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ミュージックヘヴンの放送から1週間が過ぎた。
事務所部屋の物の配置。
並ぶたくさんの楽譜。
ギター、ベースなどの楽器。
見た目はどれも今までと変わらないのに
あの日を境に、メンバーの勢いがなくなった。
とにかく皆持ち前の明るさがなくなっている。
特に七音君なんて…
「七音、おはよう」
「…おはよ」
事務所にやってきたメンバーが挨拶をしても、顔も見ずに小さく口を動かすだけ。
雪之原君とも日晴君ともクラウディ君とも…とにかく誰とも口を利かない。
もちろん、私にも。
皆、七音君が一番ピリピリしている事を知っていて、そっとしておこうと思ってるみたいだけど
傍から見ると、まるで彼だけがweather lifeとは無関係の人間のように見えてしまう。
今までの七音君とはまるで別人。
外に遊びに行ったり雨宮君をからかったりする事もなくなって、とにかく暗くて少し声をかけると怒りっぽいというか。
七音君はいつも明るくて、私にとっては眩しい太陽のような存在だったのに。
一番好きだった歌っている瞬間さえ、今は全然格好良く見えない。
このまま…このバンドが解散したりしないよね。
最近の私は、こればかりを心配している。
それだけは絶対に嫌だ。
このバンドのメンバーは…私の人生を大きく変えてくれた。
耳が聞こえなくて、ひとりぼっちだった私を救ってくれたのは七音君。
そしてこんな私を温かく仲間に迎え入れてくれたのは、weather lifeの皆。
私…皆の事が、このバンドが大好きなのに。
どうか、昔のあの笑い合っていた頃みたいに戻って欲しい。
weather lifeには、絶対に解散なんてして欲しくない。
その一心で私は毎日のようにペンを握り、ルーズリーフと向き合っていた。
ガチャン。
「っ。まだいたのか?」
外の仕事を終えて雨宮が事務所に帰ってくると、意外な人物がまだ部屋に残っていた。
エマがテーブルに向かい、何やら作業をしていたのだ。
「ッ…ごめんな…さい…。勝手に…残って…」
自分の姿に気づくや否や、広げていた紙を慌ててファイルの中へ仕舞う彼女。
窓の色も黒一色。
時計の針は9時を過ぎて、他のメンバーもとっくに自宅に帰っているというのに。
『それは構わないが。仕事が残っているのか?』
「…ちがっ……います。…その…」
雨宮の問いかけにも困った顔で、急いでそのファイルもバッグに入れる。
何かを隠しているのか。
「かっえ…帰ります。…お疲れ…さまっ…です」
「…え」
声をかける隙もなく、ピンク色のバッグを抱えて逃げるように彼女は部屋から出て行ってしまった。
扉から出て行くエマを目で追ったまま、雨宮はぽかんとしている。
僕が部屋に入った事がマズかったのだろうか。
それにしても彼女…こんな時間まで一体何をやっていたのだろう。
自分が持っていたバッグをテーブルに置き、暑苦しい上着を脱ぐ。
そして眼鏡を外しながら一息ついた。
やはり外の仕事は中の仕事より断然疲れる。
元々インドア派だからか、迷路のような都会を歩いたり人ごみの中に紛れるのはいつまで経っても慣れない。
七音や響介はあんなガチャガチャしたうるさい場所によく遊びに行っていたものだ。
室内の方が落ち着けるとい…
「ん?」
ふと、かすれた視界に見慣れない色が入る。
雨宮は再び眼鏡をかけると、先程自分が疑問に思っていた答えがわかった。
それはエマが座っていた椅子のすぐ下に置いてあるゴミ箱。
普段はメンバーの食べたお菓子の袋やティッシュなどが入っているのに、そこにたくさんの丸めた紙屑が入っているのだ。
そういえば…ここ最近はずっと入っていた。
なんだろうと疑問に思いつつも特に気にも留めなかったが、このゴミ箱は毎朝早くに清掃員が中身を回収している。
それなのに夜に見かけると毎日必ず入っているのだ。
ゴミを漁る趣味はもちろんないが、おもむろに腰をかがめて一番上にある紙屑を手に取ってみる。
ぐちゃぐちゃに丸められた紙。
紙自体はまだ新しいようで、特に汚れている形跡もない。
眼鏡を指で軽く押し上げた後、そっと両手でその紙を広げてみた。
「……っ…」
僅かに動く唇。
その紙に書かれていたのは
【どうすれば、また君に笑顔が戻るの―……】
詩の一部だった。
頭に思い浮かんだ言葉を次々と文字にしている様子が見て取れる。
ウチの男達が書いたような、乱雑で不格好な文字ではない。
これは間違いなくエマの字だ。
「…………。」
もう一枚。
もう一枚。
何枚手に取って広げても、中身は詩だ。
思うように書けず、ボツになったもの…?
―最近君もあんまり詩書いてないよね―…
やはり七音のあの言葉を気にしているのか。
こんな時間になるまでひとりで必死に詩を書こうとしていたのだ。
今の僕達が不安定な状況に立たされている事を、耳が聞こえなくたって恐らく彼女はわかっている。
彼女も彼女なりに七音を救おうとしているんだ。
それなのに…
七音本人は、自分の事で精一杯で彼女の事を何もわかろうとしていない。
雨宮は無意識に持っていたその紙を強く握った。
「……………。」
やり切れない気持ちを抑えるよう、その紙をゴミ箱の中にゆっくり戻す。
「僕も帰るか…」
もう何もする気が起きない。
脱いだばかりの上着を再び羽織り、誰もいない静かな部屋でひとつ小さなため息をつく。
そして帰宅する為にロッカーへと向かった。
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