13


……………


ふたりでツーリングに出かけて一時間は走った気がする。

リッキーが回るのは行きつけの繁華街や皆でよく来る公園など、見慣れた場所ばかり。

しかしどこもこんな真夜中に来るのは初めてで、なんとなく景色が新鮮に感じられた。

最後に理事長宅からの帰り道、よく通る河原でバイクを止めた。

エンジン音が消え、辺りは一層静かになる。



「はぁ…。サラ、疲れましたね」

「私は大丈夫よ」

「さすがです」


ふたりはヘルメットを外し、バイクを降りた。

流れるのは大きな川。

コオロギの鳴き声。

水に映る月。

夜の涼しい香り。

静かに流れる川と綺麗な夜空がマッチして、よく来る場所なのにとても神秘的に見えた。


「綺麗…」

「でしょ?ちょっと休憩しましょ」


「ふぅ」と大きな息を吐いて、リッキーは草原に座り込んだ。




「どうして、いきなり私を誘ってくれたの?」

「はは。訊かれると思ってましたよ」


サラも隣に座り、笑って川を眺めている後輩の顔を見る。



「自分が一番わかってるでしょ?」

「…ナイジェルの事?」


肯定するような余裕な顔。


「サラ、彼の事でまだ悩んでるみたいでしたし、少し無理してるみたいだったから。本当に気分転換でどこかへ連れて行こうかなって思っただけです」

「…大丈夫よ。私も皆と同じ。少しずつ、今の彼にも慣れてきてるし、別に無理なんか…」










「俺が何も知らないと思ってるんですか?」








「ッ…」






少し大人びた口調のその言葉に、ドクンと心臓が大きく動く。






「貴方とナイジェル…付き合ってたでしょ?」


「…えっ」


咄嗟に目を向けると、視線がぶつかり合って慌てて逸らした。



「そんなわけないでしょ」

「ごまかしても無駄ですよ」

「だからっ…」


言葉を続けようとしたが、彼の顔が全てを知っているとわかってそれをやめた。



「なんで…知ってるの?」

「俺はすぐ隣の部屋ですよ。隠していても、夜中に部屋の扉を開け閉めしている音くらいは聞こえます。
頻繁にお互いの部屋を出入りしてたみたいでしたし、それにナイジェルが記憶を無くしてからはそれがパッタリなくなりましたし…多分そうだったんだろうなって思ってました」

