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……………


その日の夕方にエマは無事にweather lifeの事務所へ戻り、待っていた美空へ自分の得た情報を報告。

彼女がひとりで遠くの街へ行き、仕事をしてきた事を知って他のメンバーは大層驚いていた。

外の業務を禁止していたにもかかわらず無理やり外へ駆り出した美空に雨宮は呆れた様子だったが、エマが任務を無事遂行した事もまた事実。


反省させる必要はあるが長々と説教をしている暇はないと、彼女から聞いた情報をもとに5人は次の日から早速曲作りに取りかかる。




チョコレートをイメージした甘い歌詞。

ポップなリズム。

前回の曲がドラマの主題歌に使われたとはいえ、全ての問題が解決したわけではない。

今までの芸能界での地位がドロップスに奪われてしまった以上、なんとかギリギリ今の人気だけでもキープしておかなければ。

美空の調子が取り戻せない今、5人全員が力を合わせ、この危機を乗り越えるしか方法はない。


平日も学校が終わって事務所に集まり、それぞれがアイデアを出し合ったり何度も何度も音合わせを行い…

帰りが深夜になる日も少なくはなかった。

これもweather life存続の為。

まだこの場所で歌い続けたい。

こんな所で自分達の音楽人生を終わらせたくない。




そしてようやく曲の全体像が決まり、本格的に作曲作業に取りかかっている時期だった。











「そこはさ、リズムをわざとゆっくりにした方が良いんじゃないすか?ほら、なんかこう…チョコの甘ったるい部分を表現したとこだし」

「甘ったるい…表現は悪いがイメージはわからなくもない。そうだな、ではこのパートのみテンポを…」







プルルルルルルル!





「…ッ?」


突然部屋の隅に設置している電話が鳴りだし、男達の目を引く。

この電話が鳴るのは日常茶飯事。

雨宮が席を立って電話に出ると、何事もなかったかのように他のメンバーは打ち合わせを再開する。


「だからここをさ」

「それよりこっちは…」









「…え?」








思わず声を漏らす雨宮。

「いや…こちらは4月末締めと伺っているのですが…。いや、聞いてないです…は…はい…」


なんだか様子がおかしい。

初めは普段通り打ち合わせをしていたが、その物々しい雰囲気に他メンバーも何事かと思ったのか、

会話を止めて電話をしている雨宮に無意識に視線が向かう。


「やっ…ちょっと待ってください!もう全体像は決まっているんです!もう少しだけ…いや、来週中は…その…」



いつもは冷静な雨宮がこんなに取り乱している。

予想外の事態が発生したに違いない。


その声に、聞いていたメンバーの胸に妙な不安がよぎる。


「……はぁ…はい…。…はい…。…わかりました。大変申し訳ございません。失礼致します」


力のない相槌に重苦しい声。

背を向けたまま、彼はゆっくりと電話を切った。



「雨宮さん?どうかしたんすか?」

「いや…その…」

「リツ君?」






答えがなく沈黙が続く。

瞬きを数回繰り返した後、雨宮はポツリと言葉を呟いた。


「今…作っている曲。締め切りが4月末ではなく3月末らしい」

「「えっ!!?」」


思わず4人全員が椅子から立ち上がった。



「ま、待ってください!3月の末って…もう終わっちゃうじゃないっすか!そんな連絡こっちには来てないっすよ!」

「向こうは初めから3月末と伝えていたそうだ。それをこちらが勝手に4月末だと勘違いしていた」


これは完全にこちらの連絡ミス。

何も言い逃れは出来ない。

そして、この情報を彼らに伝えたのは…

















「……ッ…」
















ふと、weather lifeメンバー全員がテーブルの端に座っていたエマの顔を見た。












「…どうし…たの…?」



























5人が曲を作っている姿を、私は横から眺めていた。

皆必死に今の悪い状況から這い上がろうと足掻いている。

その顔はそれぞれ真剣そのもの。

何を話しているかはわからないけれど、皆の心はひとつなんだって見ただけですぐにわかる。

きっと彼らはまだ歌いたいんだ。

ステージに立ちたいんだ。

だから、時には夜遅くまで残ってこんなに体を張って頑張っている。


私も皆に置いて行かれないように頑張らなきゃ。

うん。きっと大丈夫。

これならきっと、また素敵な曲が生まれると思っていた。







あの電話が鳴るまでは。







プルルルルルルル!






