……………


それは何でもないお昼すぎだった。

学校も休みでweather lifeとの仕事もない日曜日。

私は家で親とのんびりテレビを観ていた。

うちのテレビは耳の聞こえない私のために、いつも字幕表示の設定にしてある。

画面に映っているのは、撮り溜めをしていたドラマだ。

母が毎週観ていて、私もなんとなくついでに観ていたら割と面白くハマってしまった推理ドラマ。


何時間かお菓子をつまみながら観ている途中。

突然、私の携帯から振動が感じられた。



「…っ」



From:七音君
件名:無題
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エマちゃん、今何してるの?
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七音君からのメールだ。

目を離すとドラマの展開に付いていけなくなりそうだったけど、これは録画だから特に問題はない。

私はありのままの返信を七音君に送った。


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家でゆっくりしてるよ
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じゃさ、僕とカラオケ行かない?
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カラオケ…。

彼はこうやってたまに私をその場所へ誘ってくれる。

私はこんな耳だからもちろん何も歌えないし、七音君は楽しいのかわからないけど…

でも正直、私は七音君とのカラオケは好きだ。


彼の気持ち良さそうに歌っている姿を見るのは嬉しいし、歌は聞こえなくたって映像もたくさん流れるから楽しい。全く退屈はしない。


「お母さん…。ちょっと…友…達と…遊びに行ってきても…いい?」

『あら?weather lifeの子?』

「…う…うん…」


母親はその答えに楽しそうに笑う。


『いいわよ。行ってらっしゃい』

「うん」



さすがに部屋着のままでは外に出れない。

二階の自室に上がりクローゼットを開けて、服を見繕ってみる。

短いスカートや肌の見えるキャミソールなんかは持ってないけれど…七音君と会うんだ。

おかしな格好では行けない。

選んだのはジーンズ生地のロングワンピース。

着替えた後に髪を結い直し、お気に入りの蝶のカチューシャをはめる。

ちょっとくらいお化粧とかした方がいいのかな。

試そうかと思ったけど失敗するのが怖かったので、結局いつも色のついたリップを塗るだけ。


玄関まで下りて綺麗な靴に履き直し、早速家を出た。

今から歩いて行けば少し早いくらいの時間に着いてしまうけれど、万が一を考えて。

七音君を待たせるわけにもいかない。












「七音…くんっ」


街の大きな噴水の前。

予想通り少し早めに待ち合わせ場所には着いたが、彼は既にその場所で私の到着を待っていた。

「こっちにおいで」と手を振ってくれる彼の姿が見える。


『ごめんね、いきなり呼び出して』

「いいよっ…。でも……今日は…早いね」

『何が?』

「来るの」


その言葉にもやたら嬉しそうに笑みを浮かべる七音君。

「ははっ。レディを待たせるなんてとんでもないから!」


何言っているかわかんないけど、本当に楽しそう。

いい事でもあったのかな。


『それじゃ、行こうか!』












向かったのは街の中心部にある、ふたりでたまに足を運ぶカラオケ店。

ひとりじゃ絶対に入れないお店だけど、頻繁に誘われるからか七音君となら違和感なく入れるようになってきた。

店員に指定されたのは3階の小さめの部屋。


「さぁーて…何歌おうかな。エマちゃんは映像が入ってるものがいいよね」


早速彼が一曲目に選んだのは、人気の男性デュオの曲。

七音君とカラオケに来て面白いのは、彼がweather life以外の曲を歌っている姿が見れる事。

もちろん私はそんなに歌手に詳しくないけど、彼とこうやってこの場所へ来るようになって、昔より少しは音楽関係者に詳しくなった気がする。


歌っている合間にふたりでつまめる食べ物を選んだり…

今日は大盛のポテトフライだ。


「こんなに…食べられ…ないよ」

『大丈夫!僕が7割食べるから!』



その後七音君が選曲したのは、私をイメージして作ってくれた曲、サイレントレディ。


画面にPV映像が流れ、私の代わりにモデルの人が「耳の聴こえない女性」を演じている。


『どうしたの?』

「あっ……い…いや…。私と…全然似てない……綺麗な人…だと…思って…」

『そう?エマちゃんも十分可愛いよ!』


そう携帯で見せると、エマは遠慮がちに苦笑いを浮かべた。



「はぁ…疲れた。ちょっと休憩」

何曲か歌い終えて喉が疲れたのか、片手でメロンソーダを啜った。

目の前でポテトに手を伸ばしているエマ。

美空は手に持っていたマイクをテーブルに置き、何やら文字を打ち出して…

その携帯の画面を彼女に見せてきた。


『ねぇ、エマちゃん。僕ここ最近気になってる事があるんだけど』

「…何?」

『隣、座っていい?』

「…えっ。…あ……うん…」


突然、真面目な顔をしてどうしたんだろう?

こんな狭い部屋で隣に座られると、さすがの七音君でも結構緊張するのに。


そんな事はお構いなしにすぐに隣に座る彼。



『大丈夫。話しやすいようにココに来ただけだから何もしないよ!』

「う…うん///」


私は頬を赤くして小さく頷いた。

七音君はその後、珍しく慎重に何かを考えながら

自分の携帯に文字を打ち込む。

そしてその画面を数秒置いて見せてきた。







『エマちゃんさ、ミヤ君と付き合ってんの?』












「……………へ…?」





画面を見た瞬間、返事も出来ずにただ呆然と固まる。



付き…合う…?



雨宮君と…私が???



すると畳み掛けるように、彼は次の文章を見せてきた。


『「へ」じゃない。キスとかエッチとかしたの?って訊いてんの』


見た事もない遠い世界の文字の羅列に、脳が完全に一時停止してしまう。


「ねぇ…」

「し…しし…してないよ!///」

「本当に〜?」

「ほんとだよ!!!」


聞こえないのに彼が言った言葉がわかって、まるで普通に会話してるみたい。


「ふぅん…」


意味深な表情で近づけていた顔を離した美空。

表情は少なくとも嬉しそうではない。


「ま。本当だとしても、向こうはしたいと思ってるんじゃない?ミヤ君わかりやすいから、顔見てりゃすぐわかるし」


聞こえてないとわかって、わざと口に出して言ってやった。


「そ…そんな事……あり…えないよ…」

「………。」



何その顔。…面白くない。

「ありえない」って言ってるのに、じゃぁどうしてそんなに顔を赤くしてるの?

実際、ドロップスの件以降君達なんかおかしいじゃん。

エマちゃんも彼を前にするとすぐ顔を赤くするし、何よりミヤ君自身がこの子を必要以上に傍に置きたがっている。


ほんとに何もされてないの?

嘘…ついてるんじゃないよね?



「なお…と…くん?」

「はぁ…ごめん。エマちゃん」


すぐムキになる自分が嫌になってしまう。

自分でも訳が分からないこの感覚。

なんでもないのに無性にイライラする。

胸の奥に邪魔な物が詰まっているような不快感。





これが嫉妬なんだって気づくのは…一体いつになるのだろう。




「大丈…夫…?」

「大丈夫じゃないよ〜…もーぅ…ヤダヤダ」


ぐったりと塞ぎ込んでため息をついている美空を「具合が悪い」と解釈して、彼女が優しく背中をさする。



ブーッ!ブーッ!


再び体に伝わってきたバイブ。

自分の携帯かと思ったけれど、いつもの慣れたリズムではない。

目の前の彼が携帯を開いて、鳴っていた物が七音君の携帯であった事を知る。


どうやらメールだ。

悪気はなかったのだが、傍にいた事もあってたまたまその画面が見えてしまった。





From:リーナちゃん
件名:ヤッホーヽ(゜∀゜*)+。*゜
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七音の大好きなリーナだよぉ★
今日超ヒマだから、どっかで遊ばない!?
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女性の友達からのメールのようだ。

こんな私なんかのために、女友達さんとの時間を削らせるわけにはいかない。

そう思ってエマはすぐに口を開くが…



「七音…く…行って…いいよ」

「チッ」

「…ッ」



ふと顔を見ると、彼は眉間にシワを寄せて苛立っている表情だった。

しかしその目線の先は私ではなく、見つめている携帯電話の方。

そしてその表情のまま、すぐに素早い慣れた指で返信を打った。





To:リーナちゃん
件名:Re:ヤッホーヽ(゜∀゜*)+。*゜
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今日は無理。じゃね。
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…え?

思ってもいないメールの返信に瞬きを繰り返す。


「七音…く…?」

「………。」


何の迷いもなくメッセージは送信される。

驚いたエマに対し、彼はすぐに携帯のメモ帳を開いて別のメッセージを入れ込んだ。


『行くと思った?』


文字で訊かれ、素直に首を縦に振る。


『行くわけないじゃん!やっと久しぶりにエマちゃんを独り占めに出来たってのに』

「ッ…」


なんだか…いつもの七音君じゃないみたい。

いつもみたいに笑顔を見せてくれたけど




目が…笑っていない。




それに空気でもわかる。

笑っているのに何故か悲しい顔をしている。

今日の七音君は急に変な事を訊いてきたり、女の子の誘いを断ったりどこか変だ。


私が文字を読んだ事を確認して、彼は静かに携帯を閉じた。





薄々…自分でも感づいているよ。


僕の感情に変化が起こってるって。


だけどまだ突然の事で…今までにない感覚で。


僕馬鹿だし、まだまだ精神的にガキだからさ。


…脳が追い付いていかないだけなんだ。


再び小さいため息をつき、彼は吹っ切れて立ち上がった。


「七音…く…?」

『さ!歌お歌お!ちゃんと僕の歌う姿を目に焼き付けておいてよ!』


ようやく私の隣から離れ、元の定位置に戻った七音君は再びマイクを握った。



「さーて!じゃぁ次はアニソンメドレーでもやっちゃおうかな!ヲタ曲いっぱい流すぞぉ〜っ!」



…怒涛のように


知らないアニメの女の子達が画面に現れる。



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