14


……………


最新シングルがドラマの主題歌に起用され、ホッと一安心していたweather lifeのメンバー。

先週焼肉パーティが開催され、それぞれの暗かった心も徐々に明るさを取り戻していく中だが、

やはり美空だけは、未だスランプを克服出来ていない状況が続いていた。


新曲作りに取り掛かり始めるも、調子が悪く本人もあまり乗り気ではない。

一緒に作業にあたりその他のメンバーがサポートにまわろうとするも、その優しさを突っぱねる日々。


美空だっていつまでも子どもではない。

自然とスランプを克服し、ドロップスには勝てなくても自分達なりに音楽活動を続けていけたらと雨宮が思っていた矢先だった。










ついにあの事件が起こる。















『本日のゲストは、現在大人気の若手バンドグループ!ドロップスの皆さんです!』


「チッ」


日曜の昼間。

ひとり事務所に残っていた美空の目にテレビ番組が映る。

トーク番組のゲストとして登場したのが、またもあのドロップスだ。

カメラの回っていない裏ではあんなに汚い顔をしているのに、テレビの前だとやたら好感度を狙う好青年を演じている。

特にこの真ん中のカインとかいう奴。







―まぁ。オリコン9位にしては…ですけど――…






見れば見る程ますます気に食わない。

手に持っている紙を見つめ、小さくため息をつく。

朝からスタッフに渡されたそれは、彼にとってため息の出るもの以外何ものでもなかった。


今、最もやりたくない仕事のひとつ。

なんでそれをわかってないんだ…あのスタッフ。






ガチャン。


「…っ」








お昼に事務所へ来ると、七音君ひとりだけが椅子に座っていた。

下を向いて。

部屋の電気もつけないで。



「おつかれ…さま…です」


部屋の中へ入ってきたのはバッグとノートブックを握っているエマだ。


「あぁ…お疲れ」


七音君…返事は返してくれたみたいだけど、やはりどこか素っ気ない。

まだ機嫌は直ってないみたいだ。

あ。またテレビにあの「ドロップス」という人達が出てる。

これを観て、また嫌な気持ちになっちゃったのかな?


それにしても…



「あの……。他の…皆…は…?」

「あぁ…」


返事を打つ為に手元に置いていた携帯を取った七音君。


『仕事で出かけてる。僕は留守番を押し付けられたけど』



七音君を置いて4人で出かけちゃったんだ。

人数が少ないからか、この部屋の中はなんとなく暗くて寂しい。

最近七音君は元気がないから、皆気を遣って留守番を任せたのかな。


「そうですか」と呟き、ロッカーへ荷物を仕舞いに部屋の隅へ向かう。


私は私で詩を書かなければならない。

最近時間を見つけては作詞作業に取り組んでるけど、一向に成果は得られていないし。

七音君と同じように私ももしかしたらスランプなのかも。

書いても書いても、なかなかコレだって思えるフレーズが出てきてくれない。

昔は考え込まなくてもあんなにスラスラと言葉が出てきてくれていたのに、肝心の今に限って…

とにかく弱音を吐いている時間はない。

weather lifeにはいっぱいお世話になってるから、今度は私がなんとかしなきゃ。



しゃがんでバッグをロッカーに仕舞っていると


「…っ?」

ふと視界が不自然にますます暗くなる。

誰かの影が、後ろから自分の体を覆ったのだ。




「な…七音君?」

『エマちゃん、お願いしたい事があるんだけど』


振り返って見上げた先には七音君がいて、そう打ち込んだ携帯を私に見せてきていた。


お願い事?

私…に…?


七音君がスランプに入って自分からお願い事なんて初めてしてきたから

正直、嬉しさと言うよりビックリの方が大きい。

とりあえず立ち上がり、彼の文字に対して返事をした。


「なに?」

『この間行ったビルあるでしょ?第1イーストサイドビル。あそこに行って、次回CMに使われる曲。いつまでに仕上げればいいかとか、どんな感じにするかとか、詳細を聞いてきて欲しいんだけど』


「……え…?わ…わたし……が…?」

『僕、今日忙しいんだ』



彼からの突然のお願いに驚きすぎて何も言えない。

耳の聞こえない私がひとりでスタジオまで行って、曲の作成について詳細を聞いてくる…?

今まで詩を考えたり簡単な資料整理や力仕事しかやった事がなかったから、そんな大仕事など今の私にとっては完全に未知の世界。

皆がやってたお仕事を遠くから眺めていた程度だ。


いくら七音君のお願いでも、とてもじゃないが私に出来るわけがない。



「む…無理だよっ…!」

『簡単に話をメモっとくだけだから』

「私っ…耳も…こんなだし…。それ…っ…に……雨宮…君から……外に出る…仕事…は…ダメ……だって……」

『外に出れば詩が浮かぶかもじゃん。他に行ける人がいないの。お願い』



彼女の拒否にも、素早く返信を打って自分の意見を押し通そうとする美空。

相手が困った顔をしているが、そんな事はお構いなしだ。


「だけっ…ど…」

『耳が聞こえないから筆談でやってもらう事は、向こうのスタッフに僕から伝えておくから』


その言葉と「七音君からのお願い」という事実。

それになんといっても、今の彼は周りが支えてあげないと壊れてしまいそうな状態なんだ。

ここで断ってしまうと、七音君が…本当にダメになっちゃうかもしれない。



「わか…っ…た…」



ついに折れて、エマも小さく首を縦に振らざるを得なくなった。

不安でいっぱいだけど、筆談でやってくれるなら…なんとかなるかもしれない。



美空の顔を見上げるが、薄暗くて彼の表情が一瞬じゃあまり読み取れなかった。


「今から出れば丁度いい時間だ」と別のバッグを渡し、美空は彼女の背中を押して無理やり外業務へと放り出す。


「なお…くッ…」

「大丈夫だから行って!」



ガチャンッ!



頼りない彼女の声にも耳を塞ぎ、ドアに鍵をかける。



「…………。」



足音で彼女が行った事を確認して…






「…はぁ」





エマが部屋からいなくなり、美空は大きく息を吐いて扉におでこを付ける。

言い知れぬ深い罪悪感。

普段なら何も考えずに、こんな仕事はOKを出していただろうが…

今回はどうしても行きたくない理由があった。


今日、あのスタジオには奴らがいる。


くるりと向きを変えて、再びテレビ画面を見つめる。


トークをしているカイン。

水色の髪をかき上げながら、司会の中年女性と楽しそうに笑い合う姿が見える。

もうあの一件以来…アイツらと顔を合わせたり一緒に仕事をすると想像しただけで、体中に鳥肌が立つようになっていた。


出来れば今後一生、前に現れて欲しくない。

声も聞きたくない。


だから僕は、この仕事をエマちゃんに無理やり押し付けた。

ダメだとはわかっているし、申し訳ない気持ちでいっぱいだけど…

今の自分にはどうしても出来ない。





「…んだよ、もう…」



大きく再び息を吐き、

顔を伏せて、ズルズルとドアに背中を預けてそのまま床に座り込む。























「ゴメン」


- 640 -

*PREV  NEXT#


ページ: