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「グッ!」


彼女はエプロンの下から素早く何かを取り出す。

ロビンが持っていた物と同じ種類の銃だ。



「……ッ!!」


こちらに構えられた瞬間、サラは言葉も出ず息を吸い込んでリッキーの腕にしがみつく。

銃口をふたりに向けている家政婦は、そんな彼女の顔を見ながら笑った。


「キャッハハ!そうよ〜☆私、旦那様の会社を乗っ取る為にここへ家政婦として入ったの!
今まで誰も気づかなかったなんて、金はいっちょ前に持ってるくせに全然大した事ないのねぇ!」


人が変わる。

まさにそんな表情で声高らかに話し始め、サラの表情が青ざめる。

人を小馬鹿にしたように鼻で笑われた。


「ど…どうして…」

「どうして?決まってんでしょ!?金が欲しかったからよ!一生遊んで暮らせる程の大金!それ以外人間何を望むって言うの!?」


「ジャックマイクロシステムは…大企業と聞いていましたが、経営が上手くいっていなかったんですか?」

リッキーの冷静な質問にちらりと目を向け、皮肉に笑い口を開く。


「そうよ!私はお金持ちになる為だけに今の旦那と結婚した。最初のうちは…それはもう贅沢三昧だったわよ!
欲しい物は何でも手に入る、毎日毎日一般庶民には食べられない豪華な食事が食べられる、豪華な服や装飾品で注目される、働かなくたってそんな生活が続けられた。
そして…これからもずっとそうだ、私は人生の勝ち組だと…そう確信してた!」

「…………。」

「だけど状況が変わったのは結婚してたった数年後!このヒルカンパニーが更に成長を遂げ始め、ジャックマイクロシステムは徐々に経営が傾き始めちゃってね!」


まるで悪魔のような話し方だ。

サラの握る手の力が強くなる。



「でももう贅沢な暮らしからは抜け出せない。貧相な一般人の生活に戻るなんて私達セレブのプライドが許さない。
私達は借金までして会社の経営を続けたわ。
でももう限界も限界…

こうなってしまったのは全部…全部アンタ達のせいなのよ!

だから復讐をしようと思ったの!この会社を乗っ取り金も吸い取るだけ吸い取って、私達と同じ思いをさせてやろうと思ったのよ!!」


「おばさっ…」

「………。」

サラは恐怖に震え、リッキーはただ黙って狂ったように話す彼女を見つめる。



「この計画を思いつき、10年間待ち続けたわ。このクソ広い豪邸の隅々まで覚え、家族の行動パターンを脳みそに叩き込み、何度もシミュレーションを繰り返し…
息子も思った以上に格好良く成長しちゃってねぇ。絶対成功すると思ったのに…なのにどこで歯車が狂っちゃったのかしらね〜?」


彼女は既に、サラの知っている優しくて明るい家政婦ではない。

狂気に満ちた、金と地位を毟り取ろうとするただの悪魔。

今まで大事に育ててきたお嬢様に容赦なく拳銃を向けてニタニタ笑っている。





違う…


おばさんは…


おばさんはこんな人じゃなかった。












―あら〜!随分汚れちゃって!お嬢様ったらまた外で自転車を乗り回して来たの?―…




…良いじゃないの、旦那様!女の子はちょっとやんちゃなくらいが将来強い女になるわ!私みたいに♪キャッハハハ!!―…




―…そうね!私がふたりのお母さん代わりよっ(^▽^)!私も貴方達の事、本当の子どもだって思ってるから!―…






「違う!おばさんはこんな人じゃ…」



「うるさいッ!!」




銃口がサラひとりに向けられる。



「小さい頃からこんな馬鹿デカイ家に住んで、欲しい物は何でも手に入る、何の苦労も知らないで育ってきた『筋金入りのお嬢様』に私達の何がわかるって言うの?

最初から腐る程金持ちの家に生まれたアンタが!落ちぶれた事なんて一度もないアンタが!!」


「おばさ…!」



「私はアンタを『お嬢様』なんて思った事、今までに一度もないわ!!」




「……ッ!」





今にも撃ちそうな拳銃を近づけ、家政婦の怒鳴り散らすような叫び声。


その言葉の衝撃。彼女は何も言えなかった。





「…やめてください」


リッキーはベッドから降り、震えるサラの前に立つ。


「あらー♪相変わらずやる事全てが格好良いわね、リッキーちゃん!」


家政婦は元の明るい口調に戻り、その温度差に気色悪ささえ感じる。

銃の先をリッキーの方へ向けた。


「そうやって格好つけちゃって『コイツを殺すなら俺を倒してからにしろ〜!』とか言いたいわけ?メルヘンすぎて笑っちゃうわッ」


「…………。」


「そっちは武器も何も持ってないんでしょ?こっちには銃があるのよ?勝ち目があるわけないじゃない!」


「…………。」


「いいじゃない!その女は私の人生の10年間を台無しにした最低の女よ!死んで当然だわ!」



リッキーの拳が震えている。




「いい加減にしてください…」


彼は下を向いたまま、ゆっくりと口を開いた。




「はぁ?今更何を…」



「いい加減にしろっつってんだよッ!!!」



「……ッ…!」




今まで大人しかった彼。

その男の激しい怒鳴り声に、家政婦は一瞬後退りをした。



「…リッ?」


今までに見た事がない顔と聞いた事のない話し方にサラも驚いている。

普段の優しい青年の彼の姿とは程遠い、怒りに満ちている男性の姿。



「ふざけんなよ!アンタにサラの何がわかる!?

こんな大それた一族の血を守る為に、大事な物を全て捨て、したくもない結婚までさせられて…それでも彼女は掟に従おうとしてたんだ!

こんなたった女性ひとりで、普通では考えられないような重圧を全部背負い込んで生きようとしてたんだよ!

計画を邪魔された?金持ちの家に生まれたから?

彼女がお前に何をしたって言うんだ、そんなの全部お前らの勝手な嫉妬や被害妄想だろーが!


お前らこそ何もわかっちゃいない!!

お前らみたいに金にしがみついて、馬鹿みたいなプライドしか持てないくだらない人間に、彼女の辛さなんて一生わかるわけねーだろ!!!」



この狭い隠し部屋の中、腹に溜めていた怒りを全て爆発させた。

吐き出すように怒鳴り散らし、その声が心臓にまで響く。



「リッキーやめて!」


涙目になった彼女が咄嗟に彼の腕を掴んだ。





「撃てばいいじゃないですか…」


「……ッ…!?」


「そんなに撃ちたいんなら、俺を先に撃ってください」



家政婦の構えている銃はまだリッキーに向いたままだが、その手は明らかに震えている。


どうして?


アンタはこの一族とは関係ない、赤の他人でしょ?


銃を向けられて怖くないの?


撃たれたら死ぬのよ?



ガタガタと手が震えて、狙いが定まらない。






カランッ…







ついに拳銃は手を離れて足元に落ち、



家政婦は力なく床に座り込んでしまった。


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