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……………
朝陽に映える広大な海。
その海を沿うように走る長い列車。
老夫婦や家族連れが乗車している中、6人の男女もこの列車に乗り合わせていた。
「ローラさんには教えたの?バレルの事」
景色が見える窓際の席。
隣に座っていたサラに問いかけられ、ジムは難しい顔で返事をする。
「あぁ、一通りな。でも詳しい内容までは教えなかった。
最近怪我をしてる事なんかはローラも度々会っているから俺達より知ってるだろうし、
それにバレルが何かの事件に巻き込まれているかもしれない事…アイツも薄々気づいてると思うんだ」
「彼の弁当や持ち物が裏で発見された事は?」
「それはさすがに伝えられなかった」
「そう。それはそうね」
列車に揺られ、海が中心だった外の景色が街の姿へと徐々に変わっていく。
一度は見た事のあるこの光景。
ウィンディランの6人でここを通るのは、あの「見合い事件」の時以来だ。
目的地に到着した所で列車を降り、十数分歩くとその建物は見えてきた。
大企業ヒルカンパニーに隣接している豪邸。
サラの実家だ。
彼女の父親は代々引き継がれてきた大きな会社の社長。
秘書やお手伝いさんが当たり前のようにいる誰もが羨む大金持ちの家系だ。
以前彼らがここを訪れたのは、サラとロビン・ジャックマンとの見合いが行われた日。
その際は、銃が絡む騒ぎが勃発したりと大変な目に遭った。
まぁ、それもあって彼女の縁談は破談となり、離れ離れにならず今でもこうやって一緒に生活が出来ている。
今となってはひとつの思い出話か。
そして今回ここを再び訪れたのは、遊びに来たわけでもサラの見合い話が再び持ち上がったわけでもない。
ある人に協力を依頼するためだ。
ひとり娘が「ただいま」と扉を開け、他のメンバーも「お邪魔します」とその建物の中へ入る。
ビッキー「相変わらず大きい家だね」
ボビー「ビッキーちゃん。僕達が式を挙げる時はここでしようか?」
サラ「人の家で勝手にやめて」
「…いらっしゃい」
扉からが出迎えてくれた、ゆっくりと落ち着いた話し方が特徴の金髪の男性。
サラの兄、ジョン・ヒルだ。
仕事の途中に無理を言って抜けてきてもらった事から、今日は普段着ではなくスーツを着こなしている。
彼に大広間へ案内されると、彼女の父親も椅子に座って6人が到着するのを待っていたようだ。
「おぉ、いらっしゃい!久しぶりだねぇ」
「お久しぶりです」
リーダーであるジムが頭を下げ、他のメンバーも続けてお辞儀をする。
「ほら、お菓子やケーキを用意したよ。遠慮なく座りたまえ」
以前も利用させてもらった長テーブル。
それぞれの席に紅茶、そしてケーキやクッキーなどが並べられている。
「お、美味そう」
「わーい!頂きますー!」
「お父さん。別にこんなよかったのに」
「いいんだ。彼らには以前世話になったからなぁ。さぁ、お前も座れ」
全員が椅子に腰掛け、用意されたお菓子に手をつけ始める。
ジョンも父親の隣に座り、そして一度咳をして本題を切り出した。
「それで…。今回、僕達にお願いしたい事がある…とは何でしょうか…?」
「あ、はい。実はジョンさん達に調べて欲しい事がありまして」
「…調べて欲しい事?」
薔薇のデザインが施されているティーカップで上品に紅茶を啜り、ジョンはジムに目を向ける。
「はい。実は我々の友人であるバレルが、何か悪い集団と絡んでいる気配がありまして」
「バレ…ル…さん」
一瞬あの強面の顔を思い出してジョンの言葉が詰まるが、そんな事などお構いなしにジムは話を続ける。
「はい。その何者かに追われ、日々ケンカをしているのか怪我も増えてきていて」
「バレルさんが元々何らかの組織に所属していて…何か理由があって追われているのでは…?」
「それは違います」
その質問に真っ先に答えたのは、ジムの2つ隣に座っていたリッキーだ。
「彼は外見こそ良い印象に見られる事は少ないですが、ヤクザのような組織には絶対入る人ではありません。
バレルはあの外見から日々悪い人達にケンカをふっかけられていて、それでも凄く強くて負け知らずなんです。
それが原因で誰かに目を付けられたんじゃないかと俺は思っています」
「………。」
リッキーの話をジョンが黙って聞いていると、隣の父親が口を開く。
「それでそのお友達を助けるため、彼が追われている人物を私達に調べて欲しいと…」
「はい。やっぱり俺達の力だと、どうしても限界があって」
「本人には話を聞いたのかい?
