25
……………
それは遡る事数時間前の出来事だった。
「…チッ」
バレルはとある小さな公園の裏に身を潜めていた。
昨日まで隠れていた橋の下も、近辺をあの男の仲間らしき奴がうろつき始めて、結局隠れる場所を変更したが。
街のあらゆる所にそれらしい人物がいる。
もはや誰が敵で誰が味方かも区別が付かない状況。
その辺を歩く奴ら全員が怪しく見えてしまう。
…ったく
あと少しだってのに。
再び小さく舌打ちをして停まっていた車の後ろに隠れた。
どうせこんな所にいたってすぐに見つかってしまう。
別の場所を探さなければ。
公共の乗り物は奴らの手によってほとんど塞がれている。
タクシーは運転手がグルだった時がヤバい。
リッキーの所のバイクを借りてもいいが、あそこにはあの女がいる。
近づくわけにはいかねぇ。
頼れるのは自分の足だけだ。
クッソ…バイクさえあれば。
きっと自宅周辺も奴らに見張られているに決まっている。
どうするか。
誰かその辺の奴のをパクろうかとも考えたが、それも簡単な事ではない。
「………ッ…」
必死に考え、ふと思いついた場所。
ファミレス。
……というわけで。今の時代のニーズに合わせ、ウチもデリバリー制度を始める事にした!…―――
ジジィが言っていた、新しく始まる業務。
確か配達用にバイクを新しく買ったとか言ってやがったな。
もしかして使えるか。
自分が働いていた場所故、奴らに見張られているリスクは高い。
だが、もうあの場所には結構な間足を踏み入れていない。
バイクさえ使えれば、不意を突いて一気に逃げ切れる。
「行くしかねぇな…」
呟きながら汚れた服で立ち上がるバレル。
ここまで来たら、何が何でも逃げ切るしかない。
早い話、あと最低2日逃げられればいい話だ。
四の五の考えている時間はねぇ。
周りを気にしながら、バレルは極力人通りのない道を走り出した。
小道を抜け、男達の視線をかわし
見えてきた見慣れた看板。
運が良い。
店の傍まで来たが、まだ誰にも見つかっていない。
まるで鬼ごっこでもしている気分だ。
あの業務中にサボって出て行ったきり、この店へは足を運んでいない。
辺りを見渡す限り人影はないようだ。
見つからないうちに、走ってファミレスの裏口まで入り込む。
あった。
これなら逃げられる。
3台並んだジョイントのロゴが入っているバイク。
最近始まったデリバリー制度のために導入された物だったが、まさか初めて跨る理由が飯を届けるためではなく「逃走するため」になるとは。
見る限り、普通に走れそうなバイク。
あとは店の中から鍵を取るだけだ。
裏口は内側から鍵がかかっている。
表から堂々と入る訳にはいかないので、どうやら窓から侵入するしか方法がなさそうだ。
「オイ、バレルは見つかったか?」
「ッ…!」
塀の向こうから男の声が耳に入ってきて、思わず扉に背中を張り付けた。
マズイ。
こんな近くに奴らがいては、窓から侵入している所を発見される可能性が高い。
かと言って、他に侵入出来る経路は思いつく限りない。
…どうする?
この場で一時、隠れるか…?
いや…ここにいたっていずれ見つかってしま……
ガチャン!!
「ッ!?煤v
扉が開く音。
真後ろの扉だ…!
振り返る前に背中の服を引っ張られ…
「グッ!!」
その力に抵抗する事が出来ず、背中から床へ倒れ込んだ。
ヤバいッ…見つかっ…
ガチャン。
その場で内側から鍵をかける男。
「っ…!」
薄暗くて顔はよく見えないが、そのシルエットだけで
バレルにはそれが誰なのかハッキリとわかった。
160センチ程しかない小柄な体。そして禿かかった中年らしい頭。
「仕事サボってなーにやってんだ、お前」
「ジッ…」
「ジジィじゃねぇ、店長と呼べといつも言っとるだろーが!」
彼を店内に引きずり込んだのは、この店の店長だった。
地面に尻を付けたまま珍しく目を丸くしているバレルの前に、彼は「よっこらせ」と声を漏らしてしゃがみ込む。
「お前が欲しいのは、これか?」
彼が取り出したのはデリバリー用のバイクキー。
こちらにもしっかりロゴが入っているキーホルダーが付いている。
「っ…」
「図星のようだな」
直感でわかった彼は、ポイッとそれを彼の腹部へ放り投げる。
「何か…聞いてねぇのか?」
「あぁ。聞いてるよ。最近お前の連れてきた変な客が多くてな。飯も食わないくせに、しょっちゅう来てはお前の居場所をしつこく何度も訊いてくる。
他の客も物々しい空気を感じてしまい、売上が落ちていてな。
来たら連絡すると言って、いつも帰ってもらってるんだが」
「…………。」
「なんだその顔は?今からワシが大声を出してアイツらにチクるとでも思ってんのか?」
店長が立ち上がって、普段と視線が逆転するのもなんだか新鮮だ。
電気もない薄暗いロッカールームの中。
彼は父親のような顔でバレルに笑いかけた。
「馬鹿が。言うわけないだろーが。ウチも不景気でキツキツなんだよ。従業員がこれ以上減られたら困る」
バレルはその言葉を聞いて
表情こそ変わらないものの、受け取った鍵をギュッと握り締めていた。
「お前が何を隠しているかは知らん。詳しい事情もこの老いぼれが聞いた所で理解出来んから訊いたりせん」
「………。」
「ワシはこの店の店長だ。何年間もここで働き、この店の事以外は何もわからん。だから、お前に言える事はただひとつだけだ」
店長は薄い白髪頭を掻き上げ、続けて口を開いた。
「来月からミッチリとシフト入れたからな。1日でもサボったら、お前は即クビだ」
「……ッ…」
バレルの目に一瞬だけ蛍光灯のわずかな光が入る。
相変わらず頑固オヤジの口調だが、その言葉にはちゃんと愛がこもっている。
それはつまり、またここへ戻って来いという彼からのメッセージ。
普段から言う事を聞かずに反抗し、困らせ
こんな事態になって散々迷惑をかけてもなお、まだこの人は自分を見捨てていない。
その唇が、微かに震えているように見えた。
…バレルはどこ行った?…―
探せ、探せ!―
「…ッ」
耳に入ってくる男達の騒がしい声。
「オイ、オッサン!ちょっとこっち来い!」
表の入口にも奴の手下が入ってきて店長を呼び始めた。
俺もそろそろ出なければ、ここにいたら見つかってしまう。
バレルはようやく立ち上がった。
ここでようやく視線がいつもの位置に。
従業員であるバレルが見下ろし、店長である親父が見上げる。
「ほら、早く行け。見つかっちまうぞ」
「………。」
バレルは彼の顔を数秒黙ったまま見つめ、そして歩き出した。
すれ違うふたりの姿。
そしてゆっくりと裏口の扉を開いた。
「帰ってきたら、給料上げろよ」
「はは。それはお前が接客を完璧に出来たらな(笑)」
ガチャン。
自分の元を去って行ったバレル。
しょっちゅう怒鳴り散らして、それでも全く反省する気配のない出来の悪いガキみたいな存在だった。
いや、今でもそうだ。
だがな、バレル…。
親ってモンは手のかかる馬鹿な奴ほど、可愛くてしょうがねー性分なんだ。
俺にとって他の従業員ももちろんお前も、大切な子どもだ。
だから絶対ぇ帰って来い。
そしたら、また懲りずに怒鳴りつけてやるから。
「おい!!親父!」
「うるせーな!バレルが戻って来たら連絡すると何度も言っただろーが!」
店長は閉まった扉に一度だけ目を向け、そして自分が呼ばれる方向へと歩き出した。
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