30分後。








コンコン!


まただ。

扉の叩く音。




ガチャン。




「美空。雨宮はまだ戻ってないのか?」

「は…はい…ライボルトさん。治療に時間がかかってるみたいで…」


今日に入って何度目だろうか。

可愛い子ちゃんならまだしも、この見たくもないヒゲヅラを拝むのは。

だんだん髭だけ見てると別の生き物に見えてきた。


「本部から診断書を預かってきた。
これを本人が書いて証明が貰えれば、一週間の休暇を取る事が可能だ」

「えっ」


オッサンが胸ポケットから取り出したのは、一枚のブランクになっている診断書。

なかなか帰ってこない雨宮の状態が予想以上に深刻になっていると理事長は判断したようだ。

わざわざこんな紙切れ一枚を本部まで取りに帰ったらしい。



や…

でもちょっと待って。

その優しさは凄く嬉しいけど!

でも全部嘘だから!

ごめんなさい、ミヤ君が眼鏡症候群なのはある意味本当だけど全然元気だから!

おじいちゃんは元気に歩いて年寄り憩いの場、病院に行ってるから!



「だっ…大丈夫ですよ!きっとすぐに良くなります!」

「お前達に何かあれば、我々だけではなくファンだって大いに傷つく。最近、アイツも仕事続きで疲れているようだったしな。
ゆっくり休暇を取らせ、元気になればまた活動をしてもらおうと考えたんだ。

強がるな。これは理事長命令だ」

「……ッ…」



彼の意外な言葉に返事を忘れる美空。


「それでは、私は少しだけここで待たせてもらうぞ」

「え?ミヤ君が帰ってくるまでここにいるつもりですか!?」

「本人の署名が必要だしな。会って体調の方も見たいし、もうそろそろ帰ってきてもいい時間だろう」

「ダ、ダメです!煤v

「は?どうしてだ?」



そんな…!

気持ちは十分ありがたいが、ここで待つなんてとんでもない!

彼と雨宮が会ってしまったら、既にここへ壷は届けられている事実と、その壷がもうこの世に存在しない事実が同時に発覚してしまう!


マズい!

もう一度だけ…!

この問題の抜け道を探し出すまで!

なんとか理事長をこの場所から追い出さなければ…!



「…あ……の……!」

「美空?」

「ミヤ君はっ…」

「…?」

「ミ…ミヤ君、右目緑内障、左目白内障で両目眼帯なんです!!」



「はぁ!?なんだその顔は!ほとんどギャグだろ!」



頭の中で整理がつかず、とんでもない雨宮の現在の状態が口から飛び出す。


確かに、なんなんだソレは!

なんで右目と左目で別々の病気にかかってんだよ!


脳内で自分へのノリツッコミを行ってしまった。

しかしそれは紛れもなく自分の口から出てきた言葉。


僕が聞いたら「嘘ついてんじゃねーよ!」ってなるけど、ゴリ押しでもこの嘘を突き通すしか今は方法がない!




「きっと本人は書ける状態じゃないから、今回だけは僕達が責任を持ってこの診断書を書きます!」

「はぁ?」

「さっ!理事長!ミヤ君が帰ってきたら僕がすぐに電話しますから!とりあえず今は帰りましょう!!」


怪しがる理事長の手から診断書を奪い取って背中を押して…

先程の雨宮とほとんど同じように、彼もほぼ強制的に外へ放り出した。





ガチャン!





雪之原「随分大胆だねぇ。自分の上司にぃ」

美空「もうっ…もう無理。これ以上引き延ばせない…」





ガチャン!!




雨宮「七音!やっぱり何も出来てないだろうが!電車代と診察代を払え!」

美空「うっせーよ!!なんなんだよ次から次に!この眼鏡野郎!!」

雨宮「お前が大学病院に行けと言ったんだろうが!!」


立て続けに帰宅した雨宮に、ついに逆ギレする美空。

胸ぐらを掴み合う男ふたりを、近くにいた日晴が慌てて間に入って引き離す。


「ストップー!もう!ケンカはやめてくださいっす!」

「響介、一体どういうつもりなんだ。今すぐ説明しろ!」

「まぁまぁ。発疹治ってよかったじゃないっすか」

「発疹など初めから出来とらん(怒)」

「こっちもまぁ色々大変だったんすよ。
雨宮さんもわざわざ律儀に隣町まで行って疲れたっしょ?隣の部屋のベッドで少し休んだらどうっすか?」

「…………。」


気持ちを落ち着かせようとする日晴の顔を雨宮は横目で睨む。


「ったく…」


よほど怒っているのか、理事長の壷の事などすっかり忘れているようだ。

日晴の手を振り払い、素直に彼は隣の部屋へと向かった。




ガチャン。



その扉が閉まった瞬間、男全員は本日何回目かもわからない大きなため息をつく。



「あ…ありがとう、ヒーちゃん。僕ったらつい…」

「仕方ないっすよ。とにかく今は、これからどうするか考えましょ」


そうだ。

反省なら事が終わってから何時間でも出来る。

今はこの緊急事態をどう回避するかの方法を考える方がよっぽど重要だ。


「んんぅ…」



しかし、ある程度の提案も出尽くした。

ほとんどの手段が無理だとわかり、頼みの綱のクラウディ様もアイディアがないのか目を閉じて黙り込んでしまっている。

残っている唯一の道は…











ジム『オーケー☆可愛いお前達の借金は俺の借金だ!8割俺が負担するぜ!』






ない…。


絶対、無理だ。










「あそうだ、いい事思いついたぁ♪」







!!!!!!