私達なんかより警察に頼む方がずっと早いと思うのだが、その辺何か理由があると?」
その言葉にジムは俯く。
まぁ、そう思われても仕方がない。
「バレル本人には、結局聞いても何も答えてくれませんでした。
我々も最初自分達ではどうしようもないと判断し、警察にも一度相談をしました。
たださっきの話の通り、バレルは元々街の不良達と頻繁にケンカを繰り返し、警察からも目を付けられている存在でした。
結局相談をした所で『不良グループの内部事情』としか捉えてもらえず、まともに請け負ってもらえませんでした」
「ふむ…」
「警察の協力も得られず、でも我々はどうしてもこのままバレルを見捨てる事は出来なくて。
警察の他で事情を探れそうな大きな力を持つ人達がいないかを考えた所…」
「僕達、ヒルカンパニーの存在を思い出したのですね」
「はい」
その言葉に娘のサラも身を乗り出す。
「お父さん、お兄ちゃんごめんなさい。私が最初に提案したの。この会社なら大きな財力を持ってるから、何か探ってくれないかと思って」
「いいんだ、サラ。話は十分にわかった」
父親は頷き、娘に再び座るよう指示をする。
全員が食事を止め、室内に重い空気が漂っていた。
「ジョン。あの話とは…関係あると思うか?」
「…どうでしょうか」
突然ひそひそと親子は小さな声で確認を取り合っており、ジムはすかさずそれを問いただす。
「何かご存知なんですか?」
「いえ。バレルさんと絡んでいる輩と関係があるかは定かではないのですが、最近各地で妙な事件が起きていると噂で耳にしまして」
「妙な事件?」
ジョンは会話の途中で再び紅茶を啜る。
「はい。実は今…人が次々と姿を消す事件が多発しています」
「えっ…そんなニュース聞いた事ないですけど」
「実はそれに大きな裏の組織が絡んでいる可能性があり、変に情報が漏れないよう、あえてメディアが報道を控えているらしいんです」
「……っ…」
人が姿を消す事件。
テレビでもラジオでも全く耳にしない程規制されているという事は、よほどの組織なのか。
「その組織が人々を誘拐してるって事ですか?」
「その可能性は…高いです。それに奴らは誰彼構わず人を攫っているわけではなさそうで…」
「どういう事ですか?」
「姿を消しているのは才能溢れる作詞家や有望な音楽家など。またはそれに携わっている人達ばかりです」
「っ…?」
それぞれはジョンの言葉に目を丸くする。
「音楽家…?」
「はい。…ですからバレルさんに接点があるかと訊かれると、その可能性は低いと思いますが…。リッキーさん、彼に音楽経験は?」
「いや…多分ないと思います。歌は上手でしたけど」
ナイジェル「え。マジで?アイツ歌うの?」
リッキー「昔ですよ。今はわかりません」
「だとすると…やはりその件とバレルさんは無関係である可能性が高いですが、
その組織は今最も勢力のある裏社会のボス的存在に当たるとも言われています。一概に何も関係がないとは言い難いでしょう」
あの普段はフワフワしたイメージのサラの兄貴が、今日はなんだか顔つきが違う。
頼りになる大人の顔だ。
「バレルさんの件については我々も出来る限り協力します。
恐らく多少は、内密に調べる事がこちらでも可能なはずですから」
「本当ですか!?」
「あぁ。私達も娘を救ってもらった借りがあります。期待している情報が提供出来るかはわかりませんが、どこで誰が繋がっているかわかりません。
何かわかればすぐに皆さんへ連絡をしましょう」
「あ、ありがとうございます!」
サラの父親の言葉に立ち上がって丁寧に頭を下げるジム。
他のメンバーにもようやく笑顔が戻ってきた。
俺達の知らない場所に潜む裏の社会。
そんなものが本当に実在するとは、のんびりと平和ボケした生活を送っている俺達には想像も出来なかった。
バレルに繋がりがない事を信じたいが、もう我々でやれる事はやったし
もしもこんな大きな事件に関わっていたとなると、俺達だけで調べられるはずがない。
今はこのヒルカンパニーの力に頼るしかなさそうだ。
その後、ケーキを食べながら談笑し、そして彼らが再び業務に戻る時間に6人も席を立った。
「ジョンさん。スコットさん。是非この件、よろしくお願いします。俺達も出来る限りバレルの事情が知れるよう努力しますから」
「うむ。お友達を無事救えるといいね」
「また…よかったら皆で遊びに来てください。…お待ちしてます」
顎をさする父親と、話し方がのんびりペースに戻ったこの親子は
やはりどことなく雰囲気が似ている。
「お世話になりました」
「また僕が会いに来てやろう!」
「何様だ、お前」
それぞれが扉から出て、最後にサラが部屋から出ようとした瞬間。
「ところでサラ」
「…何?お父さん」
「未来の旦那様はどっちにするか決めたのか?」
後ろからこっそり父親が話しかけてきて、ピクッと娘の動きが止まる。
「はぁ?何言い出すの、こんな時に」
「リッキー君はこの会社を引き継げる程の頭の良さと器量があるが、ナイジェル君も男らしくて頼りがいのある良い男だしな〜。パパはお前がどっちを連れて来ても喜んで歓迎するぞ」
「ふざけないで頂戴。私、もう行くから」
「お前をあの時、無理に結婚させなくて本当に良かった」
「………ッ…」
初めて聞く、あの厳しかった父親の柔らかい言葉。
会社の事しか頭になかった頃には考えられない台詞。
ノブに手をかけ、彼女は背を向けたまま。
見える背中だけでは、今どんな表情をしているかはわからない。
「また帰って来たかったら、いつでも帰って来なさい」
「……………。」
「えぇ」
ガチャン。
ぶっきらぼうに扉を閉めた娘に、優しい顔でため息をついた。
全く…。
女の子を男手ひとつで育てるのは、大企業を経営するよりもずっと大変だ。
「父さん。…行きますよ」
「あぁ、わかってる」
さぁ、我々は仕事の時間だ。
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