……………


理事長さんとの打ち合わせの内容は、主に次曲のテーマについて。

局側からアニメ映画の主題歌にweather lifeが抜擢されたらしく、その映画の流れを事前に確認した上で曲のイメージを考えるとの事。


書類を読み込みイラストの絵柄を見て、3人で意見を合わせる。







『ここまで大丈夫か?』

耳が聞こえない私にも雨宮君がフォローをしてくれて、すんなりと会話に溶け込む事が出来ている。


『エマはどう思う?』

「私…は…」


やっぱり雨宮君は誰よりも頼りになる。

こんなに引っ込み思案な私でも話しやすい空気を作ってくれたり、何かと気がけてくれる。

最初は偉い人との会議と聞いて緊張していたけれど、いつの間にか私は2人の輪に自然と馴染んでいた。



1時間程経った所で、理事長は次の業務に向かうらしく会議はお開きとなった。


「お疲れ様でした。非常に実のある打ち合わせが出来ました。ありがとうございます」

「あぁ。こちらこそ。エマちゃんもお疲れ様」

「……っ…」


笑いかけたオジサマに、エマもとりあえずコクリと頷く。


「気をつけて帰るんだぞ、雨宮。彼女を無事に事務所まで送り届けるように」

「わかっています。では、失礼します」


一礼をする雨宮に合わせて彼女も慌てて頭を下げる。

まるでお兄ちゃんの真似をする妹みたいだと、理事長は朗らかな笑顔を見せた。










「理事…長さ…ん…。とても…優しい…方…でした」


まだ明るい空の下。

帰り道の大きな橋を渡っている途中、声をかけてきたエマに雨宮の視線が向かう。


『気に入られて良かったな』

「気に…入られたん…ですか?」

『あんなに楽しそうに話す理事長は久々見た。
普段は僕達のような男を相手にしているからな。若い女性と話せた事が嬉しかったのだろう』


雨宮が見せた携帯の画面を見てクスッと笑う。


「女性…スタッフさん……たくさん…いるのに」

「ウチの女性スタッフは男性並みに気の強い人が多いからな。僕らでも逆らえない」


珍しく自分で言った言葉に笑ってしまう雨宮君。

でも…耳も聞こえないのにすんなり受け入れてくれて、私の事を少しでも気に入ってくれたのなら嬉しいに越した事はない。

障害をマイナスとして捉えず、きちんと私の才能を見て評価をしてくれた。

その大きな器があったからこそ、きっと「理事長」なんて偉い職に就けたんだろうな。

理想の上司って…こういう人の事を言うのだろうか。




「…ッ」


橋を渡り終えて街の中心地を歩いている中。

雨宮がふと足を止めて、それに合わせてエマも止まる。


「…どうし…たの?」

「………。」


彼は私に言葉を伝えるため、再び携帯の画面に指を伸ばす。


『甘い物が食べたい。この店に入らないか?』


…甘い物?

