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……………


「160円です」

店員の言葉は聞こえなくてもレジに表示されている金額はわかる。

小銭が丁度なかったので200円を差し出しておつりを受け取った。

買ったのは家の冷蔵庫にいつも入っている種類の牛乳だ。

なんでもお母さんはこの牛乳じゃないとお腹を壊しちゃうとか。

私は牛乳自体あんまり飲まないんだけど。

…だから背が伸びなかったのかな。








おつりを財布の中に仕舞う。

それはweather life事務所からの帰り道。

日晴君達と別れ、コンビニで頼まれた牛乳を買って丁度店を出た所だった。




「ねぇ、ちょっと」


待ち伏せるように女の人達が立っていて、私は足を止める。

3人の見知らぬ女性。

…あ。真ん中の人。

この間、七音君とカフェにいた時に来た綺麗な女の人だ。


「ちょっと話があるんだけど」

「……?」


何を言われたかわからず黙って立っていると突然強く腕を引かれた。

連れて来られたのは人気のない空き地。


なんだろう…

なんだか先日よりも彼女の顔つきが怖い気がする。

すると背の高い女性達は私の周りを取り囲む形で近づいてきた。


「ねぇ。アンタさ…最近しょっちゅう七音と一緒にいるみたいだけど、一体なんなの?」

「…?」


突きつけられる質問も耳の聞こえないエマに伝わるはずもなく黙って顔を見上げられる。



「アンタを見かけるようになってからさ、七音が全っ然リーナ達と遊んでくれなくなったんだけど。
まさかとは思うけど、七音と付き合ってるとか言うんじゃないよね?」

「あのっ…」

「ハハハッ!ありえないっしょ?こんなイモいダサ女、七音の好みなわけないじゃん!」


隣の胸の大きなオレンジ髪の女性が大口を開けて笑っている。


なんだろう…?

とりあえず、私は耳が聞こえない事を伝えなきゃ会話にならない。


「あの…わ…たし…」

「金でも注ぎ込んでんじゃないの〜?貢いで七音の気を引こうとでも思ってんでしょ」

「七音は貢がれなくたって金はいっぱい持ってんじゃん(笑)」

「わた…耳が…」

「そうだねー。じゃ何??弱みでも握ってるとか?」

「私達の知らない所で別の女と浮気してたりして!」

「ヤダ、そんなのショックー!」


両脇のふたりが真ん中の茶髪の女性を挟んで会話をしている。

何を言ってるかわからないけど、なんだかあまり良くない雰囲気。

顔を見る限り、皆怒ってるみたい…

私が何かしたんだろうか。


「ねぇ、さっきから黙ってないでなんか言いなさいよ」

「っ…あの…聞こえ…」

「何?しらばっくれてれば許してもらえると思ってんの?」

「…っ…」

「七音の…アンタ一体なんなの?」

「…………。」

「答えろっつってんのよ!!!Σ」


唾を吐いて怒鳴る姿に体が縮こまってしまうエマ。

茶髪女性はキツい目で睨みつけた後、畳み掛けるように彼女に迫る。


「もういいわ。とにかく、もう七音に近づかないでくんない!?」

「わっ…わた…」

「仕事の関係者なのかなんか知らないけど、目障りなのよアンタ!
そういうか弱いアピールで七音に近づいて…そういうしたたかな女が一番ウゼーっつの!!」


ドンッ!と肩を叩かれて、バランスを崩して地面に尻餅をついてしまう。

その瞬間に、せっかくコンビニで買った牛乳パックのビニールも落ちてしまった。


「はははっ!リーナってばやるぅ!」

「マジ、こんなん端から見てたらイジメじゃね?ウケんだけど!」

「誰も見てないから関係ないし!つか、悪いのはこのチビじゃん!」


それを見てヘラヘラ笑っている両脇の女性達。

どうしようっ…言えるタイミングが見つからない。


「…だかっ…聞こえ…な…」

「なんなの?ブスの分際でリーナに口答えしようっての?」

「…耳…がっ…」

「さっきからブツブツブツブツ…はっきり喋りな…」














「彼女は耳が聞こえないんだ。何を言っても伝わらないよ」


「ッ…」


咄嗟に視線が私から別の方向へ。エマも視線を同じ方向へ向ける。


七音君だ。



「七音っ!?な…なんで…」

「ねぇ、こんな遅い時間に何やってんの?」


まだ遠い距離で足を止めた美空の問いかけに、さっきまで偉そうな顔をしていた女性達の顔が引きつり始める。


「…ち、違うの!最近、この子ずっと七音と一緒にいたから誰なのかなって!
み…耳が聞こえないとか知らなかったの!」

「知らなかったら、そうやって突き飛ばしていいんだ?」

「ッ…」


睨み付けている美空の顔。

普段彼女達の前ではチャラチャラしていて調子の良い分、そんな恐ろしい顔は見た事がない。


「前にも教えたよね。その子、僕の仕事仲間だって」

「そう…だけど…」

「わかってたなら、どーしてこんな事するのさ」


彼の問いかけに言葉を詰まらせ、

女性は眉間に深いシワを寄せて口を開いた。


「ひ、酷いのは七音の方でしょ!?最近この女の相手ばっかして全然リーナに構ってくれないから!だから…」

「君のそういう所が嫌なんだよ!」

「…ッ!」


怒鳴られてビクッとする女性。

初めて見る彼の姿に高いヒールを履いた足を一歩引いた。



「ごめん。最初に声をかけたのは僕の方だし、僕にももちろん非はあるよ。
だけどさ、そーやって陰で人を苛めたり、突き飛ばして蔑むような人間、僕は一番嫌いなんだ。

悪いけど…僕にもう関わらないで欲しい」




「………っ…」



大きく開いた瞳孔。




あの七音から「関わらないで欲しい」と言われた。

七音はリーナに「可愛い」と何度も言ってくれてた。

暇があればいつでも遊んでくれて、好きな物も何でも買ってくれる。

どこにでも連れて行ってくれる。

どんな我が儘も何でも聞いてくれて…

リーナの事…一番大好きだったはずなのに。






腹の奥が煮えくり返る激しい苛立ち。



その矛先は。




目の前で汚い地面に座り込んだ冴えない女。





コイツのせいで…


コイツが、七音を変えてしまった。






許せない…





「アンタのせいで…」


腰が抜けてしまっている姿を見下ろした女性。

その殺気にエマは目を見開く。


「ッ…」

「アンタのせいで!七音がこうなってしまったのよ!!煤v



静かな夜に大声で怒鳴り、高いピンヒールを履いた足を持ち上げる。

彼女を踏みつけるつもりか。




許せない…



コイツはリーナから七音を奪った!




そんな成りでこんな調子に乗った真似を…!!




絶対に許せない!!!




振り下ろされる鋭いヒールに、かわす余裕もなくエマは目を閉じる。














「おい、ブス」











「…ッ」






既の所でピタリと止まる足。


聞こえてきた…今まで誰からも言われた事のない、彼女には縁のないその単語。



しかしそれは間違いなく、美空本人の口から出てきた言葉だった。



「今…なんて?」

「聞こえなかった?ブスって言ったんだよ」



大好きだった美空からの一言に、足を下ろす事さえ忘れて愕然とするその女性。



「彼女より君の方がよっぽどブスだよ。

そうやって平気で人を傷つけようとするなんて醜い真似。

その子は絶対にやらない」


「…………。」



刺激しないようゆっくりと近づき、腕を引っ張ってエマからリーナという女性を引き離す。



「…七音!なんて事言うの!?アンタ、芸能人でしょ!?こんな事言ってタダで済むと思ってんの!?」

「リーナちゃん。ごめんね」


美空は何故かこの場でもニヤリと笑う。


「な、何がおかしいのよ!?アンタなんかリーナが泣いてメディアに駆け込んだら、すぐにでも干されて晒し者になって、芸能界から追放…」


「ミヤ君、もーいいよ」

「…ッ!?」


ドキンと心臓が跳ね上がり、顔が真っ青に。

そして恐る恐るその方向を見た。


物陰からもうひとり、男性が出てきたのだ。

片手に携帯電話を握って。



「雨み…!?」

「申し訳ありませんが今の一部始終、全て動画で撮らせて頂きました。
貴方がその彼女を突き飛ばし、ヒールで踏みつけようとした場面も全て記録されています」


「ッ…!!?」


慌てて美空の体から離れる女性達。



「君達がメディアに駆け込むのは結構だけど…。そうされたら、代わりにこっちは今の動画を公開させてもらうよ」

「…!」

「自分達でもイジメって自覚してたみたいだし。
僕が君に酷い事言っちゃった場面も映ってるけど。動画を観ている側からすれば、大半がどちらの味方に付くかなんて考えなくても…わかるよね?」


「七音っ…!」


憎しみの鋭い目つきで睨み付けられても、美空はピクリとも反応しない。


「約束して、リーナちゃん。
もうこれ以上、この子に近づかないで。
それが守れるなら、今の動画は僕達の間だけに留めておくから」



「…………。」


歯ぎしりを起こしながら強く睨むが…


「…チッ。せっかくアンタは色気振りまいてりゃいいように利用出来るし。
自慢の対象にもなる都合のいい男だったのに」

「はは。そんな風に思われてたなんて(笑)」

「もうこんな美人いないんだからね。リーナを捨てた事、いつか必ず後悔しなさい」



ようやく諦めたのか。

女性はまるで男のような舌打ちをし

残りふたりの女性も引き連れて、ようやくその場を立ち去った。


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