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……………
コンコンッ
「失礼…しま…す…」
土曜日のお昼過ぎ。
昼食を取り終って、5人が楽譜を眺めていた時間帯だった。
小さな声と共にドアの隙間からちょこっと覗いてきたのは、長らく姿を見ていなかった女の子の顔。
「あ!エマさん!」
「エマっち〜。久しぶり〜」
weather lifeの事務所にエマが帰ってきたのだ。
気まずい気持ちで部屋を覗いた彼女だが、いつも通り笑顔で出迎えてくれた日晴と雪之原に心が救われる。
部屋の奥には七音君と雨宮君、クラウディ君の姿も。
「よかったっすね!無事に帰って来てくれて!美空さん、なんて言って謝ったんすか?」
「そんな恥ずかしい事聞かなくていいじゃん!普通に『ごめん』って謝ったよ!」
「本当にぃ〜?『失って初めて君の大切さに気づいたんだ。お願い。僕達の所に戻って来て欲しい』とか言ったんじゃないのぉ??」
「言ってないし!!////なんなのお前?エスパーなの!?もう!早く音合わせ再開しよ!」
「うぃーす」
ケラケラ笑って雪之原君を叩いている七音君の姿が見えた。
よかった。
前のweather lifeに…前の明るい七音君に戻ったんだって、改めて実感する。
「エマ」
久々に自分のロッカーに荷物を入れていると、雨宮が彼女に近づいて話しかけてきた。
『体調は大丈夫か?』
「…ッ////」
あの時と同じ、オーカーのジャケットに黒のパンツ。
ふと、この場所で彼にされた事を思い出したらしい。
頬がピンクに染まる彼女は小さく一度だけ頷く。
『我々は今から隣の部屋で次曲の音合わせを行う。君は今日は無理しなくていい。好きな事をしていろ』
「でも…」
『構わない。何かあれば僕の所に来てくれ』
「見て…いたいです…みんな…を」
「……っ…」
視線を上げて恥ずかしそうに言った彼女に、雨宮は優しく笑みを浮かべる。
『そうか。わかった』
「それでですね!俺のノートを見てソイツ……ん?美空さん?」
日晴の話も、彼は途中から全く聞いていない様子だった。
彼の視線の先は部屋の隅にあるロッカー。
いや厳密に言うと、ロッカーの前で向かい合っている男女の姿だ。
…なんか。
ふたりの雰囲気が今までと違う気がする。
なんというかエマちゃんはそわそわしてるし、ミヤ君の表情も普段は見せない柔らかい顔つきっていうか。
あんな顔するミヤ君初めて見る。
男の前ではもちろん、学校や職場の女の子の前でもそんな顔は見た事がない。
なんとなく、面白くない。
ガチャン。
「あ、ちょっと!美空さん!?」
「ごめん、また後で聞かせて」
話相手だった日晴もほったらかして、彼女がいなくなった隙に僕は自然とミヤ君の方へ歩み寄った。
「ねぇ、ミヤ君」
「なんだ?」
「エマちゃんと何かあった?」
追求しようと、隣の部屋に移動しようとする彼に問いただすも
「あるわけないだろ。早く準備をしろ」
あっさりとはぐらかされてしまった。
本当に、そうなのだろうか?
この違和感を感じているのは僕だけ?
エマちゃんに謝りに行った時から感じていた、胸のモヤモヤも
まだ消えてない。
なんだっての…?
僕…なんかおかしい…
ぽんぽん
「…っ!」
後ろからリズム良く肩を叩かれ、振り返るとそこにはユキの姿があった。
「何?」と訊く暇もなく、彼は僕の耳元に口を近づける。
「チンタラしてたら取られちゃうよぉ」
「はぁ?」
「さぁ〜てと、ピアノのお稽古の時間だぁ〜」
あざとい笑顔を見せるユキ。
もちろん僕の返事なんて聞かず、フラフラとその場を立ち去ってしまった。
「取られちゃう」って…
一体…
確実に、僕達の友情の中でどれかの歯車が狂い出していた。
一部、また一部、綻びを修正しても
生まれてしまった新しい綻び。
この綻びがやがて大きく絡まりあって、僕達を狂わせていく事も
誰もまだ知らない。
fin
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