反対側に首を回すと、そこにはケーキカフェがあった。


「いいけど…珍しいね。雨宮君が…甘い…物…なんて…」

『糖分を取り入れた方が脳がよく働く。それに君も慣れない仕事をして疲れただろう』


脳のためと他人を気遣うためだなんて、なんとも彼らしい台詞。

特に断る理由もなく、あとは事務所へ荷物を取りに戻るだけなのでエマは素直に首を縦に振った。


カランカラン、と扉に設置していた鈴が開けると共に可愛く鳴る。


白と黒のモダンなインテリアを基調とした店内。

普段エマが通うカフェが「自然」をモチーフにしているなら、このお店は「シック」な感じのお洒落な雰囲気。


ある程度店内を見渡して、デザートが並べられているケースに近づく。

宝石のように綺麗なケーキはもちろん、シュークリームやプリン、マカロンなど種類は様々だ。


「わぁ…どれに…しようかな」


ケースの中を見ているだけで、女の子なら誰でも胸が高鳴ってしまうと思う。

子どもみたいにワクワクしてしまった。


悩んだ結果。私は苺タルトを、雨宮君はチョコレートケーキを選び、飲み物はどちらも紅茶。

窓辺の席を確保し、店員が注文した品をテーブルまで運んできてくれた。

薄ピンクのお皿に乗っている姿もとても可愛い。

そんな喜んでいる私を見て、雨宮君が携帯を見せてくれた。



『綺麗だな』

「…う…ん。絵か…写真に…残したい…くらい」

『君は絵も得意なのか?』

「いや…そっちは…あんまり…」


以前、私の描いたweather lifeの皆の似顔絵は、七音君に「おまんじゅう」だと言われた事がある。

自覚はあるが、決して上手な部類ではない。

そんな何気ない話をしながら、ふたりはそれぞれフォークを手に取った。


「…あっ。美味…しい…」

苺タルトを一口食べ、その美味しさに思わず目の前の彼の顔を見てしまうと


『良かったな』


雨宮君は優しい顔でそう答えてくれた。





「……ッ…////」


その顔を見た途端、急に気恥ずかしくなって目を逸らしてしまった。

なんだか…こうしているとデートをしているみたい。











…僕の方が君を大切に出来る――…









前に事務所で雨宮君に抱き締められた時

伝えられた言葉。


あの言葉については、ドロップスの件以降具体的な話はしていない。


私にとって一番気になってしまう台詞だったのに、もちろんこちらから訊く勇気もあるわけなく…


向こうもいつも通りに接してくれるし。


その後、七音君の問題も解決したりドロップスが逮捕された事件やらで、すっかり騒ぎに揉み消されたのかと思っていた。



「うむ。美味いな」


チョコレートケーキを口にする姿は非常に珍しい。

普段、あまり甘い物を食べる姿を見ないから苦手なのかと思ってたけど、別にそういうわけじゃないみたい。

芸能人だから体重管理とかに気を遣ってたのかな。


『どうした?こちらの顔をじっと見て』

「…ッ////!」


フォークを握ったままポーっとしていると、突然見せられた携帯の画面。

無意識に彼の顔を見ていたらしく、恥ずかしくてまた下を向いた。


「い…いえっ…///」



私は最近…なんだかおかしい気がする。

最初に出会った頃。

雨宮君は単純に仕事熱心な人と思うだけだったのに

最近は一緒にいて、ふとした瞬間変に緊張したり心臓の鼓動が早くなってしまう。

まるでそれは、好きな七音君と一緒にいる時と同じように。






お互い皿とカップは空になった。

食べ終えたふたりは席を立ち、持ち物を持ってレジへ向かう。



「1400円になります」


レジで雨宮が店員に代金を差し出して清算を終える。

1400円という事はひとり700円。

エマは自分の食べた分を返そうと、すぐに財布を取り出すが


「雨宮くっ…おかね…」

『構わない。こちらから誘ったんだ』


結局、受け取ってもらえなかった。

店を後にして道路に出ても、自然に車道側を歩いてくれる彼。



雨宮君は、やっぱり優しい人。

私の気がつかない間に危険から守ってくれる。

こうやって道を歩いている時だけじゃない。

仕事をしている時もどんな時だって。


私の耳が聞こえないから、特別親切にしてくれているだけかもしれないけど。


今までただそれだけの感情だったのに

意識をしてしまったその瞬間から、

私にとって彼が「男性」として見えてしまう。


「………。」


気づかれないように視線だけで見上げると、綺麗な横顔が映った。


私みたいな人間が釣り合う存在じゃない人だとはわかっている。

むしろ、こうやって隣を歩いている事自体が奇跡なのに


私はweather lifeの仲間になってから、どんどん贅沢な性格になってきているんだ。











『ケーキの事は七音達には他言しないように』

電車の中で突然見せられた携帯の画面。

「どうして?」と顔を見上げると、彼は表情ひとつ変えずに続きを打ち込んだ。



『知られたら奴らにも奢らなければならなくなる。だから黙っていろ』


最もな理由だと思ったけど、少し恥ずかしいのかな?

雨宮君って自分から仲間に何かを奢る所をあまり見た事がないし。(無理やり奢らされてる所はよく見るけど)

そう考えると、私にだけ特別にしてくれたんだと思ってしまいますます嬉しくなってしまう。



電車を降りて10分程歩くと、見慣れた事務所のビルが見えてきた。

ふたりで建物の中に入り、階段を上がって…

雨宮が部屋の扉を開ける。




「…ッ」


眼鏡にある人物が写り、声は出ないものの思わず口を軽く開く。

その部屋にはまだ美空の姿があって、エマも後ろで驚いていた。


「あぁ、おかえり〜」

「七音、まだいたのか?こんな時間だしとっくに帰っているかと思ったが」

「曲のメロディーが浮かばないかと思ってさ」


テーブルに広げられたいくつもの楽譜と、地下室から持ち出されたキーボード。

ひとり残って「仕事」をしていたようだ。


「そうか。珍しく感心だな」

「何言ってるのさぁ〜。僕は音楽の天才だよ」


そう言って立ち上がる美空には、心なしかいつもの明るさが欠けている。

テーブルに座りっぱなしで少々疲れたのだろうか。


彼はすぐに雨宮の後ろにいたエマに近づき、自身の携帯を打ち込んだ。


『エマちゃん、おかえり』

「ただいま…」

『お疲れ様。ミーティングどうだった?』

「楽し…かったよ」

「ははは。あんなオッサンと仕事して楽しかったなんて、エマちゃんもしかしてオジ専?」


言葉で何を言っているかはわからなかったけど、普段より元気がない事はその表情を見ればエマにもすぐにわかった。



「とにかく、ここはもう閉める。曲作りなら僕も自宅で手伝うから今日はもう帰ろう」

「そだねー。あー疲れた」


荷物を取りにロッカーへ向かうふたり。

もう…帰る時間か。


夕方の6時。

空はまだ明るいけれど、暗くなり始めたらあっという間。

エマも彼らの後に続いて自分のロッカーを開けた。


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