着信音は聞こえなかったが、席を立って電話機へ向かう雨宮君を見てそれが鳴っている事が私にもわかった。

最初は別になんとも思っていなかったけど…

しかし背を向けて話している彼へそれぞれがチラチラ視線を送る姿に、なんとなく違和感を覚え始める。



…今までと空気が変わったような。



そして電話を切って5人で少し話した後、全員が何故か一斉に私の顔を見たのだ。






………?


どうしたんだろう。



なんで皆、私の顔を見て…







「…どうし…たの…?」






ガチャン!!













「ッ!」


突然テーブルを強く叩いた振動で、エマの体は反応する。



「エマちゃん、お願いしたよね!?日にち聞いてくるだけって!なんで間違えんの!?」

「ナオ君、落ち着いて」



ついに声を荒げた美空を、咄嗟に雪之原が引き止める。

しかしエマにとっては今何が起こっているのか、何故自分が美空に怒られているのかさえわからない。


『今度の曲の締め切り3月末ってのを、君が間違って4月末だってボクたちに伝えたんだよ!』

「…ッ」



彼が携帯で見せてきた文字に。

エマのオドオドした顔が硬直する。





私がっ…皆に間違った情報を…教えた…?


4月末じゃなくて3月末が本当の締切日?


うそっ…そんなはずは…






「あっ…」






その瞬間、ある男性の顔が脳裏に蘇る。


瞳の視点が合わず、足がガクガクと震えて止まらなくなった。








「どうし…」

「男のっ…人…がっ…」

「…っ?」


「男の…人が…教えてっ…くれたの…。1ヶ月……締め…切りっ…が……伸びるって…」




「「……ッ…」」






全員の心臓がドクンッと動く。

まさか…。


その瞬間に日晴がエマの目の前まで走りだした。


『その人、この間楽屋に来た3人組じゃなかった!?』

「……っ…」


携帯で見せてきた文字に、彼女は震えながら小さく首を縦に振る。



「水色のっ…髪の……」





先日楽屋に来た水色の髪の男。

間違いない。

ドロップスのリーダー、カインだ。

アイツがエマに嘘の情報を伝えた。



「CMのっ…別バージョンでっ…自分達も…やるっ…て…言ってたから……本当…かと思って」

「別バージョンなんてないっすよ!!」



そこで何か感づいた雪之原は、赤い瞳を雨宮に向ける。


「リツくっ…まさか…」

「あぁ。ドロップスは以前からこのCMに出たがっていたらしく、スタッフへ直接交渉をしていたようだ。
我々が曲を提供出来なくなったとなれば…間違いなく彼らの曲が使われる事になるだろう」

「クソッ!まさかエマさんを狙ってくるとは!やり方が汚いっす!!」




自分達の居場所を徹底的に奪う為。

まるで僕達を嘲笑うかのように繰り返される行動。

しかし今の強大な力を持った彼らに刃向かう事も出来ず、美空の怒りの矛先は嘘の情報を鵜呑みにしたエマへ向いた。



『この間、凄い感じ悪い奴らだったじゃん!!!なんでそんな奴の言う事あっさり聞くの!?』

「…だっ…だっ…て…」

「…ッ!」

「ナオ君、やめなって!」


目の前まで歩き強い力で肩に掴みかかると、危険を感じた雪之原が美空を後ろから引き剥がして彼女の前に立つ。



「ユキ、邪魔しないでよ!」

「いくら何でも言い過ぎだよぉ。大体、エマっちは作詞と内部業務以外の仕事はやらせないって決まりだったでしょ?彼女を無理やり外に出したナオ君にも責任はあるよ」

「たったそれだけじゃん!!」


雪之原の説得にも応じず、掴まれた手を荒く振り払う。


「だって…だって、たったそれだけの事だよ!?しかもいつもじゃない!今回たった1度だけ!
日にちを聞いてそれを紙に書いてくるだけ!
そんな簡単な仕事なのにあんな奴に騙されて、そんだけの事も出来ないなんて!!煤v


ムシャクシャして爪で頭を掻き毟る美空。

気が動転し冷静な判断もつかずに、後ろから抑えようとするクラウディも強い力で突っぱねた。



「美空さん!落ち着いてくださいっす!」

「だってどうすんの!?このままじゃ僕達終わりなんだよ!ねぇ、エマちゃん!もっと真剣になってよ!!!」

「……ッ…」



しかし、その美空の怒りの言葉さえエマには聞こえない。

ただただ怯えて何もわからなくて、震えて立っているだけ。





なんで…ッ…

もうッ…なんで君は!!




