……………


「リッキー君、落ち着きたまえ!」

「だだだだって!!」

「ちょいびっくりしたけど、これはもぬけの殻や!別に動いたりせぇへんから!」


慌てて葛西とボビーが、取り乱したリッキーを捕まえる。

50年もの年月が経ってしまい、もはや男か女かさえわからなくなっている横たわったミイラ。

リッキーではないが、さすがに見ていると気味が悪いとナイジェルは再びシートを被せた。


「大丈夫かい?」

「は…はい…」

「謝らんといてください。こんなもん、見慣れてない人は誰だって怖いんですから」

「すいません、ありがとうございます…」


呼吸を落ち着かせようと背中を撫でてなだめた後、葛西は今一度辺りを見渡してみる。

あるのはこのミイラの眠っている台。手術器具や無影灯。

古びて使い物にならなくなってはいるが、設備としては普通の手術室と何も変わらないようだ。


「この部屋にもなんもないみたいですね。この子もこんな怖がってはりますし、とっとと出ましょか」

「そうだな。なんか不気味だし。早く出…………」








ひとり手術台の前に立っていたナイジェルは、扉近くに立っている3人の方向を見て…


何故か言葉が詰まる。








「どうしたんだい?ナイジェル君」

「お前ら…その人…お友達?」

「友達?何言うてはりますの?」


真っ直ぐ彼らを指差したナイジェル。

しかし、その指はその3人を差しているのではなく…


何かの気配を感じ、ゆっくりと後ろを振り返…

















「「ギャアアアアアアアアア!!!!這煤v」














今度はリッキーだけではなく、複数の男の叫び声が同時に病院内に木霊した。




「ギャアアアアアアアアア!!!」

「ちょっ!痛いですって!」

「ウガアアアアアアア!!!!!」



リッキーが葛西の腕を強引に掴み、手術室を出て物凄いスピードで階段を駆け上がる。

それに続いて、ボビーとナイジェルも後ろから叫びながら走った。










……………


【東側】

ジム「す…凄い声だな…。何があったんだ」

サラ「えー、楽しそう…私もアッチに行けばよかった」

弥生「ウチもや」

ビッキー「君達、頭おかしいんじゃないかい?」


……………

















「アアアアアアアアア!!!!煤v





ガチャン!!




無我夢中で階段を駆け上がり、先頭のリッキーが飛び込んだのは「喫煙所」と札のある部屋の中だった。



「ハァッ…ハァッ…み、見たか?お前ら…今の…」

「あぁ…ナイジェル君。見たよ!僕はこの目で見たよ!」

「…嫌です。俺は信じません…ハァッ…ハァッ……今のは…きっとCGです。コンピューターグラフィックです」


「皆はん、大丈夫ですか?」


部屋に入って一旦落ち着いたのか。

力が抜けたらしく地面に尻を付いて座り込んでしまった3人に心配の声をかける葛西。

見上げるとあんな状況に遭遇してもなお、この男は汗ひとつかいていない。


「…お前、さすがは神社の息子と言うだけあんな。あんなん見てビビらねぇとは」

「はい?」

「いたじゃないか。僕達の後ろに。メスを持った白い服を着た女の人が…ほら、あんな………………。」



ボビーが指差した部屋の壁側には、今言った通り、手術器具を持った髪の長い女が立っ…








…え?????








