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……………

その日の夜。

表情こそ青白かった美空だが、帰ってきた彼から「無事に再来月のミュージックヘヴンにてメドレー枠が貰えた」との報告を受け、雨宮を含むメンバーは驚いた。

あのメドレー枠はドロップスに既に決まっていた。

ミュージックヘヴン側の関係者も前回の生放送で実感した通り、僕達には全く期待せずにドロップスに非常に強く肩入れをしていた模様。


誰から見たって完全なアウェイ状態。

それなのにどうやって…?


与えられた時間は曲のみで6分。

サビを中心に歌うと考えて、多くても5曲程。

選曲も自分がやりたいと、美空は自ら名乗り出た。

それからスタッフとの話し合いや向こうの関係者との打ち合わせにも積極的に参加し、メドレー企画が着々と進んでいく様子が見ていてわかった。



音楽に対して情熱を注いできたのは当然知っていたが、それ以外の外仕事や会議にも進んで取り組む美空の姿を見るのは初めてだ。

weather lifeというバンドを組んで以来、誰も見た事がない。

先日まで酷く落ち込んだり、怒りを爆発させる事でその場から逃げていた彼の姿とは大きな違いだった。







『七音は今。自分の過ちを償う為、がむしゃらに頑張っている』







企画が進む中でクラウディからもその言葉を伝えられ、

雨宮の美空を見る目が少しずつ変わっていく。


美空七音はこの大きなピンチ、どん底に突き落とされた状況でも。


確実に成長をしている。












「ただいまぁ」

「おかえりっす。随分と会議長引きましたね」

「時間帯の変更とか少しあってね。僕、後でスタッフさんに電話しなきゃいけないから発声練習は外すから」


メドレー枠を貰えて2週間程が経ったある日。

正午から別スタジオへ仕事の為外出していた美空が戻ってきたのは、窓から見える空がオレンジ色に変わる時間帯だった。

事務所へ帰って早々、荷物や脱いだ服をそのままテーブルに放り出してパンツのポケットから携帯を取り出す彼。

こういう所をきちんと片付けない所は今までと変わってはいないが、今は休む暇さえほとんどないのもまた事実。

それに何も言わなくてもクラウディが片付けてくれるから、部屋が散らかる心配も特にない。


「そんじゃ、ちょっと休憩…」

「七音」

「ん?何?」


落ち着きのない美空に話しかけてきたのは、椅子に座って来週のスケジュール確認を行っていた雨宮だった。

立ち上がった彼に「話がある」と言われ、部屋から連れ出される。

彼に直々に呼び出されるのも久しぶり。

なんだろうと考えながら続いて廊下を歩き、周りから人の気配がなくなっていく。

他人に聞かれたくないのか、最終的に連れて来られたのは大きな窓の並ぶ廊下突き当り。

ベンチと自販機が並ぶ休憩スペースだ。





「ミヤ君?どしたの、こんな所まで」

「あぁ…」


こうやってふたりきりで面と向かって話すのは、彼が美空の部屋を訪れて以来。

雨宮は数秒黙った後、ジャケットの裏から何かを取り出した。


「これを見ろ」


渡されたのは、一見ゴミにしか思えないしわくちゃになった何枚かの紙。

引き伸ばして四つ折りにされたそれを開くと、しわだらけになって読みづらいが何やら字が書いてある。


長い…文章。


見た事のある、まる文字。





「…っ!」


咄嗟に目を見開く美空。

何も知らない人なら、なんとも思わない並んだ文字。

しかし、僕達5人ならきっと誰でもわかる。

これが誰の字なのか。

この「詩」が、誰によって書かれたものなのか。


見た瞬間に。




「これ…」

「お前は今回の件に関して、自分がエマに対して行った過ちを償う為に、メドレーが欲しいなんて言い出したんだよな?」

「ッ…」


心の中を見透かされて、美空は思わず目を逸らす。


「僕は…」

「それは2ヶ月前、彼女が夜までひとり事務所に残ってお前の為に書いていた詩の一部だ。全て捨てられていた物だがな。
その中から使えそうなフレーズがある紙を僕が選別し、内密にゴミ箱から集めた」



