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……………


このウィンディランという建物。

ここは予想以上に素晴らしい場所だった。

まずその広さ。

バイクレース場を完備しているスタンドだけでも凄いというのに、オートロック式の扉の数々やセキュリティーの高さ、食事スペース、共有浴場も揃っている。


掃除や料理などは当番制みたいだが、何ひとつ不自由なく暮らせそうな空間だ。

こんな所に住んでいた俺は一体…

そして一番驚いたのが、なんと言ってもここ。



ビッキー「じゃーん☆」


「ウッ…!」


思わず眉間にシワが寄ってしまった。

そう、ここは以前俺が生活していた個人の部屋。

そのあまりの汚さに受けた衝撃は、この先一生忘れないだろう。


一体、何年掃除をしていないのか。

脱ぎっぱなしの衣類、汚れた壁。ゴミは散乱。ペットみたいなクモが我が物顔でウロウロ。

今まで見てきた部屋が綺麗な部屋ばかりだったからか、余計にそう思ってしまった。


「ビックリしたでしょ!?このインパクトで全部思い出しちゃうかと思ったんだけど!」

「いやっ…インパクトありすぎて、今までの部屋の記憶が全部吹っ飛びました…」


何も覚えてないじゃん!と、ビッキーは結構強い力で突っ込みを入れた。

まぁ確かにこの部屋は毎度私が来る度に片付けてあげたけど、結局すぐこの状態に戻っていたからな…。

サラはひとり心の中で呟いていた。








メインルーム、休憩室、バルコニーなど他にも色々な場所を案内。

なんと言っても衝撃的だったのは自分の部屋だが、とりあえず一通り建物内を案内し、

そして最後に大きなバイクスタンド会場へ戻ってきた。



「どうだ?ぐるっと一周回ってみたけど、何か思い出せそうか?」

「いえ…」


脳に様々な刺激を受けて、若干疲れた様子のナイジェル。

申し訳なさそうに下を見る彼に、ジムは眉を下げて笑った。


「そうか。まぁ、心配するな!そのうちふとした拍子に思い出すかもしれないしな」



仲間達はコクリと頷いた。

そうだ。

焦る必要はない。

これから時間をかけてゆっくり思い出していけばいいだけの話だ。

それぞれがそう自分達に言い聞かせていた。


「よし。じゃ、お前も疲れただろ。そろそろ戻って晩飯にし…」



「あの…」


ジムの言葉を引き止めたのは、ナイジェル本人だった。

この場所へ連れて来られて自分からほとんど発言をしなかった彼が、初めて仲間達を呼び止めたのだ。




「ん?どうした?」


「えっと…バイクに乗せてくれませんか?」


「えっ?」



全員がナイジェルの顔を見た。


これで事故を起こし、大怪我をした事は確かに伝えたはず。


それなのにこんなに早くこの話題を切り出してくるなんて、全く想像もしていなかったから。


「…乗りたいのか?」

「はい。乗ってみたら何か思い出すんじゃないかと思って」

「大丈夫?まだ無理しなくていいよ!」


「大丈夫です。軽く回ってみるだけなので。
それに早く前の生活を思い出したいんです。皆さんの為にも俺自身の為にも」


「………ッ…」






ナイジェルの熱意にリーダーのジムが折れ、車庫の中から彼が以前乗っていた黄色のバイクを運んできた。

事故の際、バイクは大きく破損しており、もはや修理の余地がなかったため

前のものと全く同じように作ってもらった特注品だ。

送られてきた後にテスト走行をしてみたが、エンジンやブレーキ機能にも異常は確認されなかった。


そんな自分の子どものように愛用していたバイクを、ナイジェルの元に返してやる。



「これが…」


彼は若干興奮した表情で、それを隅々まで見てみる。

モーターバイクの複雑な構造に興味津々のようだ。


「あんまりスピードは出さなくていいからな。乗ってみろ」

「はい」


ジムに背中を押され、とりあえず跨ってみる。



「………。」


何も覚えていないのに、何故か落ち着くというか…妙に懐かしい気がする。

不思議な気分だ。



「一周回ってみたらどうですか?」


リッキーからヘルメットを渡される。

そのままエンジンをかけ、タイヤは土煙を舞き散らしながら回りだす。


ブオオオオオッ!


平坦な道を一周回ってみる。

時速30キロくらいか。

かなりゆっくりのスピードで。


「上手いじゃないか、ナイジェル」

「すごーい!初めて乗る人はそんな簡単に乗りこなせないんだよ!」

悪くない走りを見て戻ってきた彼に声をかけるが…


「…もう少し、走ってもいいですか?」

「え?」


再び走り出した黄色のバイク。

彼は平坦な道だけでは物足りないと感じたのか、そのままコース内に入り始めた。


「ちょっと、ナイジェル!?」

「待って、ビッキー!」


止めに入ろうとした彼女だが、思わず横にいたリッキーが腕を掴む。

そして5人は目の前の光景に目を奪われた。


凸凹な走りにくい道。

複雑なジグザグ道。

ジャンプ台に急カーブ。

スピードも先ほどよりかなり早い。


誰が教えたわけでもないのに、彼はそんな道をバイクで次々と走り抜ける。

その動きは事故以前の彼の姿と重なり、まるで昔の走りをビデオ再生しているようだ。



「凄い…」

サラの口から思わず漏れてしまう。


毎日のようにバイクに乗っていた彼。

恐らく脳みそから記憶が吹っ飛んでも、体に染み付いたそのテクニックは彼の中から消えたりしなかったのだろう。

走っている姿を見て、少しだけ希望が持てた気がした。


やはり彼はナイジェル・ヨークだ。


この技術は誰にも真似出来ない。


ちょっと物忘れをしてしまった程度で、この人間は他の人間に変わってしまったわけではないのだ。



とりあえずコースを一周回り終え、ナイジェルは息を切らしながらヘルメットを外した。



「俺っ…」

「凄い!凄いよ、ナイジェル!これなら練習すれば、元のレースに復帰出来るかも!」


見ていた仲間達が興奮気味に周りに集まってくる。


「俺が、レースに…?」

「あぁ!今までのお前と何も変わらない!
一緒にバイク乗って、飯食って、くだらない話をして…前と全く同じ生活に戻れるんだ!」


「………っ…」


嬉しそうに話すジム。

そしてその仲間達。


喜んでもらえた嬉しさの反面、

正直、心の内は不安だった。


俺は前の生活に戻っても…何も知らない。


何も覚えていない。


そんな俺がこのままこの状態でやっていけるのか。


バイクに乗れた感覚には興奮を覚えたが、この先の生活に大きな不安を拭えずにはいられなかった。

騒ぐ仲間の声に、そっとヘルメットを外す。

そして教わってもいないのに、自然と手はバイクのエンジンを切っていた。

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