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このビルの名前は第1イーストサイドビル。
多くのドラマ、バラエティー番組や音楽番組の撮影、生放送を行う、世に言う「テレビ局」ってやつだ。
今日も多くのメディア関係者やテレビで有名な芸能人が集い、盛んに番組が作られている。
人生で一度でもいいから足を踏み入れてみたい場所と口を揃える人も多い、まさに現実とはかけ離れた夢の世界。
そんなビルのひとつのスタジオ。
いつもの6人は、こそこそとその夢の空間を柱の陰から覗いていた。
「わぁ!見てみろ!ツリオビの撮影があってるぞ!」
「あぁ、そうですね」
「『あぁ、そうですね』って…何?リッキー、もっと喜べよ!この番組、お前昼間によく観てるだろ!?生のスタジオだぞ!」
「そりゃ喜びますけど。俺、この番組たまに出てますもん。ゲストに呼ばれて」
「え、マジで!?」
「アナウンサーとも友達です」
「え、マジで!?うそ…俺なんて一回も呼ばれた事ないのに…」
陰から覗くジムとリッキーの会話に「そりゃ視聴者の需要が違うだろ」とナイジェルが冷たく突っ込む。
「ビッキーちゃん、お待たせ――ッ!!」
そんな中。
どこからともなく聞こえてきた大声に全員の首が回る。
ドドドドドと、激しい効果音。
それと共にイノシシのようなスピードで突進してきた男は…
ガッ!
「撮影中だ。静かにしろ」
ビッキーに抱きつく直前で、眼鏡の男により激突は回避された。
美空七音と雨宮律。
このビル内でも異彩を放つふたりは、人気バンドグループ「weather life」の主要メンバーだ。
「相変わらず元気だなぁ、お前」
「だってまさかビッキーちゃんとテレビ共演が出来るなんて思ってもなかったもん!」
「『ビッキーちゃんと』って失礼な!俺達も一緒だろ!」
「視聴者が欲しがってるのは、ビッキーちゃんと僕のラブラブツーショットだよ!あとはオマケみたいなものじゃない?」
「おまっ…(怒)」
わなわなと黒い闇の効果音がジムの背後に流れる。
その後、ボビーが会話に無理やり入ってきたりビッキーはビッキーでリッキーとの共演を喜んでいたり。
結局騒がしくなってしまって、全員が雨宮からスタジオの外に出されてしまった。
ところで、どうして普段泥まみれでバイクを乗り回している俺達がこんな場所にいるかと言うと…
なんとweather lifeがMCを務めるトーク番組に、我々ウィンディランがゲストとして招待されたのだ。
プライベートでも仲が良い事から実現した歌手とスポーツマンの夢のテレビ共演に、それぞれのファンはきっと楽しみにしているに違いない。
控え室に向かうため歩いていた廊下の途中。
サラは腕時計を確認して美空に問いかけた。
「七音。撮影は何時からなの?」
「う〜ん…あと2時間後くらいかな?ま、それまでは気長にゲームでもしてようよ!」
「なんで私がアンタとゲームしなきゃいけないのよ」
このふたりは幼い頃からの顔見知りらしく、腹を割って話せる程の仲。
実際我々が出会ったのも、彼らに繋がりがあった事がキッカケだ。
そのためかこの女好きで有名な美空も、不思議とサラだけは口説こうとしない。
素性を知りすぎて、ほとんど「女性」として見ていないようだ。
「ビッキーちゃんは僕とスタジオデートでもしよっか!」
「いいね!私もこのビル内、探検してみたかっ………んっ?」
すると向こうからこちら側へ歩いてくる集団がたまたま視界に入った。
見覚えのあるシルエットにビッキーは思わず目を細める。
あれは…
あのシルエットはまさかっ…!
「アッ―――――!!!ビッキーちゃんだ!本物のビッキーちゃんがいるぅう!!」
「キャ―――――ッ!!!アレックス!本物のアレックスがいるぅう!!」
突然奇声を上げた男と女に驚いて、サラは眉をひそめ雨宮は眼鏡がズレる。
なんだ、あのガタイの良い男は?とジムが思っていると、
ソイツは突然猛スピードで走り出し、なんとビッキーに抱き付いてきたのだ。
「なっ!?何やってんの!おまっ…」
「マジでビッキーちゃんだ!俺、超ファンなんだよね!マジ感動!」
「本当に!?きゃー嬉しい!!こんな所でドロップスに会えるなんて!」
若い連中が騒いでいる後ろで、ぽかんとしている年長者ナイジェルが隣に立っていたリッキーに問いかける。
「オイ。また新しいのが出てきたな。誰だ、コイツら」
「知らないんですか、ナイジェル!バンドグループの『ドロップス』ですよ!