「もしかしてそれ、他の仲間にも…」

「言ってないですよ。俺以外のメンバーは多分誰も気づいていません」

「そう。よかった」


リッキーはいつもみたいに優しく笑う。

何も考えてなさそうにヘラヘラしてるのに…私達の関係に気づいてたんだ。

それが意外だった。


「だから、私がまだナイジェルの事引きずってるって思ったの?」

「違うんですか?」

「違わない…かな…」


少しの間。

彼女は軽く笑い、小さく膝を抱えた。


「サラ…」

「だって…あんまりでしょ。私はこんなに今でも彼の事を愛してるのに…あの人は私の事…一方的に忘れて。

毎日眠れない程悩んで、なんとか思い出してもらおうと努力しても

あの人の記憶は戻らない。

私にとってはあの人が全てだったのに、忘れられてしまった今、どうしたらいいのかわからないのよ」


それは途中から涙声に変わっていた。

きっとこの事を一年間誰にも相談出来ず、ずっとひとりで悩んでいたんだろう。

その思いがふいに溢れてきたんだと思う。


「ごめんなさい。リッキーにこんな話しても…彼は何も変わらないのにね」


鼻を啜り、涙ぐんだ目で顔を見た。


「ありがとう。ひとりでもわかってくれる人がいて…少しだけ安心した。今日、誘ってくれた事も嬉しかった」


背景の星が彼女の寂しい気持ちをより一層深く表現している。

それでも彼女はナイジェルを愛し、これからもひとり彼の背中を追い続けるんだ。

この女性はまだこの先、何度ひとりで涙を流し続けるのだろう。

待っている先がハッピーエンドとは限らない。

辛い現実が待っているかもしれない。

それなのに…







「サラ…。真面目な話をしていいですか」


「……?」



彼の顔は真剣だった。



もう、これ以上は隣で黙って見ていられない。




「ナイジェルの記憶は…この先ずっと戻らない可能性もあります」


「………ッ…」


彼の言葉に瞳孔が開く。


「もしかしたらの話です。現に記憶喪失になって、記憶が戻らないまま何十年も生きている人はたくさんいます。ナイジェルだって、それは例外じゃないんです」

「嫌、聞きたくない」


深刻な表情で耳を塞ぐ。


「サラッ…」

「やめて…。どうしてそういう事言うの…」

「聞いてくださいっ…」

「嫌!」


頬を抑えられ、視線を無理に顔に向けられる。


「ありえない話ではないんです!最悪、そういう事態も考えられるんです。そしたら貴方はどうするつもりなんですか!?」


「……ッ…」


あのリッキーの優しい声が、若干強い男性の声に変わっている。


「過去の恋愛を引きずって、自分の事を忘れてしまった人をいつまでも想い続けて年を取るつもりですか!?貴方の将来の幸せがなくなってしまうのかもしれないんですよ!?」

「離して…」

「サラッ!」



強い力で肩を掴まれる。



「貴方は…このままでもいいんですか?」


「…………。」



彼女の目からは、小粒の涙が何粒か流れていた。

その涙の光に気づき、咄嗟に手を離す。


「…すみません」

「ううん」










夜の河原に沈黙が続いた。

風で揺れるお互いの髪。

そして次の言葉に、サラの薄ピンクの唇に目を奪われる。


「リッキーが…言いたい事もわかってる」

「…ッ…」

「でも……覚悟が出来ないの。いつまでも目を背けてたかった…」

「サラ…」


「『いつかは思い出すんじゃないか』って、ずっと待ってたら…いつの間にか一年も経ってた。

彼には全然変化がなくて。

このまま2年3年と…無駄な奇跡を願いながら生きていくんじゃないのかって…

自分が一番わかってるのに、目を背けたかったの」


「それだけ…忘れられないんですね。ナイジェルの事が」


「当たり前でしょ。何度忘れてしまおうと思っても…彼の顔や声が私の中から消えないっ…消えてくれないの…」


涙が止まらない。

今まで溜めていた涙が一気に溢れ出している。



「苦しいのっ…。もういっそ私だって全部忘れてしまいたいのに!あの人の影が消えなくて…っ…苦しくて…っ…」



目の前で泣きじゃくるサラ。

クールな彼女のこんな姿は、今まで数年共に過ごしていたのに見た事がない。


「サラ…」



手を重ねるとその手を強く握り返し、彼女は涙を流し続ける。


「リッキー…私…どうすればいいのっ…」


心も体も冷え切った彼女の体を優しく抱き寄せると、自分の胸の中で溢れ出す悲しみの声。

ようやく他人に助けを求めた。

やっと…我慢する事をやめてくれた。



「…ッ……」


涼しい風がそよぐ中、リッキーは強く彼女の体を抱き締めた。



「リッキー…ッ…ごめんなさい」

「…いえ。…すみません、変な事はしないって言ったのに」

「いい。少し…このままでいて…」



温かい…彼の体。


背中に手を回して頭を埋め、彼もそれを拒む事なく、優しく抱き締め返してくれる。


久しぶりに肌で感じる人の温もり。


いけない事だとわかっていても…ずっとこのままでいて欲しいと思ってしまっている私がいた。












「俺じゃダメですか?」



「………ッ…」



突然、耳に入ってきた言葉。


その言葉の解釈が出来なくて、ふと顔を上げた。



