14
……………
翌朝。
別件で用事があるらしいリッキーとホテルを出てから一旦別れ、私だけが先にウィンディラン本部へ戻る事になった。
事故を起こさないよう入念に言われたが、目覚めた朝にまで体を求めてきた男が言えた台詞か。
まぁ、それを拒まなかった私にも責任はあるが。
ナイジェルが記憶を無くしてから一年以上男性との関係を持たず、久しぶりだったからかなんだか体が本調子ではない。
バイクを安全運転で走らせるのも一苦労だ。
ようやくウィンディラン本部に到着し、バイクを降りる。
仲間に見つかったら何を追求されるかわからないので裏口から入ろうかと思ったが、腕時計を見るとまだ朝の6時。
こんな早い時間には誰も起きていないだろうと踏んで、サラはいつも通り玄関から入る事にした。
ガチャン
「あ…」
「………?」
その予想は大ハズレだったようだ。
既にメインルームには、ひとり起きてソファーに腰掛けている人物がいたから。
「…お、おはよう」
「お帰りなさい。おはようございます」
ナイジェル。
彼がこんなに早起きしている姿など、今まで見た事がなかった。
いや…いつも私が起きた時にはメインルームにいるから、普段からこの時間に起きているのか。
それにしても…
「……………。」
「……………。」
気まずい。
こんな朝早くに隠れるように帰ってきたサラに、彼も若干困惑して下を向いている。
ナイジェルが私の朝帰りを出迎える日が来るなんて想像した事もなかった。
「お水、飲みますか?」
「あぁ、お願い」
気を利かせて彼はソファーから腰を上げ、水を汲みにキッチンへ向かう。
複雑な気持ちを隠しつつ、サラはふとナイジェルが腰掛けていたソファー前のテーブルに目をやった。
「これ…」
「あぁ…ジムに借りたんです。俺が事故に遭う前の写真」
そこには昔旅行に行った時の写真、ナイジェルが12連勝をした記録の写真、何気ない夕食時の写真。
まだ、何ひとつ記憶が欠けていない時の彼の姿がたくさんあった。
「どうして、これを?」
「決まってるじゃないですか。昔の記憶を思い出す為です」
「………っ…」
もう…半分諦めていたんだと思っていた。
生活にも十分慣れ、そして周りも何も言わなくなった今。
彼は事故から一年経った今でも…未だ過去の記憶を呼び戻そうとしている?
「はい。お水です。どうかしましたか?」
「……っ…なんでもない。ありがとう」
複雑な気持ちのまま水を受け取る。
私は…貴方を諦め、そして忘れようと他の男に抱かれた。
なのにまだ何も思い出していない彼は、未だに諦めずに努力を続けている。
「…サラ?」
彼女は一気に水を飲み干した。
その勢いにナイジェルは呆然としている。
彼が口を半開きにしている間に、コップの中の水はすっからかんになってしまった。
「…ふぅ」
小さくため息をつく彼女。
なんだかいつもと様子が違う。
何かが吹っ切れたような。
「ナイジェルは…優しい人だった」
「…ッ?」
空になったコップを彼に渡すや否や、彼女は小さく口を開いた。
「いつもだらしなくて、無気力で何考えてんのかわからなくて。でも、他人には全然嫌われる事なんてなかった。むしろ慕われてたくらい」
「慕われてた?」
「まぁ、根っからの悪い人じゃなかったし、肝心な所では私達を一番に守ってくれる人だった。ニヒルのくせに他人を放っておけない性格だったのよ」
一年間、一緒に暮らして
初めてサラが昔の俺の事を語り出した。
「サラは…俺の事を嫌いではなかったんですか?」
「何言ってるの。好きだったわよ。あ、仲間としてね。だからナイジェルが事故に遭って記憶を無くして…随分途方に暮れて何も考えられなくなったわ」
そうだったのか。
一番心配していた謎が解けて、ナイジェルは心の底からホッとした。
「そうだったんですね。よかった…」
「よかった?」
「俺、貴方に嫌われてると思っていました」
……ッ…
言葉に詰まるサラ。
「ごめんなさい。私が貴方を避けていたから。受け入れられなかったの。この現実が」
「いいんです。それがわかっただけで安心しました」
「ふふっ」
そして初めて、素の優しい笑った顔を見せてくれた。
とても綺麗だ。
「じゃ、私は部屋に戻るわね」
「はい。ありがとうございます」
「ありがとうございますって(笑)ナイジェルはそういう事簡単に言わないのよ」
彼女はそのまま軽く手を振ってメインルームを出た。
今までより大分イメージが違ったな。
何かあったのだろうか。
そう思いながら、写真の中の一枚、俺と彼女のふたりで写っている写真を手に取り見つめた。
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