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……………
エマとクラウディがやってきたのは、いくつもの扉が並んだ廊下の最も奥。
雪之原専用の部屋。
weather lifeの中で個人の部屋が存在するのはリーダーの美空を除いて彼だけだ。
しかもこの部屋には本人以外誰も入った事がない。
扉に「立入禁止」と書かれた黄色のテープが何本も貼っているからだ。
仲間でも入室した者はおろか、中の様子さえ誰も見た事がない。
ふたりはドアの前で顔を見合わせた後に、クラウディの方が軽くノックをしてみた。
ガチャ
「あ、エマっちにクララじゃん〜。どうしたのぉ?」
開けた扉の隙間からひょっこり頭だけ出したこの部屋の主。
雪之原奏。
色白の王子様のような爽やかな顔で挨拶をするも、中の様子は真っ暗で何も見えない。
…なんだか…薬品のような匂いもする。
「あ…あのね……下に壷がっ……あるん…だけど…」
「へぇ?もしかしてそれが凄く高価で壊すと危ないから、僕にそれを教えに来てくれたのぉ?」
まだ何も言ってないのに正解をズバリ言い当てられた。
その言葉を聞いたクラウディはもちろん口がぽかんと開いている。
最初から知っていたのかと疑うが、これは全てこの男の憶測。
昔から人が知らない情報を全て知っていたり妙に勘が鋭かったり。
それもゾッとする程怖いくらいに。
この部屋の中でも一体何をしているのか、さっぱりわからない。
雨宮から「一番の危険人物は奏だ」と言われ続けているのも…少なくとも共感は出来る。
「あ。クララのその顔を見ると、もしかして当たってたぁ?」
「…クラウ…ディ君…?……どうし…たの?」
ガッシャーン!!!
「…ッ」
突然。
下の階から何かが割れるような、不吉な音が聞こえた。
「………。」
窓ガラスが割れた音かと信じたかったが、それにしては妙に重い音。
まさか…?
最悪の状況が頭に浮かんだクラウディの顔はみるみる青ざめ、雪之原もさすがに黙り込む。
「……?ふたり…とも?…どうし…わっ!」
耳の聞こえないエマだけは何もわからない。
そんな彼女を残して男ふたりは慌てて下の階へ走り出した。
「えっ…?まっ…待って!」
下の階で何か起きたらしい。
ふたりの背中を追いかけてエマも走り出す。
男達が真っ先に入ったのは
壷を置いていた部屋。
「あっ!!」
遅れて部屋の中へ駆け込んだ彼女は、目の前の光景に思わず声を漏らした。
壷が…
雨宮君から「絶対に触らないように」と言われた1000万円の壷が…!
バラバラに割れている!!
「あ〜あ。ヒーちゃんがコントロール下手だからぁ」
「元はと言えば、俺が打つ瞬間に美空さんが邪魔してきたんしょ?」
「で…あれ?ディにユキにエマちゃん。どしたの?そんな所に突っ立って」
愕然としている3人は顔面蒼白。
立ち尽くすエマは震える声で美空に問いかけた。
「なっ…おと…くっ…!その…壷っ…」
「え?この壷?なんかよくわかんないけど、最初からここに置いてあったよ」
「そのっ…壷……。理事ちょ…さんの…物ッ…で……雨宮君が……触る…な……て……」
「「え?」」
「…いっ…せんまん………するって…」
「「………。」」
部屋の中は恐ろしい程に静かになる。
聞き間違い?
聞き間違いだよね?
今…
このお嬢さん、なんて言った?
いっせ…?
なにそれ食べられ…
「「エエエエエ!!!!煤v」
次の瞬間には静かだった室内に、窓ガラスが揺れる程の大声が響き渡った。
さすがの容赦ない破壊のスペシャリスト達もこの事実には焦りを隠せない。
日晴は頭を抱えて膝を床につけ、美空は自らの携帯を打ち込んでそのままエマの肩を強く掴む。
『なんでもっと早く教えてくれなかったの!!?』
「だってっ…帰ってきた直後に……いきな…り…ゴルフ……始めると思ってなくて…」
『ゴルフじゃなくて「元気が有り余った室内ゲートボール大会」だよ!!』
「元気が有り余ってる時点で、それはもうゴルフでしょぉ」
冷めた雪之原のツッコミ。
日晴「とととと、とりあえず落ち着きましょう!
