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……………


やらなきゃ。

とにかく今すぐにやらなきゃ!

美空は事務所を出たと同時に、目の前を偶然走っていたタクシーを止める。


「第1イーストサイドビルまで!出来るだけ急いでください!」

「あれ?君もしかしてweather lifeの美空君じゃない!?」

「あーもう!サインならあとで書いてあげるから!とにかく早く!急いで!」


運転手を急かして向かったのは「ミュージックヘヴン」の撮影スタジオ。

あのドロップスとの共演があってから、この場所は行く事を極力避けていたが今日は訳が違う。


目的はただひとつ。


次の放送で僕達のメドレー枠を貰う事。

とにかくその目的を達成する為に、一分一秒でも早く向かわなければ。

ここからスタジオまでは、早ければ車で一時間かからない程度。

見慣れた風景を通り過ぎ、ようやく目的地へ到着した。

「お釣りはいらない」とお札を渡して運転席シートに手書きでサインを残し、タクシーを急いで降りた。

ビルの中へ入り、向かうはミュージックヘヴンの企画関係者が集まる会議室。



アポを取ってもらい、運良くすぐに関係者の部屋に入る事が許されたが…






……………






「「はぁ!?weather lifeのメドレー?」」


案の定、僕の願いを申し出るとオジサマ達はこの反応だ。

部屋に入ったと同時に「自分達の出演時間を増やして欲しい」と、いきなり言い出したのだからそれは仕方がない。

眉間にシワが寄ったり呆れた顔の者もいる。

先頭にいたお偉い様は、僕の顔を見て大きくため息をついた。



「あのね、七音君。この間の撮影でわかったでしょ?今、時代が求めてるのは君達じゃないんだ」

「お願いします!そこをなんとか」

「だってメドレーの枠には既にドロップスを入れちゃってるもん」

「今回だけでいいです!ギャラもいりませんから!お願いします!!」

「……っ…」



初めは天狗気味で有名な「あの」美空七音の我が儘かと思いきや、今日の雰囲気はいつもと違う。

普段の彼はもっと生意気で、スタッフにもよく無理な注文を依頼する問題児。

デビューした時からその性格は変わらなくて、頻繁に周りの関係者を困らせたものだが…



「お願いします…!お願いします!」


こんなに真剣に頭を下げてくる姿は、今まで見た事がない。

まるで別人のようだ。

最近調子が悪くて最初は少し反省するかと思っていたが、さすがにこの姿を見ると同情の念が込み上げてくる。

人気が落ちてきていると言っても、weather lifeはドロップスに続く程の人気はまだある。

メドレー枠を入れても多少の視聴率は取れるだろう。



「んー…私達としては…あげられない事もないんだけど…」

「本当ですか!?」

「でも我々の権限だけじゃダメなんだ。
ドロップスの許可を貰って来てもらわないと。彼らがOKを出せば、今回一度だけなら予定を組み換えてあげてもいいよ」

「ッ…」


その言葉に、美空の顔がみるみる青ざめる様子が一目でわかった。


あの散々舐められてきた奴らに頭を下げる…?


考えただけでもゾッとする。



だけど…



「…………。」


「七音君?」


「…わ…かりました」



美空は小さく頷いて答えた。

全ては今回の放送でメドレーを歌う為。




「大丈夫?顔色悪いけど」

「大丈夫です。僕、すぐ行ってきます」

「……あ…あぁ。気をつけて」



突然やってきた彼は要件だけを済ませ、足早に部屋を出て行ってしまい、

残された関係者達は思わず顔を見合わせる。


「どうしちゃったんでしょうか、美空君。なんか普段と全然様子が違いましたけど」

「さぁ。聞いた話によるとドロップスとweather lifeはあまり良い関係ではないようだし。
それにいきなりメドレー枠が欲しいだなんて。一体何を考えてるんだか」






















美空はその後、スタジオを出て再びタクシーを拾う。

向かう先は…


「運転手さん。ハイマリンコンツェルンまでお願いします」


この地球上で最も足を踏み込みたくない場所。

ドロップスの事務所だ。

今から奴らに会いに行き、そしてきっと頭を下げる事になる。

恐らく…いや、間違いなく馬鹿にされる。


ざまーみろと思われ、下に見られ、虐げられる。


恐怖だ。逃げたくてたまらない。


エンジンをかけて動き始めるタクシーの中、今までにない恐怖が自分の体の中に渦巻いた。



一番憎んでいる相手に、媚び、そして見下ろされ。



足が震え、自然と呼吸が荒くなる。
















「お客さん?」

「…………。」

「お客さん、着きましたよ」


「…ッ」


運転手の声にようやく気がつき外を見上げると、自分達のビルなんかよりもっと高い高層ビルが壁のように立ち塞がっていた。


このビルのどこかに…奴らがいる。


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