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……………


スタジオを出てすぐにタクシーを拾い、エマの住む町まで急ぐ。

やれるだけの事はやったつもりだけど、彼女にちゃんと僕の気持ちが伝わっただろうか。

1分1秒でも早く会ってきちんと面と向かって話をしたいけど、こんな日に限って車が混んでいてなかなか前に進まない。

もう…これじゃ走った方が早いや。

町に着いたと同時に、運転手にお願いをしてタクシーを降りる。

彼女の家まで歩けば20分くらいだけど、今はそんな呑気にしていられる場合じゃない。

自然と足が動き、僕は街灯が並ぶ夜の町を全速力で走った。









……………








「エマちゃん!!」


「っ…」


美空の姿が見えた所でエマはその存在に気づく。

どうやらフェンスゲートの前に立って待っていてくれたようだ。



「ハァッ…ハァ…あー…しんどいっ」

「大丈…夫っ…?…走って…きたの?」


走ってこんなに疲れたのは久しぶりだと、肩で息をしながら美空は2回首を縦に振った。

でも、やっと会えた。

やっと堂々と顔を合わせて話が出来る。




「ふぅ…」


呼吸が整った所で、美空は自分の携帯を打ち始めた。








『番組、観てくれた?』

「…っ」


以前のように面倒臭がらず、携帯に文字を打ってくれる彼。

エマがコクッと小さく頷くと「よかったぁ」と安心した顔を見せた。

そして彼は再び携帯に文字を打ち込み始める。
















『本当にごめん』















今度は素直に伝えられた言葉。

つまらない意地やプライドを捨て切れた今なら、君と真っ直ぐ向き合える。




『僕、思い出したんだ。

自分は人気者になりたくて歌っているんじゃない。

自分の歌いたい歌を、この場所で歌って、ひとりでも多くの人を笑顔にしたかったんだって。

君と出会ったあの時も、君ひとりの笑顔が見たいが為にゲリラライブをした。

そして君が仲間になって、一緒に詩を考えて…改めて歌を作る楽しさを実感したんだ。

それがいつの間にか当たり前になって、歌う事の意味も君の大切さも忘れかけてた。

思ってもない言葉で君を傷つけてしまった事、何百回も後悔した。

失って初めて君の大切さに気づいたんだ。

お願い。

僕達の所に戻って来て欲しい。

また6人皆で詩を考えたり遊んだりお仕事したりしたいんだ。

もう僕逃げたりしないから。

本当にごめんね』





長々と打ち込まれた文字。

その携帯を受け取り、ゆっくりと読み進めて


その言葉だけで今までの悲しみや痛みが全部吹っ飛んだ。

もう頭の中は真っ白。

霞む視界で文章がぼやけてしまう。


一度は諦めかけたあの夢のようだった場所。

また孤独な世界に戻るだけ。

元々そこにいたんだから、そんなの簡単だと思ってた。

だけどあの幸せな時間を知ってしまった私は

結局、心のどこかで諦められなかった。

優しくて温かい、仲間の存在。

もう、ひとりぼっちの生活に戻りたくない。

私はっ…


感情が高ぶるあまり出てきたのは、彼への返事の言葉じゃなくて先に溢れ出してしまった涙だった。




「…ん…グスッ!……っ…」

「………。」







言葉が出てこないみたいで、目を抑えながら彼女は一回だけ大きく頷いた。


よかった…。


どうやら僕の気持ちは、ちゃんとエマちゃんの心に届いたようだ。




「あり…がとう…。七音君っ…」

「うん!これで仲直りだね!」


一気に緊張の糸が解れたのか、前みたいに明るく笑いながら背伸びをする美空。


「あ〜もう!こんな堅苦しいの僕苦手!エマちゃん!仲直りのハグでもしっ…」

「…どうっ…して…?」

「えっ」


美空が抱きつこうとした瞬間、エマの口からポツリと言葉が漏れる。



「どう、して…私が捨てたはず…の詩っ…知ってた…の?」

「あぁ。そういえば内密にとか言ってたな…」


呟きながら、雨宮が自分に紙を渡してくれた事を伝えた。


「…ッ…雨宮…君…が…?」

『紙屑の山から抜き取ったんだって(笑)
ゴミ箱漁ってるミヤ君を想像すると面白いけど、やっぱり色々心配してくれてたんじゃないかな?』

「…ッ…//////」



その事実を伝えた瞬間、ふいにエマちゃんの顔に違和感を感じた。

…なんか、頬赤い?


「エマ…ちゃん…?」

「……っ!?…な、なんでもないっ…///」



え?

なんにも訊いてないのに、何?そのリアクションは。

ミヤ君の名前を出す度に、何故か彼女の表情が変わる。







…何故かはわからない。

わからないけど。

動揺する彼女の姿を見て、突然心臓の奥がチクチク痛み始めた。


仲直り出来た事は嬉しい。


嬉しいけど…






「…エマ…ちゃん…?」





名前を呼んだ僕の声は彼女には届かない。



今までに感じた事のないモヤモヤした感情が、新たに胸の中に芽生えた瞬間だった。





経験した事のない。





体の奥が微かに締め付けられるような妙な違和感…



夜の時間はゆっくりすぎていく。


美空がふいに空を見上げると、月が丁度雲に覆われる瞬間だった。


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