…ふぅ。
よし!皆であそこの滝から飛び降りるっす!」
美空「ヒーちゃんが一番落ち着いてよ!なに集団自殺に僕達を巻き込もうとしてんの!」
理事長の1000万円の壷を割ってしまったとの事実を知って、現場は言うまでもなく大パニック。
とりあえず状況を整理しなければと、詳しくエマとクラウディから情報を聞き出してみる。
この壷は理事長がオークションで勝ち取った高級な壷という事。
絶対に触らないようにと伝えて雨宮は外へ仕事に出かけた事。
そしてその間に、理事長が壷を取りにこの場所へやってくるという事。
まず一番に迫る危機は、壷を引き取りに来る理事長だ。
この無残に割れた壷を見れば怒り狂う姿は目に見えている。
下手をすれば我々全員の首が飛ぶ。
どうにかして上手く誤魔化さなければ…!
クラウディがとりあえず瞬間接着剤を取り出すが、見た目で割れ目がくっきり見えてしまう。
それに一瞬はくっ付いてもやはりすぐに崩れてしまい、接着作戦は上手くいかない。
日晴「どうしよう!モタモタしてると理事長来ちゃうっすよ!」
美空「よし!誰か壷の身代わりになって時間を稼いでくれ!」
日晴「その間に美空さんは!?」
美空「僕はっ…新しいのを回して作ってくる!」
ガシッ!
「逃げんのバレバレだよぉ。ナオ君〜」
雪之原に背中を掴まれ、美空の逃亡作戦はあえなく断念。
「どうし…ようっ…クラウ…ディ君…」
「……(汗)」
なんでもお任せあれのクラウディでさえ、この状況には困った顔をして首を傾げる。
もう全力で謝る以外、方法はないかと思われたが…
「そんなの簡単な事だよぉ♪」
これは神様の声…?
天から聞こえた救いの言葉に、全員がひとりの人物に目を向ける。
違う、今のは神様ではなく雪之原の声だ。
全く焦っていない様子の彼に、藁にもすがる思いで美空と日晴が近づく。
「ユキ!この危機どうすれば回避出来んの!?」
「皆が166万ずつ出し合って、これと同じ壷を買えばいいだけの話じゃん〜」
「無理言わないでくださいよ!そんな大金出せるわけないっしょ!つか、その計算だと雨宮さんも数に入ってるし」
「じゃぁ8割ジムさんに負担してもらえばぁ?」
「あ、なるほど!ってオイ!
いくらお人好しのジムさんでも、800万の負担を頼んで簡単に『オッケー☆』なんて言うわけないっしょ!?」
ダメだ。
コイツは根本的に一般人と脳の作りが違う。
一瞬でも信じようとした自分が馬鹿だったと後悔した。
コンコンコン!
そこで鳴り響いた扉を数回叩く音。
こちらにとっては不吉なその音に、美空と日晴の体が針で刺されたようにビクッと反応する。
「ヤッバ!理事長もう来たっす!どうしよ!」
「ディ!とりあえずこれをエマちゃんと一緒に片付けてて!」
「ッ…?」
「いいから急いで!!」
言われた通り割れた壷の欠片をかき集め、慌てて隣の音合わせ室へ隠れたクラウディとエマ。
ガチャン!
「おぉ、美空。元気だったか?」
「り…理事長!お疲れ様っす!!」
ドアを開けた途端、まるで日晴のような口調で挨拶をして深く頭を下げる美空。
この顎髭を生やしたダンディーが我らweather lifeの理事長、ライボルトさんだ。
背が高くいつもブラウンのスーツを着こなした、ダンディズムな中年上司。
よく僕達の世話を焼いてくれる素敵なお方だが…今回は我々の敵だ。
「久しぶりだなぁ。それより雨宮はいるか?奴に私の壷を貰ってくるように言っていたんだが」
「敵だ」なんて思われているなど露知らず。
よほど楽しみにしていたのか、余談もなく早速話題を切り出してきた理事長。
言葉を聞いて笑顔のまま固まる美空を、日晴と雪之原は横から黙って見ている。
「ミヤ君は……あぁと…まだ……帰ってきてませんっす」
「そうなのか。道でも込んでいるのか。仕方ない、それでは戻るまでここで待つとしよう」
戻るまで待つ!?
と…とんでもない執念のオッサンだ!
許可なく部屋に入ろうとする理事長を、美空は慌てて止める。
「ま、待って!えっと…あ!忘れてた!彼からさっき病院に行くと連絡があったので、一時は帰って来ないんじゃないかと…思うっす」
「病院?雨宮の奴、体調でも悪いのか?」
「えぇ…なんか…目の調子があんまり良くないみたいで」
美空の報告に、特に疑う様子もなく理事長は自慢の顎髭をさする。
「そうか。それは心配だな。それじゃ、また時間を置いて来るから。雨宮にはあまり無理しないよう伝えておいてくれ」
「了解でぇす…」
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