「「ウワァアアアアッ!!」」



目に映ったあの女。

ボビーやナイジェルは、驚いて床に尻を付けたまま後ろに下がった。


「え!?なんでここにいんだ!?さっき手術室にいただろーがッ!」

「ナイジェル!よく見てください、この部屋!俺達、喫煙所に入ったんじゃないんですか!?」


リッキーの言う通り、よく見るとこの部屋は喫煙所ではない。

たくさんの台が2列程に並べられており

先程と同じようにシートが被さった何かが、その台ひとつひとつに寝かせられているのだ。


あの下は恐らくさっきと同じ…



「マジかよ!?ふっざけんな、どーなってんだ!?」

「ありゃ?ここ霊安室ですね。誰かが表札掛け間違えはったんでしょうか」

「君は随分呑気だな!」

「それより、早くこの部屋を出ましょう!」

「え?なんでです?」

「なんでです?って…いるじゃねーか!あそこに女の霊が!!」

「え?どこにおられますの?」

「ハァァッ!?俺達全員が見えてんのに見えてねーのか、オメェは!もうお前その服脱げや!」



今の今まで動揺の「ど」の字さえ見せていなかったこの葛西という男。

なんと、こんな一般人でさえ見える程の強い怨念を持った霊でさえ、この男には見えていなかったのだ。

どこまで霊感ないんだ。



「とにかく皆はん落ち着いてください。
きっと霊安室やから恐怖で幻覚を見てはるんですよ。
とりあえず僕が結界をはりますから、その後にどうするかゆっくり考えましょ」

ナイジェル「全然見えてねー奴に『結界はります』とか言われても信用出来るわけねーだろ!
今、俺達の前に立ってんだよ!メスを持った知らない女が!」

「だから落ち着いてください。仕方ありまへんなぁ。とりあえず、やよちゃんを呼びましょ」


何も見えてない人間は、こんなにも心穏やかなのか。

コイツ…。霊媒師の息子でこういう環境に慣れているから落ち着いていると思っていたが、どうやらそうじゃないらしい。

単に何も見えず何も考えていないから、「恐怖」という感情が体に沸いてこないようだ。

服装とミスマッチしたハリーポッターのキーホルダーが付いた携帯を取り出し、弥生に電話をかけ始める。


「えーと…やよちゃんの電話はぁ…」








「「ギャアアアアアアアアア!!!!煤v」









4人の耳に入ってきたのは、今日初めて聞こえた東側からの叫び声だ。

今の男の声は…


「…ジ、ジム!?」

「え!?まさか向こうにも出たっていうのかい!?だって霊はここにいるじゃないか!」


最初の葛西の話から推測するに、霊は医療ミスにより亡くなった女性ひとりだけだと思っていた。

まさか、彼女の怨念により亡くなった患者も次々に呪縛霊となり、この病院に留まっているという事か!?

ただでさえ今ここにひとりいるだけで恐怖だというのに!

3人に悪寒が走る中、ひとりのほほんとした葛西は携帯を耳に当ててにこやかな無駄に良い声で話しだした。



『もしもし』

「あぁ、もしもし?やよちゃん?僕や。さっき凄い声したけど大丈夫?転んだりしてへん?」

リッキー「今の声、明らかに男でしたよね」

『してへん。それよりこっちにナースの霊がおったわ。こっちの男にしがみついて離れへんのや』

「え?ホンマに?実はこっちにもひとりおるねん」

『なかなか美人やで』

「こっちもや。あ、でも僕だけ見えてへんのやけどね。はははは」

ナイジェル「んな雑談しなくていーから、早く封印でもなんでもしろ!煤v


横から声を荒げられ、「しゃーないなぁ」と反省する様子もなく眉を下げて葛西は電話を切った。


「そんな焦らんといても、そのうちやよちゃんがコッチに来てくれはります。それまで一服でもしながら気長に待ちましょうや」

「目の前に幽霊いんだぞ!?霊と一緒に茶なんか飲めるか!」

「おじはん、そないな事言われましても困りますわ。僕はあくまでアシスタントですから。お札数えるくらいしか特技のない、しがない好青年です」

「テメェ、マジで役にもクソにも立たねーな!このボンクラがッ!!」

ボビー「リッキー君、落ち着きたまえ!君そういうキャラじゃないだろう!」






幽霊「……………。」






ドンチャン騒ぎ立てている4人を、肝心の幽霊はただ突っ立ったまま黙って見ている。

そこでボビーは出発前に話していたある事を思い出し、葛西の和服の裾を掴んだ。


「あ!そういえば君も一応お札を持ってたじゃないか!まずはあれをおでこに貼るんだろう!やってくれ!」

「そう言われても、どこにおでこがあるかわかりまへんし…。教えてくれはります?」

「こ…こちらから見て、右から二番目のベッドの右隣に立ってます!メメ…メスを持ってるから気をつけてください!」

「そないビビらんでも大丈夫ですよ。カマ持ってても包丁持ってても、それは実在するものやありまへんから生身の人間に刺さったりしませんわ」


ようやくビビり口調に戻ったリッキーに爽やかな声で答える葛西。

和服の裾からお札を一枚取り出し、指示されたベッドへと向かう。


「えっと…この辺ですか?」

「もうちょっと前!」

「ここですか?」




危ない!

見えていないとはいえ、あんな怖そうな顔の霊にあそこまで近づくなんて!

ハラハラしながら指示を出す3人。





「あ!その辺です!」

「貼ったらすぐ戻ってこい!」

「ハイハイ。えー…と…そんじゃま、この辺りに…」







グサッ!!








「「………………え…???」」




霊が動いたその瞬間、目の前の葛西がまるで人形のようにパタンと床に倒れ落ちた。


今の不穏な音。


嘘だろ、まさか…


リッキー「エエエエエエッ!刺されましたって!今この人、絶対刺されましたって!!」

ボビー「ホンマかいな!生身の人間は刺されへん言うたやん!!」

ナイジェル「なんでお前も関西弁になってんだ!?オイ、ガキ!大丈夫か!?煤v




「………………。」



「しっかりしろ、オイ!!」



「やよ…ちゃぁ〜……ふにゃにゃ…すぅぴぃ…」





心配している3人に対し、倒れている葛西の口から聞こえてきたのは

倒れる前とは何も変わらない、緊張感の一切ない呑気な寝言だ。



「ね…眠ってるだけみたいだね…」

「霊感なさすぎて、オバケの攻撃が効かなかったんでしょうか…」

「ったく…脅かしやがって」


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