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……………

〜♪


ギターの音を調整し、楽譜を見返す雨宮の表情は真剣そのもの。

ピックを握り何度も音程の確認を繰り返す。

後ろの美空も黙って楽譜を眺めている。


先程の騒がしかった空気とは打って変わって静かな時間。

会話のない部屋で鳴り響くのは楽器の音だけ。


ふたりだけ残って調整をする時は、大体いつもこんな感じだ。


お互いの世界に入っているからか、楽しく会話をしたりする事も少ない。


そんな時。


雨宮がペンを握り、楽譜にメモを書き込もうとした瞬間だった。








「ミヤ君」





珍しく声をかけてきたのは美空の方だ。


「なんだ?」

「ミヤ君さ。エマちゃんの事好きでしょ?」



進んでいたペン先がピタリと止まる。

雨宮は首を回さず、視線だけを横へ向けた。


「業務中にプライベートな話はやめろ」

「誤魔化さないで。そうなんでしょ?」

「………。」



普段のヘラヘラした話し方より、随分落ち着いた口調。

その重い空気を読みとったのか、雨宮はようやくペンを置いて美空の方向へ体を向けた。


「だったらどうした?」


肯定も否定もしない返事。

相変わらずお堅い相方に歯を見せて笑い、美空は疲れたのかその場に座り込んでしまった。


「あの子がここに来てさ。もう1年が経つよ」

「…っ」

「本当に色々あったよね。笑ったり泣いたり怒ったり。
ほんと…エマちゃんが来てweather lifeが明るくなったってかさ…色んな出来事が増えたよね」


何を言いたいのか、唐突に思い出話を語り出した。

雨宮も口を挟む事なく、それを黙って聞いている。


「僕も彼女にたくさん救われた。
最初はさ、ただ詩の才能があるなって。ただそれだけでこのグループに招いただけで。
ムシャクシャしたり、面倒だと思ってた時期もあったけど…
僕自身こんなに勉強させられると思ってなかった。

未熟だった僕も、彼女のおかげで昔より成長出来たと思うんだ」

「だからなんだ?」

「わかってると思うけどさ…。僕、今はエマちゃんの事、他の女の子とは全然違う目で見てるよ」



改めて聞かされるその言葉に、眉が徐々につり上がる。



「今でも綺麗な女の子は可愛い、美人って思う。
でもなんか…前みたいに女の子達と遊んだりナンパとかしても、全然楽しいって思えなくなってきたんだよね。

エマちゃんは確かに地味で内気で胸もちっちゃいし…全然僕の好みじゃなかったんだけど。
一緒にいて純粋に面白い、楽しいって思えるのは、今は彼女だけなんだよ」


「………。」


「些細な事で色んな表情を見せてくれるし、何より…何があっても僕を信じようとしてくれる。
僕のためにここまで一生懸命に頑張ってくれた子、正直今までいた事なんてなかったもん。
その存在がどれだけ大きいかって、今更気づいたんだ。本当…遅すぎるよね」


「よいしょ」と重い腰を持ち上げて、真っ直ぐに雨宮の目を見る美空。



「彼女を散々傷つけてきた分際で言えた事じゃないかもしれないけど…多分さ。好きなんだと思う」

「…………。」

「ちゃんと、ミヤ君にだけは…はっきり言っておこうと思って」



これは七音からの「宣戦布告」という意味の言葉なのか。

今更、嘘をついた所で仕方がない。

自分が彼女に好意を持っている事、コイツにはとっくに見透かされている。

数秒間黙り込んだ後に雨宮はひとつ大きな息を吐き、逸らした瞳をもう一度向けた。


「彼女は耳が聞こえない。恐らくこれから先もずっとだ。
そんな彼女を支え続ける覚悟が、お前にあるのか?」


低い声で問いただす。

それは普段の会話では見せる事のない、とても重圧的な口調だ。


「………。」

「口ではどうとでも言える。
一緒にいて楽しいとか面白いとか、今はいいかもしれんが、これから先何年、何十年も共に生きていくと仮定してだ。
そんな軽い気持ちで乗り越えられる程、道のりは甘いものではないだろう。

生半可な気持ちならやめろ。
これ以上エマを傷つけ…」





「あるよ」





「……ッ…」




わずかな躊躇いもなく言い放った美空の台詞に、雨宮は言葉を詰まらせる。



「もちろんあるよ。エマちゃんを支えていく覚悟。

今までの僕なら信用されなかったかもしれないけど…今は違うってハッキリとわかる。
彼女を失いかけて初めて、僕はエマちゃんがいなきゃダメなんだって知ったんだ。

言いようのない後悔を繰り返して、妙にムシャクシャしたり
自分でもこの気持ちがなんなのかわからなくて苦しんで、何度も何度も考えてやっとわかった。

僕は、エマちゃんとずっと一緒にいたい。

たとえ彼女が詩を書けなくなっても、目が見えなくなっても手足が動かなくなっても、僕はエマちゃんと一緒にいたい。

今の僕にとって彼女はもう、歌と同じくらい必要な存在なんだ」


彼がポケットから取り出したのは、綺麗に折り畳まれた元はぐしゃぐしゃの紙。

エマちゃんがゴミ箱に捨てた詩をミヤ君が拾い、それを僕に託してくれた。

いくつも自分の涙の跡が滲んでいて、所々読めなくなっているが。





「もう絶対に、同じ過ちは繰り返さない」

「…………。」





紙を大切そうに握る親友の姿を雨宮は見つめる。

こんなにも自分の誓いを真剣に露わにする彼の姿は幼い頃から一緒にいて初めて見た。


目にした事のない、あの美空七音の顔。


彼の覚悟は…自分が思っているよりもずっと大きいものかもしれない。


雨宮は黙ってその姿を見つめた後、床に置いていたギターを手に取った。


「…帰るぞ」

「うん」


ふたりは荷物をまとめ、そして部屋の電気を消した。


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