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……………
「レース終わりーッ!早く片付けてリッキーとイチャイチャしないと!」
「イチャイチャする前に、今日はお前が食事当番だろ。手抜くなよ」
「わかってるよ!ノビータ!」
「ジムだ。ノビータってなんだ、のび太みたいで嫌だ」
先程まで大歓声が溢れていた会場も、レースが終了したこの6人しかいない瞬間は驚く程静かでやたらと広く感じる。
ビッキーがバイクを引きながら全力で走り出して、それをお世話係りのジムが追いかける光景は見慣れた景色だ。
「あ!今日はサラちゃんが後片づけと砂をならす当番だよね」
「あぁ…そうね」
レースが終わった後は、6台ものバイクが走り回った事もあり、スタンドの砂がぐちゃぐちゃになっているもの。
これをレース後にある程度ならす仕事が、この当番だ。
ちなみに後片付け当番は、この後の夕食の食器の後片付けなども行わなければならない。
…正直、だるい順番。
「まぁ、僕の為にも頑張りたまえ」
「アンタの食べ方がもっと綺麗だったら苦労は半減すんのよ」
ボビーを雑に扱って、サラはナイジェルの方をチラッと見た。
少しだけ目が合い、そしてお互いの視線が離れる。
私達は付き合っている事を周りに隠していた。
あんなにも愛し合っているのに、誰ひとりとして私達の関係を知る者はいない。
ナイジェルは人前では笑いを取る為に、私にちょっかいを出し続けてくるけど
皆「昔からだ」と、冗談だと信じて疑わない。
誰も知らないふたりだけの秘密。
バイクを倉庫へ仕舞い、当番の私ひとりが残って5人は先に部屋へ戻ろうと出口へ向かう。
「じゃ、頼んだぞ。サラ」
「えぇ。20分程度よ。すぐ終わるわ」
「そうだな。じゃ、ビッキーがとっておきの料理を作って待ってるからな」
「特に期待はしてないけど、塩分は控えめでお願いね」
ジムの「行くぞ」という言葉と同時に、5人は背を向けて歩き始める。
サラも倉庫へ戻り、レーキという砂をならす道具を取り出した。
その時だった。
「サラ!」
「…?」
ひとりの男が彼女の名前を呼んだ。
彼は透き通るような細いグレーの髪を揺らしながら、こちらへ戻ってくる。
「リッキー?忘れ物?」
「あ…はい」
慌ててこの場所へ帰ってきたのはひとりの後輩。
赤のライダースーツを着たリッキーだ。
「バイクの鍵を抜いた後にどこかに落としちゃったみたいで。見ませんでした?」
「見てないけ……あっ」
すぐに落ちている蛇キーホルダー付きの鍵が目に入った。
それは彼も同じだったみたいで…
「あ!あった。よかったぁ」
大事そうにその鍵を拾い、ポケットに仕舞う。
「よかったわね。気をつけなさいよ。貴方この間も落としてたわよね?その蛇の鍵」
「ここに入れてるつもりなんですけどね。あはは(笑)」
相変わらず、ぽやんとしてるというか。
彼はバイクの才能は突出しているのに、変な所で抜けちゃってる天然系。
まぁ、歳もまだ幼いし、そこが可愛い所でもあるんだけど。
「サラ。よかったら片付け手伝いましょうか?」
「え?」
リッキーは私の持っている道具を見て言っている。
「大丈夫よ。リッキーだって忙しいでしょ?」
「遠慮しなくていいですよ」
「でも…」
「一緒にやればすぐ終わりますし。やりましょ!」
ニコッと笑って、彼は倉庫からもう一本レーキを持ってきた。
実力はこのメンバーの中でも上位、若いながらも「天才」と呼ばれている逸材。
そんな彼だけど、性格は温厚でさっきも言った通り天然気味の、どこにでもいる普通の男の子。
礼儀正しくて先輩思いの、よく出来た後輩だ。
こうやっていつも周りに気を遣ってくれる。
返事も聞かずに土をならす作業を始める彼の横顔を見て、なんとなく笑みがこぼれた。
・
・
・
走り慣れた坂道やカーブ、長々と続くストレートの道をひたすら平らにしていく単純作業。
子どもの頃の体育の授業をなんとなく思い出しながら、私達は任された仕事をコツコツとこなしていく。
「よし。これくらいでいいかな?」
そしてようやくバイクでめちゃくちゃにされたスタンドの土が、ある程度ならされた凸凹のない道へと整備された。
残りの仕上げは明日業者の人が行ってくれるので、大体の作業はお終いだ。
ふたりは倉庫の入り口に集合し、最後に自分達が仕上げたレース会場を見回した。
「お疲れ様です」
「ありがとう、リッキー。おかげで早く終わったわ」
普段は20分程かかる作業も、ふたりで行ったので10分で終了した。
先輩の役に立てた事が嬉しかったのか、彼は頬を染めてまた女の子みたいに笑う。
「いえ、とんでもないです」
「ふふ、照れちゃって。じゃ戻りましょう。ジュースでも奢ってあげるから」
「本当ですか!?俺、今凄くコーヒー牛乳が飲みたいです」
「はいはい」
まるでお姉さんと弟のような光景。
可愛い弟と笑い合いながら彼女は倉庫の扉を閉め、揃ってスタンドを後にする。
この時までは、全く想像もしていなかった。
これからどんな事態が自分に待ち受けているのか。
そして隣にいる彼との関係も
あんなにも大きく変わってしまうなんて。
今、この瞬間までは。
誰も知らない。
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