……………


「さ、こちらです。長旅で疲れたでしょうし、飲み物でも飲みながらゆっくりしていってください」


多くの人が行き交うフロントを抜け、案内されたのは3階の応接室。

少しメタボ気味だが人柄の良さそうな事務所長に促され、3人はソファーに座った。

炎天下の中走りっぱなしだったせいで、このクーラーの効いた部屋は天国のように感じる。


「ウィンディラン本部の方にお会い出来るなんて光栄です。
情報共有やら研修やら難しい肩書きではありますが、バイクが好きな者同士楽しくお話しましょう」

「はい。ありがとうございます」


リッキーはにこりと笑い、ナイジェルは不器用な笑顔で軽く頭を下げる。

サラもそんなふたりを軽く横目で見た後に丁寧に頭を下げた。
















「それでですね、俺が社長の顔面に醤油をぶちまけてしまって…」


最初は割と真面目な話だったものの、徐々に内容は逸れ、途中から我々の社長の話に。


彼の伝説や失敗談。

果てには彼女が全然出来ないプライベートな話まで洗いざらい。

ここの事務所長もそれに食いついて、何度も大笑いしていた。

本人がこんな笑いのネタにされていると知ったらきっと怒…いや一緒になって笑っているだろうな、あの人なら。

もはやこれが仕事なのかどうかさえわからなくなってくる。


一時間程事務所長と長話をして(というか半分は世間話だったが)、予定の時間は過ぎてしまい対談時間は終了。



「ははは。楽しい時間はあっという間ですね」

「すみません、なんだか変な話ばかりしてしまって」

「とんでもない。彼のイメージが随分変わりましたよ。
まぁ電話で話す時も面白い人だとは感じてましたがね」



終わった後に所長は髭を触りながら立ち上がった。

どうやら建物の中を案内してくれるようだ。



「すみません、その前にお手洗いを借りてもいいですか?」

サラが問いかけると、軽く頷く返事が返ってくる。

「あぁ、構いませんよ。この廊下を歩いて突き当たりの左側にあります」

「ありがとうございます」

「あ、サラ。俺も行きます」










トイレを済ませ、手を洗うサラ。

大きくて立派な建物だし、トイレも綺麗に掃除されてるな。

芳香剤の香りもキツすぎずに良い。


水道はもちろん自動式だ。

洗った後にハンカチで手を拭いてトイレを出ると…



「あ、サラ」

「リッキー。待ってたの?」

「はい」


先に用を済ませたリッキーが、トイレ入口の前で待ってくれていた。

先に戻っててよかったのにと伝えたら「無意識に待ってました」なんてヘラヘラ笑っている。

純粋に優しい子なんだな。


先程の部屋へ戻るため廊下を歩いている途中、リッキーは彼女に声をかける。


「疲れてないですか?」

「大丈夫よ。疲れるも何も楽しくお喋りしてただけだからね」

「それもそうですね(笑)」


同じデザインの窓ガラスをいくつも通り過ぎ、前に進み続ける。


「次は中を見学した後に挨拶だったわね」

「はい。あ…話は変わりますが、今日予約しているホテルは料理が美味しいと評判らしいですよ。
ネットに書いてありました」

「そこまで調べたの?」

「はは。だってそういう楽しみがあった方が仕事頑張ろうって思えるじゃないですか。
今日は美味しいご飯を目標にお互い頑張りましょう」

「フフッ。そうね」



可愛い子。

リッキーはいつも気遣いが出来る子で、何より話しているとこんなに心が穏やかになる。

わざと作っている人の良さではなく、純粋に彼の人柄がきっとそうさせてくれるんだろうな。

最初は単に年下の後輩としか考えてなかったけど、お互いに様々な困難を乗り越えて、そして彼の本当の気持ちを知って、

私の中でこんなにも大切な存在へと変わっていった。


【後輩】


今はこんな言葉なんかじゃ到底表せない。

ふと空いている彼の左手を見た後に、前に視線を戻した。





「あ、サラ見てください」

「…っ」


過去の思い出に浸っていると、リッキーの足が止まり突然先を指差す。


待っていたナイジェルが、ここの関係者と資料を持って話をしているのだ。

滅多に見せない真面目な表情に、リッキーも珍しいと思ったのだろう。



「随分真剣に話してるみたいですね」

「珍しいわね」

「あぁしてると…ナイジェルって大人の男性って感じがしませんか?」

「…?」


隣を見上げると、自然と目が合ってしまう。


「普段はだらしないと言うと言い方悪いですが…良い意味で無気力って感じですが、たまにあんな顔をするじゃないですか。

本当は頭だって良いはずだし、仲間も大切にするし、時には誰にも真似出来ない大胆な行動をするし…

そんな所を見ると、俺はこの人には敵わないなとつくづく感じるんです」


「リッキー?」



彼の視線は尊敬と悔しさが混ざったような複雑な眼差し。

この子もこの子で、胸の内に秘めている感情があるのだろうか。



「はは、すみません、急に変な話しちゃって。ナイジェルはやっぱり俺の尊敬する格好良い大先輩って事です」

「ふふ。大先輩は認めるけど、尊敬とか格好良いは時と場合によるかもね」

「サラは辛口ですね」


リッキーの苦笑いに、わざと偉そうな笑みを浮かべた。



「ま、毎日あんな真面目に仕事に取り組んでたら私も尊敬してあげるかな」

「毎日あんななったら、俺は心配で病院に連れて行きます」

「うん、確かに」


- 771 -

*PREV  NEXT#


ページ: