12
……………
あの日から8ヶ月が過ぎた。
事故から約一年。
ナイジェルはジムやリッキーの手助けのもと毎日バイクトレーニングを行い、そして念願のレース復帰を果たしていた。
怪我からの復帰とあってか、彼の帰りを待っていたおば様方のファンは揃って紫の衣装を着用して応援。
ボビーまで紫色の全身タイツで走り出し「紛らわしいからやめろ」と理事長に叱られたらしい。
安全運転を重視している為か、スピードターボが売りのナイジェルのバイクスタイルから派手さはなくなったが、怪我をする事はほとんどなくなった。
周りの仲間達も事故当初は記憶を無くしてしまった事を悔やんでいたが、それも時間が経つにつれ「今のナイジェルでも悪くない」という感情が芽生えてきていた。
仕事も真面目にこなすし、家事なども積極的に名乗り出る。
紳士的で優しい性格になったのだし、プラスに考えが変わっていってもおかしくはない。
前の記憶が未だに思い出せない、その事実以外は何ひとつ不自由なく生活をしているようだった。
トントン
しかしそれでもまだ、彼の記憶が戻らない事実を諦められない人物がいた。
ガチャン。
「……っ…サラ…」
隣の部屋の金髪の女性が立っていた。
「ナイジェル、はいこれ。メインルームに忘れていったでしょ?」
「あ…ありがとうございます」
彼女の手に握られていたハンドタオルを受け取る。
入院していた時に病院から貰った物だ。
「気をつけてね」
「はい」
「………。じゃ」
サラは初めの頃に比べて、よく話しかけてくれるようになった。
俺もそこまで嫌われていなかったという事か。
それは嬉しかったが、まだ俺と話す時の彼女の顔はどことなく切なさが残っている。
なんだろう。
この喉に異物がつっかえるような気持ちは。
……………
「はぁ…」
ため息をつき、階段を下りる。
こんな事をしたって意味もない事はわかりきっている。
ナイジェルもここの環境に慣れつつあるし、周りもそれを自然と受け入れてきている。
取り残されているのは私だけ。
未だに彼に、昔の自分を思い出して欲しいと思っている。
もう、そんな考えさえ古いのかな。
私はあの頃のナイジェルに…また会いたいだけなのに。
深夜の12時。
それぞれが個室に入り、自分の部屋で過ごしたり眠っている為、メインルームに誰もいない事はわかっていた。
「…っ…」
電気?
キッチンのドアから光が漏れている。
これは照明がついている証拠。
こんな時間に誰が?
サラは階段を下りた後、すぐにノブを掴んだ。
ガチャン…
「あ、サラ」
「何してるの?」
「見てわかりませんか?プリンを食べてるんですよ」
リッキーが冷蔵庫に買い溜めしていた焼きプリンを食べていた。
既に3個、空のカップが置いてある。
「え…?今食べてるの?」
「お腹減ったから。空腹を満たそうと思って」
「プリンで空腹は満たされないでしょ」
「満たされますよ。サラも食べますか?」
「いや。遠慮しとく」
「美味しいのに。ふぅ…ごちそうさま」
ついに4個目も食べ終わり、空になったカップを洗い始めるリッキー。
「夜中にお菓子食べてたら太るわよ(笑)」
「そうですか?俺は結構食べてますけどね。あんまり食べるとジムが怒るから」
「怒られる程食べて、よくそんな痩せてるわね」
「動くとお腹空くんですよ」
洗い物をしながら無邪気に笑う後輩。
これが若さってやつか。
水を止め、リッキーはカップを重ねてゴミ箱に入れる。
普通はそのまま捨てる所をちゃんと洗って捨てる所を見ると、彼の育ちの良さがわかった。
「サラは?」
「え?」
「こんな時間に何をしてるんですか?」
「………。」
一瞬、戸惑った様子の彼女。
理由なんてなかったから。何をしてる?と訊かれても答えなんてあるはずがない。
「別に。ただフラフラしてただけ」
「………。」
リッキーは笑みを浮かべたままこちらを見ている。
「ねぇ、サラ」
「何?」
「明日おやすみでしょ?これからどこかドライブに行きません?」
「は?今から?」
現在は深夜の12時過ぎ。
冗談かと思ったが、彼はそれ以降言葉を続けなかった。
「なんで?」
「俺が貴方とふたりきりで出かけたいと思ったから」
「……ッ…///」
まるでドラマのような台詞に、柄にもなく彼女の頬が赤く染まる。
「っていうのは格好つけた冗談で(笑)最近、サラ疲れてるみたいだから。久しぶりに気分転換でもしませんか?」
「別に疲れてなんかないわよ。それにもうこんな時間だし」
「夜の方が道路が空いてて走りやすいですよ。それとも、俺と出かけるのは嫌ですか?」
「嫌ってわけじゃないけど…」
・
・
・
数分後、私達はバイク倉庫に足を運んでいた。
「少し走るだけよ?」
「大丈夫ですよ。変な事はしないですから」
リッキーの誘いについに折れ、少しの時間だけふたりで夜道を走る事にした。
外へ出ると真っ暗の空に星が点々と輝いて、昼間より大分静か。
「涼しい」
「でしょ?案外夜に走ると気持ちいものですよ」
たまにひとりで走りに行っているのかな。
リッキーは幼く人懐っこい性格に見えて、意外と行動が大人だったり、ひとりの時間も大切にしているみたいだから。
言葉を続けて、お互いにヘルメットを被り合う。
「じゃ、俺が先に走りますから後ろから付いて来てくださいね」
「わかった」
エンジンをかけ、彼は夜の道をバイクで走り出した。
私が思い悩んでる事、何か感じ取って誘ってくれたのかもしれない。
そんな事を考えながら、サラも彼の後ろを走り出す。
街灯が並ぶ夜の道路。
周りには車一台走っていない。
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