若い女性を中心に爆発的に売れている歌手なんです。俺もこんな間近では初めて見ました!」
「はぁ…次から次と。ワケわかんねぇ」
激しく人が入れ替わる芸能界の波に、おじいちゃんは既に置いてけぼり。
向こう側へタバコの煙を吐き出す姿を見る限り、興味はなさそうだ。
「アレックス!思った以上に筋肉質だね!素敵!」
「でしょ!?毎日鍛えてっからね!」
ハグが終わっても、ビッキーは彼の腕の筋肉を触ってみたり何度も奇声を上げたり興奮状態が続く。
「良かったですね、アレックス。彼女はいつかはモノにしたい女性のひとりだと前々から言ってましたから」
「モノにしたいとは一言も言ってねぇから!単純にファンなの、俺は!」
アレックスの後ろにいるのがメンバーのひとり、銀髪を束ねたベル・ラストと
「ははは。俺もまさかこんな所でウィンディランに会えるなんて感動だなぁ」
可愛いという言葉が似合う端正な顔立ちの青年が、リーダーのカイン・コースター。
女性に人気があるとの言葉通り、甘いマスクが特徴の爽やかなイケメンだ。
派手でピアスが大量に開いているビッキーに抱き付いたこの男は、アレックス・スコルフ。
体のあらゆる場所に何個あるんだって程たくさんあるタトゥー。
しかも柄の悪い生き物やデザインばかり。
人気があるやらなんやらは知らないけど、なんとなく気に食わないのは、もちろん保護者兼恋人のジムだ。
まぁ。
これはいつものちっちゃい嫉妬心なんだろうけど。
「あ!美空先輩達もいたんですか。こんにちは♪」
「あぁ」
美空と雨宮の存在にも気づき、ニコッと笑顔を見せたのはリーダーのカイン。
それに合わせてふたりも「お久しぶりです」と軽く頭を下げる。
「わぁ!テレビで見る通り、カイン君は礼儀正しいね!」
「そりゃもちろん。尊敬するバンド界の先輩ですから」
興奮しているビッキーをよそに、ふとサラが目をやると
「………。」
「………。」
こちら側は、ふたりともどことなく表情が暗くなっていた。
向こうの人気に勢いが付いている嫉妬なのかと最初は思ったけど。
そんな空気じゃなくて元気がないというか…顔色が悪いというか…
しかも七音だけならともかく、あの雨宮君までも青白い顔をしている。
「明日、歌番組で共演するんですよ!一緒に頑張りましょうね!」
「えぇ…そうですね」
返事を返す雨宮にサラはますます違和感を感じる。
七音も七音で、軽く会釈をする程度で言葉は返さない。
weather lifeとドロップスの間で何かあったんだろうか。
「それじゃ!ビッキーちゃん!今度は俺らとも共演してねぇ〜!」
「うん、するする!またね!アレックス!カイン君とベルさんも!」
「では、失礼します」
最後にカインが丁寧に頭を下げる。
今、芸能界で最も忙しいと言われてもおかしくない3人だ。
すぐにまた次の仕事があるのだろう。
自分達の前から去っていく姿に「芸能界の品格」を感じた。
リッキー「さすがテレビ局ですね。あのドロップスとこんな間近で会えるなんて」
美空「最近ちょっと僕達より売れてるからって調子に乗ってるんだよね」
雨宮「そういう言い方はやめろ」
やはり。
会話から察するに、七音は自分達より売れている彼らの存在が気に食わないらしい。
去り際に美空の顔を見て、誰にもわからぬよう口の端を吊り上げるカイン。
腹の中で何を考えているかなんて、weather lifeのメンバーにしかわからない。
いけ好かない奴らだ。
美空「生意気」
ナイジェル「それはお前が言えた事じゃねーだろ」
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