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……………
若い女性がふたり、大勢の人が行き交う街の中を並んで歩いていた。
ひとりは頭にサングラスを乗せた茶髪でグラマラスな女性。
もうひとりは涼しげなシャツに七分のパンツを穿いたスレンダーな金髪女性。
バイク事務所に所属している、ビッキー・スティールとサラ・ヒルだ。
「珍しいね!エマちゃんからお茶に誘ってくれるなんて!」
「そうね」
ふたりの元にメールが届いたのはつい先週の事。
メールの送り主は、あのエマ・ガーネットだ。
From:エマちゃん
件名:お久しぶりです
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忙しい中ごめんなさい。
おふたりに相談したい事があるのですが。
もしよかったら会ってくれませんか?
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あの内気で大人しい子から「相談がある」と直接連絡が来たのだ。
何かとても大事な話があるのだろう。
もちろんこのふたり(特にサラ)が、こんな誘いを断るはずがない。
日曜日のお昼時。
待ち合わせ場所に指定されたのは、街中にあるひとつのカフェだった。
「可愛いカフェだねぇ。エマちゃんもう来てるかな?」
階段を上がり、扉を開けるとカランと鈴が鳴った。
「いらっしゃいませ。おふたり様ですか?」
「えっと。待ち合わせをしてるんですけど、あっ」
爽やかで自然的な店内。
ビッキーの目に、立ち上がってこちらを見ている彼女の姿が映ったのだ。
ふたりは早速その場所へ駆け寄った。
「エマちゃん、久しぶり!」
「すみ……ません。お忙…しいのに…」
「いいのよ、私も会いたかったからぁ!抱」
景色が見える窓側の席。
表情がとろけてデレているサラを引っ張り出し、一息ついた所でエマの前の席にふたりは腰掛けた。
ビッキーはアイスココア、サラはレモンティーを注文して早速本題に入る。
『で!?相談したい事って何??もしかして恋のお悩み!?』
ドストレートに質問を投げかけるビッキーに驚いてエマの頬が思わず赤くなる。
「恋……では…ないのですが…///」
「何何何!?」
小さな声で彼女は雪之原に話した内容をふたりにも話してみる。
所々ボソボソと聞き取りづらい声で。
「だから……その…えっと…ふたりが…元の…仲良しに…戻って欲しくて…」
「「…………。」」
エマの話を聞きながら、顔を見合わせる年上の女性達。
「どうすれば…い…いのか…私に…は…わかっ…」
バンッ!
『それ絶対ふたりともエマちゃんの事が好きなんだよ!!!!!!!』
「……ッ!煤v
話している途中でいきなりテーブルを叩き、携帯の画面を見せつけてきたのはビッキーの方だった。
その文字に当の本人は顔を真っ赤にして慌てて首を横に振る。
「ちっ……違い…ます!///…そんなんじゃっ…」
『エマちゃんすごい!weather lifeメンバーから取り合いされてるなんて!!少女漫画みたい!』
「ビッ…ビッキー…さん…!」
騒ぎが大きくなりどうすればいいのかわからず、ビッキーへサラへと交互に視線を送る。
『で!?エマちゃんはどっちが好きなの?』
「へっ///?だから…違いま…」
『違わないわよ』
サラまでそんな携帯の画面を見せてきて、エマをますます動揺させる。
手元に置いていたオレンジジュースを零しそうになってしまった程。
「サラもやっぱりそう思う!?」
「当たり前でしょ」
「そっかぁ…でも雨宮君は意外かも!あの人、堅物で人を好きになる感情なさそうなのに」
「雨宮君だってロボットじゃないんだから。むしろ七音よりずっと前から私は知ってたわよ」
「え?なんで?」
「だって、あんなにわかりやすい人いないじゃない(笑)」
なんだか…私を置いてふたりで盛り上がってしまっている。
きっとその話の展開は、私なんかには恐れ多い内容ばかりだ。
『そういえば、エマちゃんはずっと七音君の事好きだったんだよね!よかったね!恋が実って!』
「や…あ……それ…が…あの…」
突然声が小さくなり、困った表情を見せる彼女。
これは今までの反応とは少し違って、また別の何かがあると女達は直感した。
「え?あれ…?何その反応」
「……あ…の…///」
『雨宮君と何かあったの?』
「ッ…!///」
サラが出した携帯の画面に過敏に反応する。
これはもしや…
ビッキーが続けて携帯を握った。
『まさか襲われたの!!?』
「おそっ…!?ち…違っ…います!煤v
『じゃ、チューされたとか!?』
「違っい…ま…!///」
あたふたしている顔はまるでリンゴのよう。
もうなんだか目が泣きそうになっている。
「はは!ちょっとエマちゃんには刺激が強すぎたかなぁ〜」
「そうかも。でも『違う』って言ってる時点で、何かをされたか言われた事は明白ね」
「やー!雨宮君って外見の割に意外とやるんだね!ちょ、何があったのかますます気になる!」
「そこはもう今は、そっとしておきましょう」
とりあえず今の話を要約すると、彼女は今、経験のない男性達のアピールに付いていけず頭がパニックになってしまっている。
今まで男性とほとんど関わりがなかったから、それが好意なのかさえ理解出来ずに
ただただ険悪になってしまった美空と雨宮を何とかしたいと考えているのか。
彼女らしいと言えばらしい考え方なのだが。
「なんだか切ないね、エマちゃん。
恋に臆病な性格だから、七音君と雨宮君が自分の事なんて好きになるはずがないって最初から決め込んじゃってるんだ」
「元々耳が聞こえずに自分に自信がない所もあるからね。(こんなに可愛いのに)
それに相手がテレビなんかに出ている芸能人ともなると、ますますそんなわけがないって思い込んじゃうんじゃないの?(だったら私が貰ってあげるのに)」
「サラ。所々心の声が漏れてるよ。気をつけようね」
目の前の肝心のエマちゃんは、すっかりオドオドして下を向いている。
きっと彼女だって、心のどこかでふたりの事が好きなはずだ。
でなければ、こんなに真剣に彼らの事で悩んだり相談なんかしてこない。
「これは面白い展開だねぇ。サラ、なんてアドバイスしてあげようか?」
「………。」
肘をテーブルに置き、ビッキーは悪そうな顔で判断を委ねる。
サングラスに映るのは目を細めるサラの姿。
以前、同じような境遇に立たされた彼女だ。
それを思い出したのか、わざとその役割を振ってきたらしい。
「うちの馬鹿ふたりに今の状況を重ねてるの?」
「私の愛しのリッキーを馬鹿なんて言わないでよ!内心失恋して凄く傷ついてるんだから!」
「貴方には最初から決まった人がいたでしょう」
しかしこの子の今の状況。
確かに少し前の私の境遇に似ている。
サラも話を聞きながらそれはずっと思っていた。
私に好意を持ってくれているナイジェルとリッキーも、一時期色々あって似たような険悪なムードになっていた。
今でこそ和解して昔の仲の良い関係に戻ってはいるけれど…
ごめんなさい、エマちゃん。
貴方の理想とする完璧なアドバイスは到底出来なさそう。
何故なら…
ビッキーの見ている隣でサラは携帯を握った。
『ふたりの関係を修復する方法は、私にもわからないわ』
「…ッ」
私も未だに、その答えを出せていないから。
「サラ…」
「………。」
彼女は休む事なく再び続きの文字を打ち込む。
『ただひとつ言える事は、焦らないでじっくり考えて。
一番やってはいけないのは、その場の勢いに任せて大切な仲間を傷つけてしまう事』
「………。」
エマもその文章を慎重に読んだ後、ようやく顔を上げた。
『七音も雨宮君も貴方を誰より大切に思っているはずよ。
そしてエマちゃんも同じくらいふたりの事が好きで大切なら、生半可な気持ちで答えを出しちゃダメ』
「サラ…さん…」
真剣な顔に目を逸らせなくなる。
彼女もまた、その問題の答えを探そうとしているひとりなのだから。
生半可な気持ちで答えを出しちゃダメ…。
その言葉が深く胸に浸透し、また視線を下に向ける。
『エマちゃんならきっと大丈夫。
いつかは間違いのない、ちゃんとした答えが出せるはずだから。
とにかく今は、ふたりの気持ちを大事にして焦らずにゆっくり時間をかけて考えてみて』
「………っ…」
エマはその言葉にテーブルの下の見えない部分で、自分のスカートを握り締めた。
「さすが経験者。良い事言うじゃん」
「からかわないでよ。私だって今でも悩んでるんだから」
「ナイジェルとリッキーの気持ち。ちゃんと大切にしてるの?」
「当たり前でしょ」
こればかりは、私達が「こっちにしなさい」など軽々しく言えるはずもない。
ここから先は彼女自身が自分で決めなければならないのだ。
ふわりと顔を上げたエマの頭を、サラとビッキーは優しく撫でてあげた。
・
・
・
・
「サラさん…ビッキー…さん…今日は…ありがとう…ございました…。
送って…もらい、ありがとう…ございます…」
『いいよいいよ〜★』
電車の駅まで一緒に歩いた3人。
久しぶりに女だけで集まると本当に楽しかった。
私の悩みを聞いてもらって、その他プライベートの事とか、ビッキーさんとジムさんのお話とか…
その後はカフェのすぐ近くにある洋服店に向かい、私に似合いそうな服を選んで貰ってたくさん試着したり買ったり。
アクセサリー店なんかも見に行って、ふたりに綺麗なネックレスを買ってもらえた。
「これを付けて七音君と雨宮君をメロメロにしなさい」って…汗
本当、夢にまでみた女の子の休日。
今まで休日と言ったら家に引きこもるかカフェにひとりでいるかのどちらかだったし。
こんなに歩き回って笑った休みは初めてだったかもしれない。
夕方の6時。
丁寧にお辞儀をするエマにビッキーは軽く返した。
『じゃ!また何か進展があれば教えてね(*^▽^*)』
「は…はい…」
電車に乗り、手を振ってふたりに別れを告げると
ビッキーさんなんかはあんなに歩いたのに疲れてないのかピョンピョン飛び跳ねていた。
相変わらず元気いっぱいで可愛いな。
ふたりの姿が見えなくなり、丁度席がひとつ空いていたのでそこへ座る。
空は徐々に暗くなり、ガラスに写った自分の顔を無意識に見つめた。
ずっと…ずっと…そうじゃないって…思ってた。
こんな…耳も聞こえなくて、地味で何の取り柄もない私の事なんか。
誰も好きになってくれるはずがない。
でも今日、サラさん達と話して
それが夢じゃなく、現実なのかもしれないと…思えてしまった。
図々しいのはわかっている。
だけど…
…ミヤ君と付き合ってんの?―――…
時間があれば今から事務所へ来れるか?―――…
…―今日はふたりでイチャイチャしてよ!
―僕の方が君を大切に出来る―…
なんて贅沢な事を考えてるの…自分がおこがましい。
自惚れるのも…いい加減にしなきゃって、何度考えても…
ふたりの顔が頭に思い浮かんでしまう。
前よりずっと優しくなって、何度も一緒にいたがってくれる七音君。
私が落ち込んでいた時、咄嗟に抱き締めてくれた雨宮君。
ファンもたくさんいる、私なんかとは格が違う次元の人達。
そんなふたりが…私の事…を…
そんな…話…
あっちゃいけないのに。
「はぁ…」
小さくため息をつき、窓から視線を離す。
生半可な気持ちで
答えは出しちゃいけない。
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