……………

自分でもどうしてあんな事を言ったのかわからなかった。

正直、腹は減っている。

コンビニで弁当を買う予定ではあったが、途中あの連中に出会して、こんな傷だらけの状態で店に入る事も出来ずにそのまま帰って来てしまったから。

しかし、冷蔵庫には残り物の飯やつまみ程度の食べ物はいくつか置いてある。



「……………。」


向こう側のキッチンで、あの女が準備をしている姿が見える。

やたらはしゃいで俺の言葉に答えていた。

何がそんなに嬉しいんだ…?

自分が食えるわけじゃない。

増してこんな俺に命令されて、普通はうざいと思う奴がほとんどだろう。

…やはりあの女は狂っている。


無言で外を見ると、隣の家の屋根に大きな猫が2匹と子猫が2匹、かたまって座っていた。

家族だろうか。

子猫同士はじゃれて遊んでいる。


「チッ」


舌打ちをし、そして窓を閉めた。






「バレルさん!お醤油はどこですか?」


料理を始めてすぐ。

手にピーラーを持ったまま、バレルのいる部屋をローラが覗き込んできた。

調理をしやすいようにか、髪を横ではなく後ろにくくっている。


「自分で探せ」

「教えてくれなきゃ作れませんよ。あと上の棚に大きなお鍋があったんですけど使っていいですか?」

「勝手にしろ」


彼の返事を受けると、彼女はせわしなくキッチンへ戻っていった。




お醤油…どこだろう。

お塩とかお砂糖はあるのに。

ローラは手元に醤油を抜いた調味料を揃えた後、上を見上げた。

棚の中にある、あの大きなお鍋。

あれを使いたい。

バレルさんは勝手に使っていいと言ってくれたけど。


「ふぐぐぐっ…」


しまった。

手が届かない。


どこかに踏み台みたいな…椅子みたいなものは。

部屋の隅にダンボールが置いてあるけど、あんなのに乗ったら絶対壊れちゃうよな。


「フンッ…!」


なんとか自力で取ろうと背伸びをして必死に手を伸ばす。

やっぱり人の家の台所だから、なかなかスムーズに作業が進まないな。

あと身長が5cm高かったら届くかもしれなっ…



その瞬間、後ろからスッと手が伸びてきて軽々と標的の鍋が宙に浮いた。


「あ」

「グズグズすんな…。早くしろ」


さっきまで隣の部屋にいたバレルが、気になって取りに来てくれたらしい。

雑にその大鍋を手渡される。


「あ…ありがとうございます///」

「…………。」


頬が染まるローラに対し、バレルは相変わらず眉間にシワを寄せている。


「バレルさん、身長高いからいいですね。私なんかあんまり背が伸びなくて。羨ましいです」

「くだらない話はいい」

「ふふ。よっぽどお腹が空いてるんですね。今から日本で覚えた『肉じゃが』という料理を作ろうと思ってるんです。お肉とジャガイモとかニンジンを甘辛く煮た、とっても美味しいお料理なんですよ」

「……」

「あ。よかったら一緒に作りますか?」

「ふざけてんのか、貴様…」


少し冗談を言ったら真に受けられたらしく、物凄く低い声で返事が返ってくる。


「そ、そんな怖い顔しないでください。冗談ですよ(笑)隣の部屋で待っていてください」

「…………。」


彼は眉間にシワを寄せたまま動かない。

あれ…本格的に怒らせちゃったかな。

するとバレルさんはおもむろに、小さな引き出しから何かを取り出した。


「…あ、お醤油」


未開封の醤油のボトルだ。

すると次に床に置いていた袋からジャガイモを取り出し始める。


「え…?バレルさん?本当に一緒にやってくれるんですか?」

「…悪いか?」

「あぁっ…いえ!ちょっとビックリしちゃって…」

「…………。」



なんとバレルさんは私の隣に立って一緒に料理を作ってくれるらしい。

どうしちゃったんだろう、今日の彼…。

なんだか凄く不自然で誰かが変装してるんじゃないかと思った。

でも、とにかく嬉しい。

まさかこんな日が来るなんて…!



「………。」

「あぁっ…ご、ごめんなさい!お腹空いてるんですよね!早く作りましょう!」


「何ボサっとしてるんだ」と言わんばかりの視線を向けられ、ローラは慌てて自身の服の袖を捲った。

バレルさんが私の指示を待って、そして私をお手本にしようとしてくれている!

絶対に失敗は出来ない。


「では、まずはそのジャガイモを洗って、ピーラーで皮を剥いてください。皮はこのビニールに入れてくださいね」

「…あぁ」



バ…バレルさんが私の隣でジャガイモの皮を剥いているっ!

しかもピーラーで!

珍しいし、なんだか物凄く可愛く見える!

