5
……………
バレルさん…お腹空いたって言ってたけど、冷蔵庫の中はもう空っぽになっちゃったのかな。
先月食べ切れない程いっぱいお料理を作ってあげたはずなのに。
相変わらず、どんな胃袋してるんだろう。
そんな事を思いながら、クラウディ君に言われた通りソファーでケーキが来るのを待つ。
なんとなく待っている間に、目をあらゆる方向へ動かして改めて部屋の中を見てみた。
本当に綺麗にしてるな。
お兄ちゃんの部屋も男性の部屋にしては綺麗ではあるが、あまりに殺風景で綺麗というより「物がない」って感じだし。
でもこの部屋は観葉植物が飾られていたり、テーブルも透明だけどその中にビー玉が散りばめられていたり、可愛い風景画が壁に飾られていたり。
男子高校生のひとり暮らしとは思えない遊び心のあるお洒落な部屋。
そういえばクラウディ君って年の割に落ち着いて大人びた所あるし、あんまり年下っぽくない。
実は年齢を偽ってたりして(笑)
ひとりで笑いそうになっていると、ふと反対側の棚の上に置いてある紙の束が目に入った。
綺麗にまとめられているわけじゃなく、これだけは無造作にバラバラ置かれている。
そしてその内の一枚は棚から既に落ちていたから、この綺麗な部屋ではそれが逆に目立って見えたのだ。
棚の上に戻した方がいいかなと思い、ソファーから腰を上げる。
ペラッ
別に大した意識もなく、落ちている物を戻そうくらいの気持ちでその紙を拾った。
書いている内容も別に見ようとは思わなかった。
だけど。
「…………。」
一瞬それが目に入っただけで、咄嗟にローラの手が止まってしまう。
これは…楽譜?
五線譜に並んだたくさんの音符。
そういえばクラウディ君、音楽関係の副業をやってるって言ってたっけ?
高校生で勉強も忙しいのに、趣味にまで活動の幅を広げてるなんて凄いなって思ってたけど…
「………え…」
それはもはや趣味の領域ではない。
普通の楽譜ではあるが、メモや下書きが隙間にビッチリ。
なんとなく違和感を感じて、ふと棚の上に置かれている紙も数枚見てみた。
これもこれも…全部楽譜だ。
自分なりにアレンジを加えているものもあれば、作曲もしているのか線から手書きで書いているものも。
人との打ち合わせの時間のメモや、音楽番組のタイトルや、コンサート会場、その日付までたくさん。
とにかく、そんな紙が何十枚にも積み上げられているのだ。
一般人の私から見ても、趣味でやっている程度の人が書いたものとは違うとすぐにわかる。
まるでプロの作曲家が書いたような楽譜。プロの音楽家が書いたようなメモ書き。
これは一体…
スッ
「あっ…」
呆気に取られて気がつけば、その紙は私の手から素早く逃げだしていた。
「ダメですよ♪人の部屋の物を勝手に見ちゃ」
楽譜を横から取り上げたのは、ケーキの乗った皿を片手ににこりと微笑むクラウディ君だった。
「ご、ごめんなさい!棚から落ちてたから戻そうとしただけなの!」
「いいですよ。バラバラに置いてた自分が悪いんですから」
「でも…クラウディ君…。その楽譜…」
「あぁ…。趣味で書いた駄作ですよ」
笑いながらテーブルにケーキを置き、そして自由になった両手で棚の上に積み上げた楽譜を引き出しの中へ仕舞う。
人に見られたくないものだったのかな。
でもあんなに本格的な楽譜…
本当にこの人が書いているとしたら、明らかに徒者ではない。
それに高校生ながらこんな良いマンションにひとりで暮らしてるなんて。
クラウディ君って…一体…
「さ。ケーキ食べてください。美味しいですよ」
「あ…うん。ありがとう」
色々と謎の多い子だけど、本人もあんまり深く追求されたくなさそうだし。
これ以上色々訊くと嫌がられてしまいそう。
とりあえず一旦今の出来事は忘れ、出されたケーキを頂く事にした。
ソファーに戻り、そして皿の上に乗った1ピースのチーズケーキを見てみる。
カスタード色の柔らかい生地に、上は綺麗にキツネ色。
