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……………

約束をした日から数日が経過し、カレンダーは赤表示の日曜日を指していた。

ナイジェルは普段よりも少しだけ良い服を着て、鏡の前に立ってみた。


この部屋に初めて来て、部屋の汚さに驚いた事は言うまでもないが、クローゼットを開けるとまた更に驚いた事をよく覚えている。


何着か外出用の洒落た衣類はあるものの、8割が部屋着だ。

動きやすさを重視していたのか。

センスはまだ悪くないが。


その中で一番良さそうな黒のジャケットを羽織ってみた。

やはりこれがしっくりくるな。


今日は思い入れの深い場所を、サラに案内してもらう約束をしていた日。

仲間とは言っても一応女性だから、キチッとした服装で行かなければならない。

…と思う。


今日をきっかけにまた落ち込んでしまうかもしれないが、それも覚悟の上だ。

何も思い出せなくたって構わない。

その風景を見るという事が、今日の課題なのだから。



大丈夫。


普通にドライブ感覚で行けばいい。



「ふぅ…」


鏡の前で小さく息を吐いて部屋を出る。

彼女と待ち合わせしているのは、メインルーム自販機の前だ。





「あ、ナイジェル」

「…ッ」


階段を下りる途中、反対側から登ってきた男性と目が合った。

男は大きな目をパチッと広げて、ナイジェルの格好を見る。


「今日はなんかキチッとしてますね。お出かけですか?」


質問をしてきたリッキーは、対照的に部屋着に近い服装。

今日は休みで予定も入っていないのだろう。


階段を上がってきて、彼はナイジェルの前…階段の2段下で止まった。


「あぁ、はい。気分転換にドライブに…」

「ドライブですか!いいですね、天気も晴れてますし♪」


出会った当初から思っていたが、彼の笑った顔はまるで女性のようだ。

普段も綺麗な顔立ちだが、笑うとその印象が際立つ。

ウチのチームでも一番人気があるというし…世に言う「イケメン」という部類か。




「じゃ、楽しんできてくださいね♪」

「あぁ、ありがとうございます」


リッキーはそのまま軽く頭を下げ、軽い足取りで階段を駆け上がった。






*****


…で、どうなんですか?


ん?


明日。お休みでしょ?


俺、ふたりでこうやってゆっくり過ごしてたいんですけど。




薄暗い部屋。


温かいベッドの中。


抱き締めていた彼女の睫毛が小刻みに震えていた事が、この時すぐにわかった。




―…ごめんなさい。明日は用事が入ってるの。


―そうなんですか。


あ。もしかして他の男性と浮気なんかじゃないですよね?


――ははっ。そんなわけないでしょ?




笑った彼女の顔は…いつもとは少し違う、偽りの笑顔。




残念ですね。

じゃぁ明日はひとり寂しく部屋の隅で泣いてます。

大袈裟なのよ、馬鹿。



俺はそっと、眠りにつく為にスタンドの電気を右手で消した。



*****








「………。」


リッキーが階段を駆け上がる姿をナイジェルは特に気にする様子もなく見送り、そしてサラが待つメインルームへ向かった。





















「ナイジェル、おはよう」

「おはようございます」

「時間ピッタリね。今までのナイジェルじゃ考えられないわ」


彼女は既に自販機の前に立って待っていた。

時計を見ると10時丁度。

約束時間丁度に来る事は、俺にとって珍しい行動らしい。


「準備はいい?今日は結構走るわよ」

「大丈夫です。昨日たくさん寝たから」

「ははっ。その言葉は貴方らしいと言えばらしいわね」



謙虚に笑うナイジェルを見て、表面上は笑顔を見せたが心の奥はズキズキと酷く痛んでいた。



今日はナイジェルが無くしてしまった思い出の場所を巡るだけ。



しかしそれをする事によって、彼の記憶が戻り

私は窮地に立たされてしまうかもしれない。

正直、ナイジェルには過去の事を思い出してもらいたい。

でもリッキーは傷つけたくない。

私って…本当に我が儘で自分勝手。



「じゃ…行きましょう」


わかっていても彼の願いを断る事なんて出来なくて、私は背中を向けて玄関へ歩き出した。



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