人物は現れてこない。
お腹が鳴った…
1時間半。
全然それらしき人物は現れてこない。
顔が濡れて…あ、違う。お腹が空いて力が出ない…
「ふぅ…」
さすがのクラウディも疲労からか大きな息をひとつ吐いた。
いくら待ってもなかなかその男は現れない。
そろそろ足も疲れてきたし空も暗くなってきた。
今日は残業だったのだろうか。
はたまたどこかでケンカでもしているのか。
あともう少しなら粘ってもいいが、そろそろ出発しないと事務所の集合時間に間に合わない。
どうするものか…。
ひとりで悩み、そして立ち上がろうとした瞬間…
「ッ…!」
慌てて草の山に身を隠したクラウディ。
ようやく見知らぬ男がやってきたのだ。
見るからに柄の悪そうな茶髪の男。
目の下に傷もある。
ケンカをした時の傷跡なのか。
かなり可能性は高いな。
その男はクラウディに気づく事なく、アパートの階段へ向かった。
つまりここの住人。
間違いない。あのおとっ…
「出てこい」
「…ッ!」
思わず心臓が止まりそうになった。
まさか…ばれたのか?
いや、そんなはずはないと身を潜め続けるが…
「出てこいっつってんだろ。バレバレなんだよ」
やはり見抜かれている(汗)
とんでもない男だ。
とりあえず…えっと…
・
・
・
ガサッ…!
クラウディは敵意がない事を示すため、両手を上げて男の前に現れた。
「誰だ、貴様…」
お互い顔を見合すのは初めて。
男は眉間にシワを寄せてクラウディを睨みつけるが、特に攻撃はしてこなかった。
今がチャンスだ。
ゴクリと息を飲み、そしてクラウディはポケットから携帯電話を取り出した。
見せる画像はもちろん…
「……ッ…」
以前、自分が図書館で撮ったローラさんの写真。
自分が彼女の知り合いである事と、彼女が貴方の為に陰でこんな努力をやっている事を、見て知って欲しかった。
その写真を見て少し反応を見せたものの、男はまたクラウディの顔をじっと睨みつける。
「なんだ…貴様…」
「………。」
何も答えない。
いや、答えた所で何も通じない。
この写真を見せても結局男の顔は変わる事はなく、彼はそっと携帯を閉じた。
表情には出なくても…彼の心に何か響いただろうか。
ローラさんの恋焦がれていた男の人は、自分のイメージと少し違っていた。
怖そうな外見、冷酷な態度というのは聞いていたので驚きはしなかったが。
ただ真っ黒な人間には見えなかった。
何も根拠はない。
理由もないただの勝手な想像。
でもなんとなく、そんな雰囲気がした。
心のどこかに闇を抱えたような、まさに「孤独な人」
ローラさんが助けたいと思うようになった気持ちも…ほんの少しだけわかったような気がする。
…許せない事には変わりないが。
ぺこり
クラウディは軽く男にお辞儀をした。
背を向けて帰る瞬間も彼は特に襲ってもこない。
どうやら何も起こらずに事務所へ向かえそうだ。
それにしてもあの男の人…
誰かと一緒にいる所をどこかで見た事があるような気がする。
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