どうしちゃったのかな…バレルさん。

そんなにお腹空いてるのかな。


隣が気になりつつも、とりあえずローラもニンジンと玉ねぎの皮を剥き始める。




「剥き終わったら水にさらしておいてくださいね。
私はお肉を切っておくので、バレルさんはお米を洗っていてください」


パックから霜降り牛肉を取り出して包丁で切り始める。


「美味しそうなお肉でしょ。安くて良いお肉が買える店をお兄ちゃんが教えてくれたんですよ」


説明する彼女の手元を見ると、手の甲に薄茶色の傷跡が残っていた。

ふとあの日の記憶が脳裏に蘇る。





あの公園。

俺が銃で撃たれたあの日。

コイツが連れ去られ乱暴されそうになる光景を見た時、

俺の中で怒りに似た感情が爆発して何も考えられなくなった。

考えるより先に体が動いていて、

正直あの瞬間は…あまり覚えていない。

ただ、抑えられない激しい衝動が込み上げ、殺意が湧き、

あの雑魚どもを破壊したい感情だけにかられ、俺は手段を選ばなかった。

結果、この女も巻き添えにして怪我を負わせた。

その傷が完全に治り切らず、跡が残ってしまったのだろう。






「玉ねぎはちゃんと煮込みますから食べられると思いますよ。美味しいですから好き嫌いせずにちゃんと食べましょうね」



蘇る、今日の公園で見た光景。

ガキと親が呑気に戯れている、平和ボケしたくだらない世界。




「材料を切る作業はこれで終わりです。あとはお鍋を温………?」


「…………。」


「バレルさん…?どうしたんですか、そんなにこっち見て」














俺は…一体何を望んでいるんだ。

















バレルさんは数秒黙った後「なんでもない」と漏らし、ガスコンロに火をつけた。

何故か…思いつめたような…見た事もない悲しい顔をしていた気がする。

やっぱり。今日のバレルさん、何か変だな。



鍋が温まった後、サラダ油を引いて肉を炒め始める。

油が跳ねて危ないので私がやると言ったけど、バレルさんは杓文字を譲ってくれなかった。

その後、私の指示で野菜を入れたり調味料を加えたり…全ての作業を彼がやってくれた。


「汁気がなくなりましたね!完成ですよ」



こうしてようやく肉じゃがが完成。

憧れの彼とふたりで初めて作った手料理。

部屋に美味しそうな匂いが立ち込めて、とっても幸せな気分になる。


「さ、ご飯も炊けたみたいですし!もうすぐ食べられますよ!」


棚の中から大きめの皿と自分用の小さめの皿を取り出す。

不器用ながらも、彼がお皿によそってくれる。

なんだか…周りから見ると恋人みたいに見えるのかな。

そう考えると、なんだか妙に照れ臭くなってしまって顔がほんのちょっと熱っぽくなる。






ピンポーン!





「ん?」

インターホンの鳴る音が聞こえて、ローラは手を止めて扉の方を見た。


「お客さんですかね?」

「…………。」

「出ないんですか?」

「放っておけ」




ピンポンピンポンピンポンピンポン!!!




「物凄い急用なんじゃないんですか?」

「チッ」


軽く舌打ちをしたバレルは、皿を運んでいた彼女からそれを奪った。


「出てこい」

「え?私が出ていいんですか?」

「構わん」



い…いのかな?

とりあえず私はバレルさんに言われた通り玄関へ向かった。




「はーい」


ガチャン!


あ、と声を漏らす。

目の前には知り合いの男の子の顔があったのだ。



「え、ローラさん?」

「リッキー君!」


赤いシャツに黒のチェック柄のベストを身につけた爽やかな青年。

雰囲気はまるで違うが、彼はバレルさんの昔からの友人のリッキー君だ。

私が扉から出てきた事に驚いたらしく、彼は目を丸くしてきょとんとしている。



「あれ?どうしてローラさんが。もしかして、俺…お邪魔でしたか?」

「いえ、違うの!バレルさんの家に食べ物を持ってきたら、ちょっと色々あって」

「色々…」


彼は怪しく笑いながら、腕を腰の後ろで組んだ。

あれ…?もしかして勘違いされてる?


「リッキー君は何か用事があって来たんじゃないんですか?」

「いえ。たまたま通りかかったんで、何してるのかなって思って。じゃ、俺帰りますね♪」

「え!バレルさんには会わなくていいんですか?」

「結構です。どうせ会っても『邪魔だ』って言われるの目に見えてますし(笑)」

「そんな事ないですよ」

「そんな事あるんですよ♪」


無駄に爽やかな笑顔を見せるリッキー君。

ここまでキラキラしてると、なんだか逆に怪しく見えてしまう。



「あ!それじゃ、ちょっとだけここで待ってて!3分でいいから!」

「?」


ローラさんは何やら慌てて部屋の中へ戻っていった。



ふーん…♪

バレルったらなんにも言わないし他人には興味ないって感じだけど、意外とちゃっかりしてるんだね。

でもまぁ。彼女だからきっと部屋にも入れてあげるんだろうな。

あの人はアマチュア時代からでも、女の子を自分の部屋にあげる事なんて絶対しなかったし見た事も聞いた事もなかった。

人を避けるようになった今なら尚更。

彼がローラさんを特別な目で見ている事はほぼ間違いない。

なんにせよ少しでも心を開ける存在が出来た事は、俺にとっても嬉しい事だ。

それにしても…色々って…何してたのかな(悪い顔)



「リッキー君、お待たせ!」


戻ってきたローラさんの手には何故かタッパーが握られていた。

中に入っているのは…肉じゃが?



「バレルさんと一緒に作ったんです。よかったらウィンディランの皆さんと食べてください」

「…………………え!?バレルと作ったの!?というか、作ってくれたの!?」

「そうなんです。私もまさか手伝ってくれるとは思ってなくてビックリしちゃって」


リッキーの驚いた顔と思わず出たタメ語口調は、なかなか良いリアクション。

それもそのはず。

あのバレルが「肉じゃがを手作りした」なんて、「ナイジェルがお裁縫を始めた」と同じくらいの衝撃だ。

とりあえず彼はそのタッパーを受け取り、物珍しそうに拝見する。


「に、肉じゃがですね。これを…あの無愛想で怖い顔の男が…」

「自信作ですよ。是非食べてくださいね!」

「は、はい。ありがとうございます」


驚いた顔を普通の表情に戻し切れないまま、リッキーは扉を閉めた。



「あの…あのバレルが。ジャガイモを切って…お鍋に火をかけて…プッ」


想像したらちょっと笑えてしまうな。

帰ったらジム達皆で食べようっと。


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