……………

出張からの帰り道。

ナイジェルはトラックの事故に巻き込まれ、命さえ助かったものの


私達の存在、自分の存在、ここがどこで、何をしていたのか…


全ての記憶が跡形もなく消えてしまっていた。


体も全治半年の重傷。


もはやバイクを続ける事さえ周りからは危ぶまれていた。





……………


「ナイジェル!来たぞ!」

「あ。こんにちは…」


あの事故から一ヵ月。

私達はレースの一時中止を決定し、ナイジェルのお見舞いの為、毎日病院へ足を運んでいた。


「ははっ!あのナイジェルが『こんにちは』だってー!笑える!」

「え?おかしかったですか?」

「おかしくないですよ。ただ、貴方が言ったら不自然に聞こえるだけです」


ビッキーもリッキーも笑顔で病衣の彼に話しかける。


あの事故があってから、私達は随分落ち込んだ。

血の燃えたぎるバイクスタンドも、並んでご飯を食べるキッチンも、皆で仲良く雑談をしていたメインルームも。

どこにいても前のナイジェルの姿が思い出されてしまい、自然と会話は途絶える。

そんな時、リーダーのジムが何度も何度も私達に同じ言葉を繰り返した。


「俺達は6人でひとつ」


ナイジェルの穴を埋める事なんて他人には絶対に出来るわけがないのだ。


とにかく彼が記憶を取り戻し、このチームへ戻ってくる事だけを願い、今日も病院へ足を運んでいた。


そして、その中でひとつだけあるルールを決めたのだ。


それは「絶対にナイジェルの前では笑う事」


悲しい顔をしていたって彼に不安を与えるだけ。

笑っていれば彼の気持ちも解れ、前のリラックスした感情から何か思い出すかもしれないと思ったから。

それが今、私達に出来る精一杯の協力だった。







「ま、そういうナイジェルが見れるのも面白いだろ。さて…じゃ、今日もリハビリをやるか」


テレビ横に置いてある花瓶に花を活けた後、ジムは専用のリハビリ器具を取り出す。


少しずつではあるが、彼の体の調子は前の状態に戻りつつあった。

元々体を鍛えていた事もあり、一般人と比べて自然治癒が早いとお医者さんも言っていた。


この調子で彼の記憶も戻ってくれればいいのだが。



サラは俯き、ジムが活けた名前も知らない水色の花を見つめた。

周りの仲間達が積極的にリハビリを手伝ったり話しかけたりするが、

彼女は未だに彼とどこか距離を置いていた。



ナイジェルは私の顔を見ても何も反応を示さない。


きっとそれは…前の愛し合っていた関係さえも忘れてしまったから。


私はこんなに覚えているのに。

一方的に忘れられてしまった。


私はまだこんなに愛しているのに。

まだこんなに抱き締めて欲しいのに。


今の彼と接すると、嫌でも辛い現実を突き付けられてしまう。

それが怖くて、今の貴方には触れられなかった。





「サラ!おい、サラ!」

「……っ…?」

「どうした?ボーっとして」

「ご、ごめんなさい。ちょっと考え事してて」


話しかけてきたジムは、不思議そうに首を傾げる。


「大丈夫か?…まぁいい。そこのテープを取ってナイジェルの足に巻いてくれないか?俺が足を上げとくから」


「あぁ…わかったわ」


棚の上に置いてあった医療テープを手に取り、そして座っているナイジェルの前にしゃがむ。


「よろしくお願いします」


貴方はそう言った。

まるで赤の他人への言葉遣い。

私は手の中でテープを強く握る。



「…えぇ」



受け入れたくない現実。


だから私は…貴方に冷たくしてしまう。


まだ…好きだから。


テーピングを行う時も、私は何も言葉をかけてあげられなかった。


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