え、誰だ!?


またもや天の声が空から聞こえ、その方向にそれぞれの目線が一斉に向かう。


今の神のような声は…!




「なんだ。またユキか…」

「なんだって、失礼〜」

「だって雪之原さんの考えてる事、大抵信用ならないんすもん」



神の声かと思った正体は日晴曰わく「信用ならない」でお馴染みの雪之原だ。

不評の言葉を浴びせられる彼だが、しかし今は誰もアイディアが湧いていない。

何も聞かないよりはマシかと、彼に意見を求めてみる事にした。



「壷が割れちゃったの、不慮の事故のせいにしちゃえばいいんだよぉ」

「「不慮の事故?」」

「つまり〜。

理事長はリツ君が壷を持ってると思い込んでいるでしょぉ。

でもリツ君は急な病により目が見えなくなっている。

リツ君の目が見えなくなって、別の何者かに壷を割られてしまった。

目の見えないリツ君も責められないし、この世には存在しない架空の人物に罪が被せられる。

理事長だって1000万の壷が買えるくらいだもん。
少しくらい誰かの恨みを買っててもおかしくないって自分でも思うんじゃない?

そうすれば、誰も攻められず誰も悪者にならず、この壷の事件は闇に葬られるってわけだよぉ」



普段は何事も他人目線で、ウサギ以外は全く興味のなさそうな雪之原。

そんな彼の口からペラペラと長い作戦が説明され、男3人は呆然となっている。


日晴「な…なるほど…確かにそれはイケるかもしれないっすね」

美空「凄い!見直したよ、ユキ!だとしたら、とにかく作戦実行だ!まず何をすればいい!?」


雪之原は得意気にニッと笑う。


「エマっちとクララはさっきの割れた壷の欠片をかき集めて、いかにも病院から持って帰ってきました風に袋に詰めてぇ。
手ぇ切らないようにねぇ。僕達はこっちだよぉ」


すぐに手招きをされ、日晴と美空はひとつの部屋に連れて行かれる。




カチャ…



静かに扉を開けると、そこはベッドのある休憩室。

横たわる雨宮の姿がある場所だ。

足音を立てないように3人は彼に近づいてみる。


「スー…スー…」


微かだが寝息も聞こえる。

さっきまでプンスカ怒っていたくせに、ベッドに入ってすぐに眠りについたらしい。

意外と彼はこのグループの中でも最も睡眠時間が長く、かつ結構どこでも眠れる体質。

疲れている上にふかふかのベッドに寝転んだのだから、すぐに睡魔に襲われたのだろう。


眼鏡を外した顔は間違いなく寝ている。

美空は小声で雪之原に問いかけてみた。


「で?何すんの?」

「決まってるじゃん。リツ君をいかにも『今、病院から運ばれてきました』姿にするのぉ」


彼が説明しながら取り出したのは、ふたつの眼帯。


「クララから借りてきたよぉ(なんでこんな物持ってるのか知らないけど)。これをリツ君に付けるから手伝ってぇ」

「起きないっすかね?」

「起きてしまったら視界が回復する前に、君が眼鏡を窓からぶん投げればいいよぉ」


慎重に雨宮の顔に手を伸ばす3人。


ゴソッ…ゴソッ…


眠りの深い彼は顔をいじられても目を覚ます気配がない。

その間に手早く作業を行い…


「出来たぁ」

「フハハハッ!雨宮さん、すっげ馬鹿っぽい!」

「超ウケるんですけど!写メっとこ」


両目に眼帯を装着された彼の顔は、宇宙人のようでギャグそのもの。

日晴にクスクスと笑われ、美空が無音カメラで写真を撮っている。

きっとこんな事をされたと知ったら、僕達明日から全員1日10時間は説教を喰らうに違いない。


「完成だねぇ。誰がどう見ても病院から運ばれてきた失明患者だよぉ」



コンコン!



あ!

思った以上に理事長が早く戻ってきたようだ。

そこでずっと彼の相手をしていた美空に代わり、次は日晴が立ち上がった。


「理事長もう来たっすよ!次は俺が出迎えるから、ふたりはここで準備しててください」

「はぁい」

「よろしく、ヒーちゃん!」




ガチャン!



日晴が部屋から出て行き、あとは理事長が来るのを待つのみだ。

そこで雪之原が突然ベッドの下から何かを取り出した。


「ん?ユキ、何それ?」

「ケチャップだよぉ」

「いや、それは見ればわかるけどさ。え?まさか飲むの?」

「そんな病気になりそうな摂取法をするわけないでしょぉ。これは最後の仕上げだよぉ」

「最後の仕上げ?」

「そぉ。ここが一番大事だからねぇ。ナオ君やるぅ?」

「……?」


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