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……………
『では次のニュースです。次回の議員総選挙について、立候補者の中でも特に注目を集めている、ボロン・T・マサラーニャ・キモス氏について…』
「…………。」
テレビ画面左上の時刻は20時15分。
そろそろ行った方がいいか。
プチンッ
音を立て、テレビの電源が消される。
携帯を開き、もう一度彼のメールを読み返そうとしたが…
「…………。」
なんとなく怖くてそれを閉じた。
そして私は内容の通り、右隣の彼の部屋に向かう。
扉を叩く前の…妙な胸騒ぎ。
こんなに近くにいるのに、わざわざメールで呼び出すなんて。
その行動があまりに不可解で、何かあるとしか考えられなかった。
コンコン
ガチャン
「サラ、来てくれたんですね」
2回程扉を叩くと、待っていたのかすぐ彼は中から出てきた。
表情は普段の可愛い顔。
だけどその姿の向こう。
部屋の中がいつもより随分散らかっている気がした。
「いきなりメールしてすみません」
「ううん。どうかした?」
「中でお話がしたいんです。入ってください」
彼に言われるまま中に入るが、何故か玄関で足を止められた。
「どうしたの?今日なんか変じゃない?」
「いえ…。すぐに終わりますので、ここでいいんです」
やっぱり今日の彼…何かがおかしい。
いや。ビッキーが言っていた通り、ずっと前からおかしかったのか。
最近の私は仕事に没頭していた。
そのため彼と触れ合う機会が少なくなって、それに気づいてあげられなかったのかもしれない。
しかしそれと同時に、ナイジェルとも会っていない。
私が本調子に戻る為に休んでいる事も、多分ジムから聞いているはずなのに。
「リッキー?」
「…………。」
「どうしたの?」
彼はスッと一枚取り出した。
「…………ッ…」
背筋が凍りつく。
え…?
あの時の写真…!?
ナイジェルと私が映っている…私の部屋のベッドでの写真。
なんでリッキーが…!?
完全に彼女は言葉を失い、表情が真っ青に。
「これはこの間サラがここに遊びに来てくれた時、落としていったものですよね?もしかして…置いていったものですか?」
「ち…違うっ!!」
咄嗟に否定の言葉が出る。
それは違う。嘘はない。
「リッキー、違うの…。これは、昔の写真で」
「スマホの待ち受けが3年前の日付なので、まだ貴方がナイジェルと付き合っていた頃の物だとはわかっています」
「……っ…」
「どうして…この写真を持っていたのですか」
「それは…」
しかし何も言い返せない。
ベッドの下からその写真が出てきた夜。
私は偶然にもその日、ナイジェルに想いを打ち明けられた。
私の中にはあの瞬間、過去の人への愛しい想いが再び込み上げてきて…
手に握ったこの写真も、捨てられるはずがなかった。
持っておくだけ。
ただ一枚…手元に持っておくだけなら許される。
そんな浅はかな感情が芽生え、私はそれをゴミ箱ではなく財布の中に入れた。
その甘い私の行動が自らの首を絞める事になったのだ。
私は大した注意も払う事なくいつも通りに持ち物を持って、リッキーの部屋へプリンを食べに向かった。
携帯。そして…財布。
気づかぬ間にその写真は財布から抜け落ち、彼女が帰った後に気づいたリッキーがそれを拾いあげた。
愛しい自分の恋人と、昔の男の写真。
彼女はその後、仕事に集中する為か写真を落としている事にさえ気がつかなかった。
残っていたのは、リッキーの手に握られている写真と
彼の暗く重い感情のみ。
部屋は静かな空気が包み込み、何分間もその沈黙は続いた。
「はぁ…」
リッキーが漏らしたのは、ひとつのため息。
それは、もう何もかも全て終わってしまったと悟った深いため息だった。
「リッ…」
「行けばいいじゃないですか」
「え…」
「もう…ずっと前からわかってます。貴方が俺じゃなくて、この人を見ている事くらい」
この人というのは、写真に映っているまだ記憶も戻っていないナイジェルの事。
「リッキー、私は…」
「早く行ってください!また強引に引き止められたいんですか!?」
「………ッ…」
強い声だが彼の目は泳いで唇が震えている。
本当は行って欲しくないって事…顔に書いてあるのに。
「ごめんなさい…」
「…ッ…サラ…」
「ごめんなさい」というのは恐らく、「貴方を裏切ってごめんなさい」という意味の言葉。
もう…現実を受け入れるしかなかった。
どんな言葉を伝え、どう足掻いても…
俺にはもう無理だ。
覚悟を決めた。
「最後に…」
「……ッ…」
「最後に一回だけ…キスをさせてください。それだけで…俺はもう充分です…」
「…………。」
小さく頷くと、唇に微かに触れるだけの優しいキスをされた。
柔らかく優しい笑みを浮かべるリッキーに似合った、最後の口付け。
それが別れの合図だった。
「行ってください。俺の事は…もう全部忘れていいから」
「…………。」
恋人になった日に貴方に渡した私の部屋の合い鍵。
彼はその合い鍵を、そっと私の手に握らせる。
そしてそれと同時に少しシワの付いてしまった、私とナイジェルの写真も。
「早く」
「……ッ……
ありがとうっ…
リッキー…」
ガチャンッ!!
彼女は俺の手から離れ、部屋を飛び出した。
唇…いや、体全体がどうしようもなく小刻みに震えている。
本当は…凄く凄く悔しい。
悔しくて…泣き叫びたいくらいたまらなく悔しい。
また無理やり引き止めて、俺のものにしてしまいたいと何度も思った。
しかし出来なかった。
彼女はもう…俺を愛していない。
その前に…俺のせいでまた悲しい顔に戻ってしまうだなんて真っ平ごめんだ。
そんなの、こっちが堪えられない。
これでよかったんだ。
これで。
壁に背中を預け、リッキーは力尽きるようにズルズルと散らかった床に座り込んだ。
その先に見えるリビング。
ゴミとゴミの間に置いてあった彼の携帯の画面に表示されていたのは、
彼女が作ってくれたケチャップの煮込みハンバーグ。
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