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……………


コンコンッ


「…っ」


部屋の中から一歩も出ず、ベッドの上でじっと膝を抱えて塞ぎ込んでいたローラ。

扉を叩く音が聞こえ、ようやくその顔を上げた。

普段より随分とやつれた印象。

まだ胸の中は不安でいっぱいで、ベッドを降りてもなかなか足が進まない。

恐る恐るゆっくりと扉に近づいた。



「…はい」

「開けろ」


バレルさんの声。

チェーンを外し、かけていた鍵を解除した。



「バレルさんっ…」

「何があった?」

「……っ」


彼を中に入れ、再び鍵とチェーンで扉を二重にロックする。


カーテンの隙間を覗き誰もいない事を確認して、ついさっきの出来事を洗いざらい彼に話した。

学校からの帰りに人に付け回された事。

走って追いかけられた事。

奇跡的にタクシーに拾われ、ここまで振り切れた事。


「相手の顔は?」

「そんな余裕ありませんでした。とにかく逃げる事に必死で…」

「この部屋には何もなかったか?」

「バレルさんに言われた通り、バッグの中もこの部屋の中も全部探しましたが、カメラも盗聴器も何もありませんっ!!」

「…………。」


次々に質問を繰り返す彼にやけになったのか、大声の感情をぶつけて答える彼女。

服も汚れたり、転んだのか膝や腕、顔に多数の傷が見える。

相当しつこく相手に追いかけられ、逃げ帰ってきた物々しさが窺えた。

黙ってローラを見た後、ぽつりと呟く。


「今日は俺もここにいる」

「え…!?ご、ごめんなさい、私そういうつもりで言ったんじゃ…」

「貴様にどうこう言われたからじゃねぇ」

「だってバレルさん、お仕事もまだ終わってないんでしょ!?」

「黙れ。何もしねぇから風呂でも入って寝てろ」


彼はこの部屋を出ようとローラに背中を向けた。


「隣の廊下にいる。何かあれば呼べ」

「……っ…」









私は今回アメリカに帰ってきてから、ずっと感じていた事がある。


「バレルさんっ…それなら最後に…私の質問に答えてください!」

「…………。」


この人の行動は明らかに不自然だ。

バイクで送り迎えをしてくれたり、私の行動範囲を制限したり。

それでも自分に近づくなとか。

おかしいでしょ…



「貴方は、一体誰と繋がっているんですか?」



確かな事はただひとつ。

彼は何か大きな脅威から、私を守ろうとしている。


「…………。」

「バレルさん!!」


返事をしない彼が無視して歩き出そうとした瞬間



「ッ…」


ローラが後ろからバレルの背中にしがみつき、その足はピタリと止まる。


「どうしてっ…何も話してくれないんですかっ…!」


ポロポロと泣き出すか細い女性の声。

その声にさえ、彼は黙ったまま何も答えない。


「いつも…いつも貴方はそうです!
ひとりで問題を全部抱えてっ…周りに危害を加えないためにわざと他人を突き放して!

なんで…ひとりで背負い込もうとするんですか。

バレルさんに何かあったら…
私はどうすればいいのかわからないのに…!」


汚れた手で背中にしがみついて必死に訴える。

薄暗い部屋の中、 背を向けたままのバレルの表情は窺えない。

感情が爆発してしまいそうで…

そのまま黙って立ち尽くしている彼の背中の服を、グチャグチャになる程握った。


「それにっ…最近怪我をたくさんしてるじゃないですか!何かあるんじゃ…」

「それは関係ねぇ」

「ッ…」


首を回して咄嗟に答えたバレルだが、

すぐに言葉を詰まらせて気まずそうに彼女から視線を逸らした。


「それは」って何?また別に理由があるって事?


もう…

なんなんですか?

訳がわからない!!



「…………。」

「また黙るんですか!?私を危険な目に遭わせたくないから、またそうやって突き放そうとするんですか!?
私にとって貴方は…」




ギロッ



「…ッ!」


蛇のような鋭い目つきで睨まれた途端、興奮した彼女も思わず口が閉じてしまった。

これ以上追及するなと目で言っている。


「っ…ご、ごめんなさい…私は…ただ…」

「………。」



彼は何かを言おうとする仕草を見せたが

やめてすぐに口を閉じてしまった。



「バレルさん…」

「俺がいいと言うまでこの部屋から出んな。わかったな」

「…わかりました」



握っていた服を…ゆっくりと離す。

離れていく。

彼の生きている温もり。


涙も…気づいたら自然と止まっていた。




結局…なんにもわかんなかった。

彼は何も教えてくれなかった。

バレルさんは、結局またひとりで全部背負い込むつもりなんだ。


また…私は何の力にもなれない。


誰に狙われているかもわからないまま、彼に守られているだけ。




辛い…





こんなの、辛いよ…





バレルさん。








「……………。」


カーテンに遮られて太陽の光も入ってこない、夕方前とは思えない暗いこの部屋。


彼は下を向いているローラの顔を横目で見つめた。


優しい言葉をかけたり、手を握る事さえしない。

ただただ、黙って見ているだけ。


そして






ガチャン



立ったまま呆然としている彼女を残して、静かに部屋を出て扉を閉めた。


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