咄嗟にテーブルに置いていた楽譜とペンを取り、美空はその場で文字を殴り書きした。



「…ッ!」

「美空さっ…」


















その文字を読んで、言葉を失う雪之原や日晴。



そして…エマは…










「……………。」



















『なんで聞こえないの?』




















雑に書かれた男の文字。




その言葉は実在さえしないものの、見えないナイフのように彼女の胸に深く突き刺さった。






この文字は…




私の目の前で書かれた…






七音君の言葉。






彼女の足がガクガクと震えるのが目に見え、その場ではショックのあまり涙も出ずに。






「……ッ…」






ガチャン!!






「あ、エマさっ…!」


思わず彼女は部屋を飛び出してしまった。


すぐに追いかけようと、他のメンバーが走りだそうとした瞬間


















コツッ



コツッ



コツッ








不穏な足音が耳に入り、それぞれの動きが止まった。




「…………。」


今まで黙っていた雨宮。


眼鏡で表情は見えないが、彼は沈黙の中ゆっくり歩き出し、


美空の前まで。





そして




「…ッ!!」




ビリッ!



空色の瞳が大きく見開く。


手に握っていたその楽譜を取られ、そして雨宮は何も言わずに真っ二つに破ったのだ。


ビリッ

ビリッ

ビリッ


3回、4回…初めになんと書いてあったのかわからなくなるまで破り

そして細かくバラバラになった紙が床に散らばる。







「お前は今、彼女に最も言ってはいけない言葉を言った」



「……っ…」




雨宮の低く重い声。

彼の言葉に美空の眉がピクッと動く。

その顔はもう怒りに満ちた表情ではなく、自分の中の何かが崩れ落ちたような…

それにようやく気がついた顔。



「ムシャクシャしているのも十分にわかる。今は家に帰って頭を冷やせ」

「ミヤく…」














「帰れ」










怒鳴り声とはまた違う。

怒りに満ちた一言に、美空の呼吸が一瞬止まる。


その声と同時にレンズの奥に見えたのは

今までに見た事もない

悪意にも近い、鋭く冷たい瞳だった。


ずっと連れ添ってきた、僕の事を一番理解してくれる幼なじみ。

昔から頭は良いくせに他人には逆らえないお人好しで

僕がいくら振り回しても、心の底から怒る姿なんて見た事も聞いた事もなかった。


僕はそんな彼をからかいながらも、ずっと最も信頼出来る親友だと思っていた。



何があっても…彼だけは僕に付いて来てくれる。



僕の味方でいてくれる。




そう思っていたのに。






その目を見た瞬間


生まれて初めて、ミヤ君を「怖い」と感じた。


何も言い返せない。



呆然と立ち尽くすしかなかった。




初めて実感した、美空と雨宮の間の深い亀裂。


それは今急に生まれたんじゃない。

最初は軽いヒビ程度だった。

しかしそれは、日を追う事に徐々に確実に大きくなっていた。


全ては彼女が来てから。


美空が「エマ・ガーネット」をこの場所に連れてきた瞬間から。


最高のパートナーであった美空七音と雨宮律の間のヒビは、ギシギシと音を立ててここまで深くなってしまっていたのだ。


日晴、雪之原、クラウディでさえ、ただならぬ空気に全員が口を噤んでしまう。





「エマは僕が探す。クラウディ、響介、奏。お前達も今日の所は帰っていい」

「……っ…」



今の雨宮には誰も逆らえない。

誰も「NO」なんて言えなくて。

彼はその言葉を残し、逃げ出したエマを探す為に部屋を出て行った。




こんなにも重い空気。




もう残って曲を作ったって意味がない。



結局、誰も口を挟めず「じゃ…また明日」とだけ言い残して次々と荷物を持ってその場を後にする。










「…………。」



最後には美空だけがひとり取り残されてしまった。



窓に打ちつける強い豪雨。


さっきまで晴れていたはずなのに、いつの間にこんなに土砂降りになったんだろう。


美空も荷物をまとめ、何も言わずに電気を消して部屋を出た。


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