彼の言葉に顔を上げると、夕陽に照らされた雨宮の瞳は真っ直ぐに自分の顔を見ていた。

そして二言目に、その男はとんでもない提案を僕にする。


「本当に彼女に謝りたいという気持ちがあるのなら、その詩から抜き取った言葉で新しい曲を作り、次の放送で歌え」

「えっ…!?」



今から曲を作る…?

それを次の放送までに…!?


美空の眉間にシワが寄り、思わず言い返した。



「は…はぁ!?ちょっと待ってよ!それは無理だよ!第一、まだ打ち合わせとかやる事がたく…」

「それ以外の仕事は全て僕達で引き受ける。お前は曲作りに専念しろ」

「ミヤくっ…」


「僕をはじめ、メンバーやスタッフ全員がわかっている。

音に関して、お前は間違いなく『天才』だ。

他の歌手やドロップスよりも、誰より優れた音楽センスを持っている。

だからこの仕事はお前にしか出来ない」


「………ッ…」


雨宮の言葉を聞き、何も言い返せない美空。

周りに人のいない静かな空気の中。

相変わらず目を逸らされるが、それでも雨宮は彼の顔を真剣に見つめる。


「嫌だとは言わせない。何を犠牲にしても僕達がその穴を必ず埋める。

だからお前は必ずやり遂げろ。歌を作れ。お前の思い全て込めた一曲を全力で作れ。絶対にだ。

それが出来なければ、今回の件を以てお前はweather lifeから外れてもらう。

いいな?

話は以上だ」












「…………。」




僕の返事も聞かず、ミヤ君はその場から立ち去ってしまった。


体中が震えそうになり、彼に渡されたしわだらけの紙を見つめる事しか出来ない。


ゴミみたいにぐっちゃぐちゃな紙。


これが…この紙が、僕を救う希望になるかもしれない…。


エマちゃん…僕の知らない所で、こんなにたくさん詩を書いていてくれたんだ。


一部って言ってたし…本当はもっとあったのかな…

















『―エマちゃん、何か良い詩ないの?最近君もあんまり詩書いてないよね―…』










【どうすれば、また君に笑顔が戻るの―……】





【ー歌ってる君の姿が、ひとりぼっちの私を救ってくれたんだー…】











「…ッ!」




気がつくと、ひとつ、またひとつ。

その汚い紙に丸い点が増えていく。


無意識に僕の目から零れ落ちたもの。






ウソ…?



僕、泣いてる…?






気がついた瞬間には、胸から込み上げる熱い気持ちに耐えられなくなって




































「あああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」






























その紙を顔に押し当てて、大きな声で泣いていた。





止まらない涙。声。そして感情。





まるで子どものように泣いてしまう。





こうなる事を想定して、ミヤ君はこの場所を選んでくれたのかもしれない。










僕は…本当に何も知らなかった。






エマちゃんの気持ち。


彼女に無理強いをし、怒りをぶつけ、何度も何度も傷つけた。


でも彼女は文句も言わず、僕を思い、僕の為に…何枚も何枚も詩を書き続けてくれていた。




なんて、自分は馬鹿なんだ。



史上最強の大馬鹿者だ。




反省をしているつもりだったが、こんなモンなんかじゃ全然足りない。





「エマッ……ちゃん…!」





涙か鼻水かもわからない液体で汚れた顔を拭き、ミヤ君から受け取った紙を力強く握り締める。



これで…曲を作る…!



絶対…何が何でも、死んでも作ってみせる。



もう、評価なんていらない。



地位も名誉も捨てたって…



ドロップスに笑われたって構わない。




これが僕に残された、最後のチャンスなんだ。



道を踏み外したりなんか…もうしない。






絶対に。



絶対にだ。


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