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……………
某月の月曜日。
予定していたローラの帰国の日だ。
テレビでは雨だと天気予報士が言ってたけど、その予想はわずかに外れて灰色の曇り空。
着陸した飛行機から無事に降りた彼女は、腕時計で時間を確認する。
3時半。天気の影響も受けずにほぼ予定通り。
自分が来るまで空港から出るなと言われたけど、実際本当に来てくれるのか半信半疑だった。
あのバレルさんがわざわざ迎えに来てくれるなんて前代未聞。
しかも自分の家ではなく、自宅から遠いホテルまで送るためだけに。
私の事が嫌いになったのかと聞いた当初はショックを受けたけど、ここまでしてくれるって事は…そうじゃないんだと信じたい。
まぁ…バレルさんの家に行けない時点で悲しい事に変わりないんだけど。
受取所で荷物を受け取り、とりあえず空港内を歩きまわってみた。
いないなぁ、バレルさん。
本当に来てくれるのか若干心配。
でも空港を出るなと言われてるのに外に出ちゃうのもな。
一度電話してみようかな…
「オイ」
「………」
「…オイ」
「わっ!」
売店の前。
後ろから低い声で話しかけられ、ビックリした顔で携帯を握ったまま振り返ってしまった。
探していたバレルさんだ。
「なんだ、その顔は…。来るっつっただろーが」
「あ…いえ。ほ、本当に来てくれたんですね」
「付いて来い」
私の反応なんかどうでもいいとばかりに、背中を向けてバレルさんは歩き出した。
親切に来てくれた事実に違和感を感じつつ、私も急いで後を追いかける。
トランクを宅急便で送るよう指示された後に、彼が外へ出て向かったのは駐車場だ。
そこに停まっていた大型バイクに近づく。
「バイクで来たんですか?」
「悪いか?」
「いえ、悪くはないですけど…」
「いーから被れ」
「ッ!」
気を抜いた瞬間にズボンッ!と無理やり大きなヘルメットを被せられる。
何これ、重くて頭がグラグラするっ!
バイクのヘルメットってこんなに重いの?
あれ…
「…………。」
私のヘルメットの顎紐を締めるバレルさんの様子はやっぱりなんだか普段と違う。
キョロキョロと周りを気にしているような…そんな印象だ。
私のバッグをバイクの後ろに詰め、彼もすぐに自分のヘルメットを被る。
グローブをはめてその大きなマシンに跨った姿は「様になっている」というか…乗り慣れた感じ。
とても似合っていて見惚れてしまいそう。
「なに突っ立ってんだ。早く乗れ」
「えっ…」
これって、後ろに乗れって事?
まぁ…そうだよね。ヘルメットまで被せられてバスに乗るなんて恥ずかしいし。
バレルさんに促されるがまま。
頭が重くてバランスが取りにくい頼りない足取りで後ろに跨ってみる。
今日がスカートじゃなくてよかったけど…
バイクなんて乗った事がないから、要領が全然わからない。
お兄ちゃんに一度乗せてもらうべきだった。
「ちゃんと掴まれ。振り落とされてーのか」
「…ッ////」
私の両腕を引っ張り、自分の腰に強く巻きつけるように誘導される。
背中にべったりとくっつく体勢。
ど…どうしよう////
こんなに密着するの初めてで緊張する…
ブルルルルル!!!!
ヘルメットを付けていても大きいと感じるエンジン音。
マシンがエネルギーを溜め、その振動で体が小刻みに揺れる。
「わぁッ!」
バイクは走り出し、徐々にスピードを上げて…
道路に出た時には、体に強い風を感じる程に。
車に乗っているだけじゃ体感出来ない、まさに走っている感覚。
「ぐっ…!」
生身の体に伝わる衝撃やスピードに、バレルさんの体に必死にしがみついた。
確かにこんなの、軽い気持ちで乗ってたら簡単に振り落されちゃう!
バイクで走る事10分。
ジェットコースターに近いスリルを体中に浴びて、ようやく彼女が宿泊するホテルへ辿り着いた。
「ふ…ぁ……ありがとうございます…」
乗っていた時間は短かったものの、足元はますますフラついていた。
私が運転していたわけじゃないのに。
バレルさんにヘルメットを外してもらい、ようやく頭の重みからも解放される。
男の人ならともかく、これは正直女性には結構大変。
サラさんやビッキーさんはこれを職業にしてるとは…なんてパワフルなんだろう。
預かってもらっていたバッグを受け取る。
呼吸を整えて大分頭のスッキリしてきたローラは、改めてバレルにお礼の気持ちを伝えた。
「送ってもらってありがとうございました、バレルさん」
「別にいい。それよりも今後俺の家には絶対に来んな」
「…っ。は…はい」
再び念入りに訪問を拒否されてしまった。
そこまで何度も言われると切ないけど、彼の真剣な顔を見たら断れない。
今は家に入られたくない事情があるんだと信じたい。
そう思っていた矢先。
彼は更に思いがけない事を口にした。
「それから、仕事以外の外出は出来るだけ控えろ」
「え?」
な…なにそれ?
外出を控えろ?
家に入られたくないだけじゃないんですか…?
そんなの聞いてない…
「バレルさんっ…あの…」
「あ?」
「何か…あったんじゃないですか?」
ヘルメットを被ろうとしている所を勇気を振り絞って訊いてみた。
だってこんなバレルさんの姿、初めてだもの。
よく見るとまた絆創膏の数が増えている。
何もなかったはずがない。
だけど…
「…何もねぇ」
目を逸らされ
ヘルメットを被りながら彼は小さく答えた。
本当に?
嘘を言っているんじゃないですか?
バレルさん。
問い詰めたかったけど、そこまで彼に迫れる勇気は今の私にはなかった。
「帰んのはいつだ?」
「えっと…今月の最終日です」
「わかった。向こうに帰る時はまた電話しろ」
ヘルメットを被っているから、こもったように聞こえる声。
鍵を回し、再びバイクのエンジンがかけられた。
「あっ…最後にバレルさん、待ってください!」
「………。」
何かを思い出したのか、持っていたピンクのバッグに慌てて手を入れるローラ。
その手から引き抜かれたのはお菓子の袋だ。
黄色のリボンで留められた、中身はチョコレートクッキー。
「お土産です」
「いらん」
「いいから貰ってください!」
ここは無理やりバイクの後ろを開けて、その袋を入れる。
せめてこれだけでも。
せっかく貴方を思って買った物なんだから。
「………。」
「大丈夫です。お家には行きませんから。事故しないように帰ってください」
「チッ」
ブオオオオオ!
エンジンをふかし、最後にされたのはいつもの冷たい舌打ち。
これが彼の照れ隠しなんだって、今ならわかりますよ。
じゃぁなも言わずに、音を立てて走り出した彼を乗せたバイク。
その背中を目で追い、そして無意識にため息が漏れた。
街の角を曲がってしまうと、もうその姿は見えない。
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