「どういう事…?」


「俺は…ナイジェルの代わりにはなれません。きっと貴方はこれからもずっと彼の事を想い続ける。でも…それでも俺は構いません」


「リッキー…」


「1番じゃなくていい。2番目でもいいです。だから…


今度は俺を愛してくれませんか?」



「……ッ…////」



突然の告白に頬が赤く染まる。



「俺は、ナイジェルと同じくらい貴方を愛せる自信があります。

彼を忘れろとは言いません。

でも、新しい道がある事にも気づいて欲しいんです。

前に進む為に、サラが…その苦しみから少しでも解放されるなら」



「…………。」



リッキーはゆっくり体を離す。


「答えはいつでも構いません。貴方がもし…ナイジェル以外の男と一緒になるのが嫌なら…俺は身を引きます」

「…………。」


黙り込んでしまう彼女。

サラは俯いたまま、彼の胸元におでこをあてた。


「サラ…?」

「今までずっと可愛い後輩だと思ってたのに…いつの間にそんな立派な事が言えるようになったのよ」

「……ッ…」



声はまだ涙声のまま。

そのまま彼の肩を両手で掴んだ。



「ありがとう。そこまで考えてくれてたなんて…嬉しい」

「………ッ…///」



顔を上げるとふたりの距離はかつてない程近かった。

間近で見える、青色と緑色のお互いの瞳。




「ひとつだけ…お願いがあるの」


「何ですか?」


「私の事…忘れないで。それだけでいい」


「…わかりました」


「あ、あと怪我もしないで」


「2つじゃないですか(笑)」


「ふふっ…。約束よ?」




人の気配のない川の流れるほとり。

隣同士に座っていた男女は、そのまま静かにキスを交わす。




「…ンッ……ちゅっ…」


「…チュパッ――……サラ…」



深く舌を絡めて、手をぎゅっと握り合う。



「はぁっ……」

「…ぁ……」


離れた唇。

彼の首に手を回して、サラは上目遣いで顔を見た。



「もう…今日は帰りたくない」

「いいんですか?」

「…うん。私も…彼の事…もう忘れてしまいたいから」

「………。」










……………










ふたりはそのまま本部へは帰らず、ホテルへ向かった。


サラにもう迷いはなくて。





ガチャン





「…ンッ」


部屋に入るなり、そのままもう一度キスをする。


「シャワーは…浴びますか?」

「いらない。このままして」

「いいですよっ…」



電気を消した後に抱きかかえられ、そのままベッドに寝かされて

再び深い口付け。


「…んっ…はぁっ…あっ…///」


甘いお菓子みたいにとろけそうな濃厚なキス。

そのまま首筋まで吸いつかれ、彼のグレーの髪が首にかかる。



「うっは…ァッ…////」


服をずらして胸元まで舐め、こちらに顔を向ける。


薄暗いライトに照らされ、こちらを見る顔が今まで見た事がないくらい色っぽい。

もう可愛い後輩なんかじゃない。

大人の男の顔。








「俺の事しか考えられないくらい、愛してあげますよ」



「リッキー……アッ…はっ…!」






リッキーは、そこから長い時間

ナイジェルの存在さえ忘れてしまう程、

深く私を愛した。







…ギシッ!ギシッ!ギシッ!



「ふぁっ…あっ!あっ!あっ!…リッ…ンゥッ///…ちゅっ…」



ナイジェル以外の男に抱かれ


ナイジェル以外の男の体が私を満たしてゆく。


この瞬間だけは、罪悪感を感じなかった。



「ハァッ…!ハァッ…!あっ…サラッ…」

「リッキーッ…///…アンッ…はぁっ!……熱いっ…///凄く…ふぁっ!あぁ…」



…ギシッ!ギシッ!…ガチャンッ!



ベッドが軋む音。

久々に味わう男性の味。

ねっとりと擦り合う肌。


激しく何度も続く彼との行為に体が壊れてしまいそうだったが、それでも私達はやめられなかった。

そのくらい、私は後輩の彼に心惹かれていた。

ずっと…可愛い弟みたいだと思っていたリッキー。


でも彼はいつの間にか、そうじゃなくなってたみたい。



「サラッ…大好きですよ…」



甘く囁かれる言葉の意味は、子どもの口にする「大好き」ではない。

彼は私を女として愛し、そして男として私を欲していた。


「リッキ…ッ…///…くっ…」


私達は先輩後輩という一線を越えてしまっている。


もう…私も我慢出来ない。



「…ンッちゅっ…!はぁっ…アァッ!ダメっ…リッキー!…またぁっ…」

「欲しいでしょッ…はぁっ…。イキますよッ…」

「アッ!……んぁっ!ぁっ///欲しいッ……来てっ…ぁ…///お願いッ…!」



ズチャッ―!ズチャッ―!ズチャッ!!



液音が混ざり合って、彼はまた私に愛を送る。

そして再び強く私を抱き締めて…







夜は嫌いだった。


ひとりベッドに潜ると、何度も「あの人」が頭の中に蘇って涙が止まらなかったから。


でもこの夜だけは、その苦しみから解放された。


あの重い鎖から。


本当に何も考えられなかったの。


今、目の前にいる貴方の事以外は。



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