8
……………
ステージを明るく照らす照明に、たくさんの音楽機材。
様々な声が飛び交い、慌ただしく動き回るテレビスタッフ。
クラクラと目が回ってしまいそうだ。
「ライトさん。もう少し右に照明をずらしてもらっていいですか?」
入念な音合わせも終了し、リハーサルを行う為にweather lifeの5人は本番会場へやってきていた。
歌のタイトルは「Going my way」
自分らしい道を歩く人生をテーマにした、力強い楽曲だ。
セットもバラードのような儚げなイメージではなく、火花のシャワーを噴射させるなどの派手な演出が多い。
途中、日晴のギターソロも見どころであり、本人曰く「一番好きで熱くなれる曲」との事。
本番前の最後の調整となり、メンバー達もライトやセットの位置をいつも以上に入念にチェックしていた。
「サビの時は第2カメラをこっちに持って来てください」
美空もこの瞬間ばかりはプロ意識の感覚が自然と戻るのか、さすがに集中して最終確認を行っている。
瞬間的なカメラの動きや照明の当たり具合、音響の調整など、他の人間はさほど気にしないズレも徹底的に修正し
誰よりも「テレビの向こう側で観ている人」の事を考えている。
こうして見ていると、彼がスランプに陥り落ち込んでいるとは誰も思えない。
テレビ局がどのグループに力を入れていたって、このメンバーで歌っている瞬間に真ん中にいるのは自分なのだ。
その自覚だけはきちんと持っているらしい。
ギターを握る雨宮はそんな美空を、少しだけ安心した表情で見ていた。
「あぁ…あと、ラストの立ち位置については…」
「お疲れ様でーす」
「あ〜、やっと着いたなぁ」
「…っ」
突然入口扉から聞こえた、複数の男性の声。
その声にリハーサルをしていた全員が反応を示した。
目に映った水色、銀色、赤色の髪の男。
入ってきたのは、あの「ドロップス」だ。
ひとつ前の仕事を終え、約4時間遅れでようやくこの会場へ到着したらしい。
時間的にもかなりギリギリだが、疲れているのかゆったりと歩いて特に急いでいない様子だ。
そこでドロップスの3人は、現在リハーサルを行っているweather lifeのメンバーにチラッと視線を向ける。
お互いの距離も離れているし、向こうも急いで控え室に向かわなければならない為、5人は軽く会釈程度をするが、
「部屋どこですか?」
「あ、はい案内します」
少し横目で見られただけで、特に反応はされなかった。
怒るまでとは言わないが、さすがに良い気分にはなれない。
「無視っすか…。自分達は遅刻してるってのに」
「向こうも時間がないんだ。気にするな」
同じくギターを握って小さく呟く日晴に、雨宮が横から言葉をかける。
良い印象である事を願ってはいたが、それは裏切られたのか、今が忙しいだけでたまたま反応をされなかっただけなのか。
今の状況だけでは、はっきりと彼らの心情はわからない。
「…………。」
今のアイツの目…。
しっかりと僕の顔を見ていた。
いや、見ていたんじゃない。
睨み付けていた。
無表情だったからわからなかったが、目は普通の人の視線と違うような…
確信さえないものの、美空はそのような感情を受けた。
ただの、一瞬の勘だけど。
「あの、ちょっといいかな?」
「はい?」
そこでステージに立っていた5人に下から突然話しかけてきた男の人。
この会場を仕切っていたプロデューサーだ。
「あはは。あのさぁ…」
首にかけたタオルを額に当てよそよそしく笑う男の姿に違和感を覚える。
「予定より早いけど、交代?お願いしちゃっていい?」
「えっ。でもまだ僕達…」
「緊急なんだよ〜」
おそらく交代というのは、先程のドロップスとの入れ替わりだ。
彼らの到着時刻がずれたため、他ゲストのリハ時間も大幅に変更されていた。
僕達は彼らの到着時間に翻弄されて最後に遅れてようやくリハの会場入りが出来たのに、
ドロップスが到着したから急遽代われと言っているらしい。
「ちょ、待ってください!僕達ついさっき始めたばかりじゃないですか!まだ十分に打ち合わせ出来てません!」
あまりの勝手な要求に、さすがに美空も前に出て声を上げる。
しかしそんな彼に、プロデューサーは機嫌を取る為かわざとらしくニコッと笑ってみせた。
「君達ならライブにも慣れてるし、もう余裕でしょ?」
「…っ」
「あの子達はまだ新人で、芸能界について色々把握出来てない部分も多いんだよ〜。ここは先輩として彼らに譲ってあげてくれないかなぁ?」
遠まわしに「これだけやれば充分だろ。早く出ていけ」と言われているようなもの。
なんとも嫌みな言い方で気に障る。
すかさず反論しようとする美空だが、それはすぐに視界に入った光景で封じられた。
「…………。」
ここは周りのスタッフも大勢見ている。
こんな場所であまり大声でものを言い返す訳にもいかない。
少し反論をしただけで、生意気だなと眉間にシワを寄せたりヒソヒソ話をするスタッフも。
「…………。」
「わかりました。すぐに片付けます」
「ミヤくっ…」
美空の代わりに雨宮の返答。
それに言い返そうとする美空だが、彼に厳しい目で見られて何も言えなかった。
周りの痛いくらいの視線。
今、この番組が一番力を入れているのは僕達ではない。
スタッフ全員がドロップスに味方をしている気がして
会場全体のアウェイな空気を身に染みて感じた瞬間だった。
数分後。
楽器を片付け、5人は不本意な気持ちをグッと堪えてその場を後にしていた。
もちろん心穏やかなんかではいられず、日晴は相当腹が立ったのか持っていたボールペンを握り折ってしまった程。
「なんなんすかっ!俺達リハの時間ほとんどなかったっすよ!今から始めればドロップスのリハ時間は予定通りっす!
何が『ここは先輩として彼らに譲ってあげてくれないかなぁ?』だよ!向こうが遅刻してるのにおかしいじゃないっすか!」
「落ち着け、響介。誰が聞いてるかわからん。そういう話は控え室でしろ」
「だって雨宮さん…」
控え室へ戻る途中の階段。
そこを下りる手前で雨宮は足を止めた。
「どぉしたの、リツ君?」
「お前達は先に戻っていろ。僕はドロップスへ挨拶に行ってくる」
「え!じゃぁ俺達も行くっすよ!」
「お前らは先に戻っていろ。今回は僕だけで行く。いいな?」
雨宮の強気な言い方。
クラウディに腕を引かれ、ここは日晴も観念したらしい。
さて…
4人を控え室へ戻してひとりになれた所で、雨宮はあの広く快適なドロップスの控え室へと向かう。
さすがに本番前にケンカでも起こされれば大問題だ。
そんな事はないと願いたかったが、手が早い響介や口が早い七音なら現実的に有り得ない話ではない。
なんとしてでも、それだけは阻止せねばならなかった。
僕ひとりだけで楽屋へ挨拶に行くというのも良くはないが…
メンバーも先程の出来事に気が立っている。
この際、仕方がない。
何か理由を見つけて、今回だけは僕だけの挨拶にさせてもらおう。
頭の中で言葉を整理し、眼鏡の縁を親指で押し上げてドロップスの控え室を目指した。
- 634 -
*PREV NEXT#
ページ: