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……………
「…っ。お疲れさまです」
「あ、エマっち。やっほー」
普段より10分程遅れて事務所へ到着したが、部屋にはまだ雪之原君しか来ていなかった。
あの日から一日。
昨日の件で雨宮君にお詫びをしようと思ったのだが、まだ学校にいるのだろうか。
雪之原君だけが来てるって珍しいな。
おまけにソファーに座って滅多にしない読書をしてたみたい。
何気なくその表紙を見てみると…
【ファルマシア召還技術】
…なんか凄い本を読んでる。
あれ?そういえば。
「日晴君は…?」
「あー、キョウ君?」
いつも隣にいる相方的存在の彼がいない。
学校が終わってから毎日一緒に来ているはずなのに。
雪之原君は自分の携帯を打って見せてくれた。
『風邪』
「えぇっ!?」
『あー、エマっちもそんなリアクションなんだ。馬鹿でも風邪ひくんだね〜(笑)』
「あ///…い…や……珍しいなと、思って…」
あの常に元気いっぱいの日晴君が風邪をひくだなんて想像がつかない。
いや…馬鹿はなんとかなんて思ってるわけじゃなく。
風邪菌なんてへっちゃらってイメージだったのにって…
私は言いたかったんだけど。
そんな言い訳を頭の中で並べつつ、とりあえず荷物をロッカーに入れる。
何から始めようかな。
昨日七音君とふたりで考えたフレーズを綺麗にまとめてみようかな。
いくつか良さそうな案も出たし、曲に使えそうなものもあるかもしれない。
再び本のページを捲って読み進める雪之原。
エマもテーブルにノートを広げてペンを握る事にした。
・
・
・
「………。」
チクタクと時計の秒針だけが部屋に響くが、その音は彼女には聞こえない。
このフレーズはシリアスな歌に使えそう。
それにこっちも…
気づけば夢中でペンを動かし、紙が文字でいっぱいになっている。
七音君が気に入ってくれるような詩になるかな。
まだバラバラで不揃いな部分もあるし、もう少し体裁を整えなきゃ。
ガチャン。
その時だった。
事務所の扉が開き、ふたりは顔を上げた。
weather lifeのメンバーがまたひとりここへ到着したのだ。
あっ
その顔を見た途端、エマは無意識に立ち上がる。
「あまみ…や…くっ…」
「あぁ、お疲れ」
「リツ君、今日は随分遅かったねぇ」
「悪いな。テスト期間が近いから忙しくて」
「皆テストが近くなると、すぐリツ君を頼るもんねぇ〜。ナオ君とクララはぁ?」
「クラウディは用事を済ませてからこちらに来るそうだ。七音は補習でみっちり居残りをさせられている」
「あはは。そうだろぉね。ところでリツ君、今度のテストの山は〜??僕にも教え…」
「わからない問題があるのなら、どこがどのようにわからないのか具体的に説明しろ。教科書も開いとらん奴に山だの教えるつもりはない」
雪之原の呑気な台詞に対して冷たい一言を返し、荷物を同じようにロッカーへ仕舞う。
「自分でもどこがわからないかわからないから訊いてるんじゃーん」
「それなら教科書を全て丸暗記しろ」
「それが出来るなら最初から人に訊いたりなんかしないからぁ」
呆れたため息をつき、雨宮はロッカーを閉める。
全く、七音といい響介といい奏といい…
芸能活動で忙しいのは重々承知だが、それ以前にこの3人は勉学に対してやる気が感じられない。
恐らく普通の高校生活を送っていたって同じだろう。
奏は赤点にならない程度に上手く加減をしているようだが(それもそれで腹が立つが)
残りのふたりに関してはそれ以前の問題だ。
九九さえまともに言えるのか不安になるレベル。
あれでまともな大人になれるのか…将来が非常に思いやられる(同い年)
「…ッ」
ふと振り返った雨宮と、立ち上がってこちらを見ているエマの視線がぶつかった。
慌てて目を逸らす彼女。
…昨日のメールを気にしているのか。
落ち着きのないそわそわした様子に、雨宮は近づいて携帯に文字を打ち込んだ。
『昨日は悪かったな。忙しかったのにメールをしてしまって』
「…いえ。ごめん…なさ…い…」
気まずそうに目を伏せるエマ。
必要以上に申し訳なさそうな顔をしている彼女は明らかに不自然だ。
これは返信が来た瞬間から、そうなんじゃないかと思っていたが…
彼女は素直な性格で、嘘をつくのがあまり得意ではない。
普段丁寧に返信をくれる彼女が「用事」という言葉だけで断ったという事は
僕に言いにくい理由があり、それをその言葉に置き換えてメールを送った可能性がある。
「…………。」
「…雨…宮くん?」
『七音といたんじゃないのか?』
…え?
出された携帯の文字に目を疑っている。
まさに「なんでわかったの?」と言っている顔。
それが図星なんだとすぐにわかった。
「…あ…あの……えっ…と」
『やはりそうなんだな。反応を見ていればわかる』
昨日の七音君と同じだ。
彼も私が何も見せていないのに、すぐに雨宮君からのメールだと直感していた。
なんだか…私の頭の中をふたりには全部見透かされてるみたい。
ちょっとだけ鳥肌が立った。
『特に気にしなくていい。また機会があれば頼む』
「う…うん…」
エマは複雑な表情で下を向いている。
君が悲観的になる事はない。
僕より七音の誘いの方が早かったのも事実であるし…
大方、アイツに「行くな」とでも言われたのだろう。
雨宮は軽く咳払いをして再び携帯を打ち込んだ。
『僕は少し外に出る。留守を頼んだ』
「わかり…ました…」
いってらっしゃいと頭を小さく下げると、彼は怒った顔もせず部屋から出てしまった。
はぁ…
なんなんだろう…最近。
七音君といい雨宮君といい…
慣れない出来事が次から次に目まぐるしく起こって、頭が全然付いていけていない。
「…っ?」
仕方なく向きを変えて椅子に座り直そうとすると、
本を閉じ、ニヤニヤ笑ってこちらを見ている雪之原君の姿が目に映った。
「雪ッ……な…何?」
「エマっち、大変そうだねぇ」
なんだかオーラというか、目には見えないが彼の周りの空気がキラキラ輝いている。
よくわからないが妙に楽しそうだ。
相変わらず、何を考えてるかわかんな…
「…………。」
あ。そういえば…
ふとエマの頭にある考えがよぎった。
最近、私には考えていた事がある。
以前、この部屋でクラウディ君に教えてもらった言葉があった。
ダメ元でも構わない。
ちょっと不安だけれど、もしかしたら…。
ガタッ
突然立ち上がったのはエマの方。
緊張している表情で何をするかと思えば
ソファーに座っている雪之原の前まで歩いてきた。
「あの…雪之…原君…相談した…いんだけど…」
「なぁに?」
話しかけてきたエマに対し、彼も本を置いて立ち上がってくれた。
こんな事…訊けそうな相手なんて極僅かだし。
この人ならもしかしたら、何かわかるかもしれない。
エマは顔を上げて小さく口を開く。
「あの…ね。最近、七音君と…雨宮君の…様子が変…なの…。
あの…ドロップスの…件、以来…仲直りした…はずなのに…
なん…なんというか…
ふと…した瞬間、険悪……にと…いうか…えっと……
そんな見えて…」
「ふぅん」
たどたどしく一生懸命に言った長い台詞だが伝わっているのか。
真剣に聞いていないようで聞いているのが普段の彼のスタイル。
伝わっていると信じ、エマは言葉を続ける。
「ふたり…とも、普通に…喋るし、ケンカをしてるってわけじゃ…なさそうなんだけど…。
空気が…ちょっと変と…いうか…
ふたりに直接…訊ける、勇気もないから…どうやったら…前みたいに…仲良くして、くれるのかなって…」
雪之原は目を細め、赤色の瞳で不安そうに相談してくる彼女を黙って見つめる。
ふと視線が重なって、エマは再び壁に目線を移してしまった。
彼は返事をしてくれようとしているのか、携帯で文字を打ち出す。
『その原因、何か心当たりはある?』
「え…?や…わからない…から…相談してるんです」
「結構鈍感なんだねぇ。自分が原因だってわかってないんだぁ」
怪しい音程で笑う彼の声と言葉は、目の前のエマには伝わらない。
「雪…之原君…何でも知ってるって…クラウディ君から…聞いたから…わかるかと…思って…ごめんなさい…」
「………。」
カタッカタッ…
彼は再び返事を打ったが、今度はなかなか画面を見せてくれない。
「あの…雪之…原……く…?」
『僕の部屋でふたりきりで話す?』
「……ッ…!?////」
へ…部屋!?
なんでいきなり?
思ってもいない返答に、反射的にエマは首を横に振った。
「いや…い…いい…です!」
「あっははは。冗談だよぉ」
あたふたしている反応を見て、雪之原君は楽しそうに笑っている。
あれ?私、もしかしてからかわれた?
「び…びっくりした…」
『冗談だよ〜、当たり前じゃん。そんなのばれたらリツ君から何時間説教食らうか』
「そ…う…なの?」
『そーだよ』
首を斜めに傾げている彼女は、からかいがいがあって結構楽しい。
反応が一々ちっちゃい生き物みたいだ。
「ははは。まぁ、あくまでもばれたらの話だけどねぇ」
意味深な言葉と笑みを浮かべながら、彼は携帯を再び打つ。
『僕に色恋沙汰の話をされてもわからないなー。
こういう話は女の人の方が得意だろうし、女友達に相談してみなよ』
「女…友達…?」
頭によぎったのは、私の数少ない女性の友達。
あのふたりだ。
「無理だったら…その時は僕がちゃんと相談に乗ってあげるよぉ。もちろん僕のお部屋でふたりきりでねぇ(笑)」
冗談かどうかもわからない台詞を吐いて、再び彼はソファーに座って本の続きを読み始めた。
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