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……………


リッキーと付き合い始めて3ヵ月が経っていた。

普段は甘えたで癒し系だけど、たまに男っぽくなったり時には頼りになる彼。

私は本気で彼の事を愛していた。

そして、そんな彼も最初の頃より強く深く今の私を愛してくれている。

体も心も。


そしていつの間にか、ナイジェルの存在が私の中で薄れてきている事に気づいた。


それは多分、もっと大切な人が出来たから。


リッキーの存在は、私にナイジェルという過去の人を忘れさせてくれた。


私はもう後ろを振り返らない。


そう、心に決めていた。






……………


「サラーっ!お疲れ様!」

レース終了後、背中に飛び付いてきたのは今日も元気いっぱいのビッキーだ。


「痛い」

「今日は気合い入ってたねー!レースも一番だったし!明日お休みだから?」

「まぁね。痛いから降りなさい」


子どもの彼女を背中から降ろし、頭を数回撫でた。


「どうしたの?なんか嬉しそうだね」

「別に」

「変なの。…あっ!リッキー!!」


いきなり叫んだかと思えば、ビッキーは私の相手をやめ、すぐさま大好きな男の元へすっ飛んでいった。

押し潰されるリッキーの姿を見てクスクス笑う。


そう。明日は休日。

レース終了後、私は彼の部屋に行く約束をしていた。

もちろんこんな事、誰にも言えないけど…


小娘にぎゅうぎゅうにひねり潰される姿を見て、そして車庫へバイクを仕舞いに向かった。





ギギギギ…



「………ッ…」



重いスライド式の扉を開けている途中、ふと手の力が止まった。


こんな真っ暗な車庫の中で誰か…背を向けて立っている。


紫色のスーツに黒のパンツ。

ナイジェルだった。


しかし扉を開ける音が響いたのにもかかわらず、彼は背中を向けたままこちらの存在に気づかない。



「ナイジェル?」

「…………。」

「ナイジェル?」

「あっ!あ…すいません!」


ようやく気がついた彼はこちらを見た。

こんな所で一体何をしているのだろうと思ったら、その左手には携帯電話が握られていた。

その画面の中には、またも昔の自分の姿が…

バイクを仕舞った後、ひとりでこれを眺めていたのか。



「また思い出そうとしてたの?」

「はい。やっぱり…でも、どうしても思い出せなくて」

「そう」


小さく声を漏らし、サラはバイクを所定の場所に置く。


「ナイジェルは元々考えたりとか、そういう頭を使う事が苦手だったのよ。そんなに無理して思い出そうとしても」









「俺は…何か一番大切な事を…思い出せていない気がします」

「ッ…」



思わず耳を疑い瞳孔が微かに開いた。

そんな言葉、誰も予想していない。



「どういう事?」

「わかりません。ただ…胸の中にぽっかり穴が空いたような。俺の大事な心臓部分がないみたいな。

事故から目が覚めた時から、ずっと感じていた違和感なんです。

俺の中でバイクが25%、仲間達との生活が25%だとすると…残りの50%。そんな大きな俺の何かを…

忘れたままのような気がするんです」


「…………。」



無意識にサラはバイクの鍵を強く握り締めた。

彼は言葉を続ける。


「それが、なんなのかは…まだわかりません。もしかしたら俺の勘違いかもしれないし、そんなもの存在しないのかも。
だけど…どうしてもそれがずっと気になって。胸の中がモヤモヤする。だから俺は過去の記憶を思い出したいんです」


言葉が出なかった。

ナイジェルはもしかして…私のいなくなってしまった穴に気づいている?






「サラ。お願いがあります」

「何?」

「俺…過去の事を思い出したいんです。もし、貴方が迷惑じゃなければ…俺に思い入れがありそうな場所とか…そういう所に連れて行ってくれませんか?」

「えっ…」

「無理にとは言いません。時間があればでいいです」



どうして…それを私にお願いするの?

そんなの他の人でもいいじゃない…

抑えていた色んな思いが再び込み上げ、小刻みに手が震える。


彼の視線は事故の前にはほとんど見せた事のなかった、真剣な熱いまなざし。


そんな顔されたら…


「ダメ…ですか?」

「…わかった」




こう、答えるしかないじゃない。

サラが一度頷くと、彼は安心した表情を見せる。

「よかった。ありがとうございます」

「…………。」



断れるわけがない。

事故で記憶を無くしてから、初めての彼からのお願い。


でも、これでもし…ナイジェルが昔の自分を思い出してしまったら…











私はどうすればいいの?






























サラッ…?


―サラ!



「………ッ…!」


「どうしたんですか?」



彼の部屋のベッド。

リッキーの胸の中で、私はようやく自我を取り戻した。


「…あ、ごめんなさい。なんだっけ?」

「明日の予定の話をしてたじゃないですか。そしたら急に黙り込んじゃって」

「ごめん。ボーっとしてた」

「疲れちゃいました?3回もやったから」

「誰かさんがやたらベタベタくっついてくるしね」

「ははっ」


リッキーは幸せそうに私の体を抱き寄せた。

着痩せしているので普段はヒョロヒョロに見えるけど、やはりスポーツマン。

脱げばある程度筋肉が付いている胸板に身を寄せた。



いくつか言葉を交わした後、棚の上にある電気スタンドの灯りを消し、ふたりはそのまま眠りについた。


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