……………

マネージャーの五十嵐さんから、weather lifeの皆に渡すよう頼まれた5本のスポーツドリンク。

落とさないようしっかりカゴを握り、地下の部屋に向かう為に階段を下りていた。

あくまでも飲み物を渡すだけだから、邪魔をしないようにしなきゃ。

教えられた部屋は確かFの2。




コンコン、と軽く扉を叩いて中の様子を窺いながらゆっくり開けた。


「…あ…あの…」

「あ、エマっち〜!」

「五十嵐…さんに…頼まれ…て…飲み物を…」

「ジュースっすか!?マジで、やった!俺もう超喉カラカラっす!」


私が手に持っていたスポーツドリンクを見て、日晴君と雪之原君が飛んできた。


「あ〜、冷たくて気持ちい〜」


冷たいペットボトルで頬やオデコを冷やしている。

結構汗をかいてるみたい。

休憩なしでずっとやってたのかな。

扉を開けた瞬間、熱風とまではいかないけど生温かい空気が入ってきたし。

クーラーとか効いてると思ってたのに意外とそうじゃないんだ。


とりあえずスポーツドリンクを他のメンバーにもひとつずつ配る事にした。


「はい…クラウディ…君」

「♪(ニコッ)」

「はい…雨宮…君」

「悪いな。助かる」


あとは…


「はい…七音…君…」

「あぁ…ありがと」


飲み物を受け取っても、彼はにこりとも笑わず素っ気ない態度。

やっぱり…普段の七音君じゃない。

いつもなら太陽みたいな笑顔を見せたり、ふざけて抱きついてこようとしたりするのにな。

今は本番前だし、余計に気が立っているんだ。

その緊張感は一般人の私なんかじゃ到底わかるはずもない。






「エマ」

「…っ」


部屋を出ようとくるっと体の向きを変えると、何口か飲んだペットボトルを片手に持った雨宮に肩を叩かれる。

そして文章の打ち込まれた携帯の画面を見せてくれた。


『ここまで人気が低迷したのも初めてで、七音も気持ちの整理が出来ていないんだ。
一時冷たい態度を取られるかもしれないが気にしないでくれ。いずれ自分から立ち直る』


雨宮君…ずっと見ててくれたんだ。

この間、私が七音君に詩を作っていない事を指摘された時もすぐに庇ってくれたみたいだし。

私も落ち込んでばっかりいないで、しっかりしなきゃ。

雨宮君にも、これ以上心配はかけられない。

七音君ならきっといつの間にか立ち直って、また笑って話しかけてくれるはず。

その時まで、私もめげずに頑張らなきゃ。


「ありがと…う…ございます…」

「あぁ」




雨宮に一度頭を下げ、エマは「失礼します」と言い残して部屋を出た。






「さ〜すが紳士ぃ〜」

「…ッ」


真後ろから聞こえた声にビクッと体を震わす雨宮。

こんな不気味な喋り方をするのはウチのメンバーで他にいない。

腹の中に怪しい感情を潜めて笑う雪之原だ。


「何だ?」

「またまたぁ。傷ついた女の子に優しい言葉をかけてあげるなんて、リツ君イケメン〜」

「本番前にふざけるな。飲み終わったらスタジオに向かうぞ。いいな」


照れている顔を隠すように彼はタオルで汗を拭く。

そんな姿を見てクスクスと笑って離れる雪之原。

相変わらず趣味が悪い奴だ。


そこで次に日晴が口を開く。


「あ。そういえばドロップスへの挨拶って終わったんすか?朝からあの人達だけ来てなかったみたいすけど」

「あぁ。先程席を立った時に見に行ったが、まだ来ていなかった」

「え?まだ来てないんすか!?」

「他の仕事も立て込んでいて忙しいのだろう」

「大丈夫っすかね。リハとか間に合うんすか…」


「ねぇ、それよりリツ君〜。この部屋ってさ、男5人じゃちょっと狭くない?暑いしムシムシするしぃ。
上にもっと広い部屋があったじゃん。あっちに変更してもらえないかなぁ」


雪之原からの提案。

確かにこの部屋は男5人が入る控え室にしては、最初に入った時に「狭い」と全員が感じていた。

この湿気の多い季節。

除湿機だって設置されていない。

雨宮だってそれは同じだと思ったが、彼はその提案を聞いて言葉を濁らせた。


「あぁ…それは……無理だろうな」

「え、なんでぇ?誰もいなかったよぉ」

「あそこは…その…ドロップスの控え室なんだ」

「はぁ!?俺達より人数少ないのに、あんな広い部屋に割り振りされてるんすか!?」


それにはさすがにプチンときたのか、食い気味に日晴が話に入ってくる。


「仕方ないだろう。ミュージックヘヴンのスタッフ側からそう話があったんだ」

「だってこんな時間まで遅刻してるんすよ!なんか俺、腹立ってきたっす!」

「落ち着け。こればかりはどうしようもならないんだ。出演させてもらうだけありがたいと思え」

「そんな…」

「仕方ないよ、キョウ君。今日の放送も僕達や他のアーティストは少し喋ってシングルを歌うだけだけど、ドロップスさんはプラス特集組まれててメドレーを歌うらしいからねぇ。
席の並びも一番目立つ所にこの人達を座らせるみたいだしぃ」



雪之原の言う通り。

今回の番組概要を見る限り、ミュージックヘヴン側はドロップスに相当力を入れている。

その理由はもちろん、確実に視聴率が取れる歌手だからだ。

今このグループは音楽界で最も注目されており、女性を中心に絶大な人気を誇っている。

他の出演者はもはや、ドロップスを引き立てるお飾りにしかすぎないのかもしれない。

もちろんそれは誰が言った訳ではなく、あくまでも暗黙の了解だが。




歌を歌える自信はある。

ある程度ならトークを出来る自信もある。

人は人。

自分は自分でやればいい。

そう思っていた雨宮だが、彼にはひとつだけ不安の種が残っていた。







「七音」


ひとり黙って部屋の隅の椅子に座っている男に声を飛ばす。

名前を呼ばれても、彼はこちらを向こうともしないが。


「いいか?これだけは言っておく。
本番中、どんなに理不尽な事があっても絶対に態度に出すな。生放送だからな。少しでも失態を晒せば、それが全国に放送される。
例えカメラがまわっていなくとも、会場には客もたくさん来ているんだ。悪い噂だってすぐに広がる。
そんな事があれば、それこそ本当に僕達は終わるだろう」

「…………。」


瞳を床に向けたまま、返事をしない美空。


「愚痴なら本番が終わった後に僕が好きなだけ聞いてやる。頼まれれば、飯でもなんでも奢ってやる。
だから本番中だけはいつも通りの顔をしていろ。わかったか?」

「…………。」

「わかったのか?」

「…わかったよ」


ふぅ、と大きな息を吐き出してようやく美空は重い腰を上げた。

テンションが高い普段の彼の姿とは180度違う表情。


「行こ…」


相変わらずの暗い声。

他のメンバーを待たずに、彼は控え室からひとりで出て行ってしまった。


「大丈夫っすかねぇ…」

「アイツも一応芸能界に入って色々経験している。今はアイツの忍耐力を信じるしかないだろう」


本番前にこんなにも重くのしかかる空気は初めてだ。


「ドロップス」という新しい脅威。

顔も合わせた事がないのに、こんなにもメンバーの輪をかき乱してしまうとは。

実際会った時は…本当にどうなってしまうのだろう。

この蒸し暑い温度が気分を更に悪くする。

そんな事を考えながら、美空に続いて他のメンバーも次々と控え室を出た。


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