美味しそうなチーズスフレだ。
「わぁ。美味しそう」
「でしょう」
「クラウディ君、ケーキ作れるの?」
「作れませんよ(笑)これは職…が、学校で貰ったんです」
「そうなんだ。君なら出来るって言っても全然おかしくないけどね」
「レシピがあれば、出来るかもしれませんね」
そう言いながら彼はどこから持ってきたのか、ミルクティーの注がれたカップを差し出した。
フォークをケーキに刺すと、ふわっとした感覚と中の空気がぷしゅぷしゅっと潰れる感覚が伝わる。
そしてそれを口に運び一口。
「ん!美味しい!」
「それはよかった」
食べた瞬間、口いっぱいに甘い味が広がった。
チーズが濃厚でその香りが鼻からも抜ける。
柔らかく溶けるようで、すっごく美味しい。
「昼間にこんな綺麗な部屋でチーズケーキを食べながらティータイムなんて、どこかのお嬢様になった気分だね」
「ローラさん、似合ってますよ♪」
「やっぱり?はは。嘘だよ。
でも外が土砂降りだなんて思えないくらい爽やかな気分になるね。雨降ってちょっとよかったかな。こんな美味しいケーキが食べられたし」
「はは。そうだね」
美味しいからつい二口三口と食べ進めてしまう。
そこでふと黙って横で見ていたクラウディが気になり、手を止めた。
「ねぇ、クラウディ君の分は?」
「ん?自分はもう食べました」
「本当に?私の為に全部くれたんじゃないの?」
「え?」
その言葉に目を丸くしてしまうクラウディ。
…図星なんじゃないのかな?
「だってクラウディ君。いつも他人の事ばかり考えて、自分の事は二の次って感じだし。私の為に本を探して買ってきてくれたり、お店貸し切ってまで話聞いてくれたり」
「…………。」
ローラさんが話しているのは、恐らく前のバレルさんの件の話。
ほんのつい最近の出来事のように頭に蘇ってきた。
「覚えていてくれたんですね」
「当たり前だよ!忙しいのに私なんかの為に時間を割いてくれて、本やご飯代やタクシー代も安いものじゃないんだよ?」
「……ッ…」
自分としては大した事はしてないと思っていたが、彼女はその事のひとつひとつをちゃんと覚えていてくれたらしい。
きっと、バレルさんの事で頭がいっぱいになっていたはずなのに。
「もっと我が儘になってもいいくらい、君は優しすぎるの。ダメだよ?人に優しくしてあげるのは良い事だけど、自分の事もちゃんと大切にしてあげなきゃ」
「そんな事…」
「はい、あーんして」
…えっ。
乗せられるがまま口を開かされ、そのままパクッとチーズケーキを一口食べさせられる。
「美味しい?」
「は、はい」
「はは。それはよかった。って…私の用意したケーキじゃないんだけど」
「………。」
「一緒に半分ずつ食べよう?」
貴方も…あの店のマスターと同じ事を言うんですね。
『ダメだよ?人に優しくしてあげるのは良い事だけど、自分の事もちゃんと大切にしてあげなきゃ』
『お前は人の役に立つ事や、人の後ろに立って支えになる仕事ばかり今まで選んできたからな』
周りから言われた言葉が頭によぎる。
人の後ろに立っている…。自分の事は二の次…。
本人としては全然そんなつもりじゃないのに。
むしろ自分はローラさんだからこんなに優しくしているんです。
これが貴方じゃない他の誰かなら、手を貸したとしてもそれ以上の感情は生まれない。
もし貴方じゃなかったら、こんなに思い悩んだり苦しい気持ちになる事もなかったのに。
「ん、美味しい♪」
「ッ…」
同じフォークで食べる彼女に思わずドキッとしてしまう。
確信犯…じゃないよね。
多分何もわかってない。
わかってないから更にタチが悪い。
困った人だ。
珍しくひとつ大きなため息が漏れてしまった。
「ん?クラウディ君、どうしたの?そんなに頭を抱えて」
「あっ…いや……へ、偏頭痛です。雨が降ってるから」
そうなんだぁ。大丈夫?なんて、ローラさんが笑った。
- 610 -
*PREV NEXT#
ページ: