14
ーーーーーーーー
二人で入ったのは、男でも入りやすいカフェだ。
少し照明も落としてあり、周りからも芸能人だと気づかれにくい。
食事も美味しいので、料理を作るのが得意ではない俺と雪之原さんはたまに二人でここへ来る。
俺はハンバーグセット、雪之原さんはパスタを注文して去っていく店員を見送ると…数秒沈黙の時間が流れた。
…き、気まずい。
彼とご飯に来て、こんなに気まずい食事は初めてだ。
「あの…件…すよね?」
「…。まぁね」
「…………。」
「ダメだったの?」
「いやっ…そういう訳じゃなくて」
その言葉を聞いて少し目を見開く雪之原さん。
「どういう事??」
「その………えっと…。
向こうも自分に好意はあってくれたみたいなんすけど…
んと……彼女……本当は、男性…だったんすよね」
「…………………………。」
ますますの沈黙が続く。
ヤバイ。雪之原さんも返答に困っている。
ちょ…何かっ……何か言っ……
「よっ………かった〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
「は!?」
なんとも安心した様子で、目の前の彼はテーブルに突っ伏した。
「ゆ、雪之原さん!?あのっ…聞いてました!?」
「もう!フラれちゃったのかと思ったじゃん!
僕のせいでキョウ君が失恋して、桟橋からバック転で飛び降りたらどうしようかと思った!」
「いや、そんなファンキーな飛び降り自殺なんてしないすけど!でも聞いてました!?相手、男性だったんすよ!?」
「うんうん、聞いてた」
そう言って笑いながら起き上がり、水を一気飲みする。
「そっか。男の子だったんだ〜。僕の情報網をかいくぐるなんて、凄いね、あの子!」
「や、感心してないで」
「そりゃあの外見なら、男にはさすがに見えないよね。完全に騙されたわ。親と祖父母の顔も知りたくなってきた」
「そこまでは詮索しないでください!一般人っすから!」
相手が男だと知って、雪之原さんは驚いてはいるもののマイナスのイメージは持たなかった様子。
少し意外だと感じた。
「いやね。並んで話してる君達を見てて、相手の子がキョウ君の事好きなのは100%わかってたんだよ」
「え…どっから見てたんすか…」
「だから絶対上手くいくと思ってたんだけど。誕生日さえナオ君が「お誕生日おめでとう〜」って言っても、床に倒れたまま血を吐いて全く動かないし」
「そんな事ありまし…つか、何ノンキに祝福してるんすか。血を吐いて倒れてるんすよね?もっと慌てふためいてくださいよ」
そう話している間に料理は運ばれ、目の前のパスタを食べ始めるも、俺はハンバーグにまだ手を付ける事が出来ない。
大好きなお肉なのに…
「俺…鈴ちゃんから初めて男性だって聞いた時は、それなりにショックだったんす」
「……。うん」
「でも今辛いのはその事じゃなくて…俺。咄嗟に彼女を拒否して…時間が欲しい…なんて言ってしまったんです」
「……。そうなんだ」
フォークを握るも…まだハンバーグには手をつけられない。
「その時のあの子の絶望した顔が忘れられなくて…っ…
あんなに大好きだったのに…俺のせいで…傷つけてしまって…
今までも同じような事が何回もあったと思うんす。でも……俺の一言でトドメをさしてしまったような気がして…」
「うん」
「結局俺は同性の恋愛を、世間から良い顔をしたくて認めつつも、いざ自分がその立場になったら…
自分が男性を愛せるのか、世の中からの目が気になって…ほんとにその一瞬だけなんす。鈴ちゃんを…突き放してしまった…」
「うん」
「そんな自分が…情けなくて…悲しくて…。
俺のせいで鈴ちゃんはきっと深く傷ついた…もう合わせる顔なんてない…。
なんて…バカな事を言ったんだろうって…
今じゃもう、俺はどうしたいのか…自分の気持ちがわからなくなってしまって…」
「そっか」
雪之原さんは手を止めて真剣に俺の泣き言を聞いてくれている。
ずっとずっと頭の中で考えていた事。
それをいざ言葉にすると涙が溢れてしまって…
「あら?日晴君と雪之原君?」
「…っ?」
俺が丁度泣きべそをかいている途中、ふと横から話しかけられて咄嗟に顔を拭いた。
「あっ、ああ…。歌子さん」
思わず雪之原が立ち上がる。
テーブルの横に立っている背の高い女性は、我々のマネージャーの奥さん。
五十嵐 歌子(イガラシ ウタコ)さんだ。
丁度友人と夕食を食べに来た所、たまたま俺達を見かけたようだ。
俺が泣いている事には気づいていなかったようで、驚いて少し気まずそうな顔をする。
「…っ。ごめんなさい、お邪魔だった?」
「あ…いいんす。すみません…恥ずかしい所を見せてしまって」
慌てて頭を下げる。
でも彼女に突然話しかけられて、溢れていた気持ちが少しだけ冷静になった。
「そう。ごめんね、空気も読まないで」
「本当に大丈夫っす!歌子さんも…ここにいらっしゃるんすね」
「たまにね。うちの旦那帰ってこない日もよくあるし、しょっちゅう家で一人の食事は寂しくて」
「五十嵐さんにはいつもお世話になってるけど、申し訳ないくらい忙しそうですからねぇ」
雪之原も笑って返事をする。
とそこで彼女は思い出したように日晴の顔を見た。
「そうだ、私、日晴君にお礼を言わなきゃいけなかった」
「お礼??何かしましたっけ?」
「私と旦那との結婚記念日のお花!あれ日晴君が用意してくれたんですってね!本人から聞いてビックリしたの」
「…っ」
ーーーーーーーー
響介、代わりにフラワーアレンジメントでも買っといてやったらどうだ?
ーーーーーーーー
あ…あの花か…。
「とっても綺麗なお花のアレンジメントだったから旦那のセンスで選んでない事はすぐにわかったんだけど、日晴君が忙しい中準備してくれたのよね。どうもありがとう!」
「いっ…いえ、正式には俺も選んだわけじゃないので。お花屋さんが包んでくれたんす」
「ふふ。それでも嬉しかったわ。
あんなに綺麗で繊細にまとめられてて、嬉しくてつい花言葉なんて柄にもなく検索しちゃったんだけど、どれも愛情いっぱいの言葉で…」
「………」
「きっと顔も見られないのに渡す相手の事を考えて、気づかれもしないのにそういう気遣いをして選んでくれて。
心がとっても綺麗な人がデザインしてくれたんだろうなって…そう思ったの」
「……。そうっ…すか」
黙って立ち尽くす日晴の顔を、眉を下げて優しい目で見る雪之原。
「忙しいのに私達のために用意してくれてありがとうね。もしそのお花屋さんにも機会があれば伝えておいて」
「…わかりました」
「うん。じゃ二人共、お食事楽しんでね。
真琴の事も、よろしくね」
頭を下げ、去っていく彼女の背中を見ながら席に着き直す。
「凄いねぇ。藤原さん」
「……っ」
「顔も見た事もない人をあんなに笑顔にさせるなんて、僕達音楽アーティストと同じだよ」
「…。」
「渡す相手の事を真剣に考えて、その人の笑った顔を思い浮かべながら花を選んで。
目には見えない細かい心遣いも忘れず、そしてその気持ちはちゃんと相手に伝わってる。それって誰でも出来る事じゃないよね」
「…はい。鈴ちゃんの…人柄なんだと思うんす。それは実際近くで見てきた俺が…一番わかります」
………。
「キョウ君、さっきさ、自分の本当の気持ちがわからないって言ってたじゃん?」
「…っ。は…い」
「じゃぁ、これを食べ終わったら。
少し冷静になって家に帰ってみれば?」
「はい?何言ってるんすか。家には毎日帰ってますよ」
「いいから。落ち着いて、玄関の扉を開けて電気をつけるの。
わかった?」
「……っ。わかったっす」
何の事だかよくわからないが、とりあえず頷いておく。
冷めちゃうよと促され、俺は出されたハンバーグをようやく食べ始めた。
- 802 -
*PREV NEXT#
ページ: