29
……………
ナイジェルッ…
ナイジェル…!
私はリッキーから背中を押され、何も覚えていない彼の部屋へ急いだ。
操られているみたいに足が動く。
会いたいっ…
一秒でも早く会って…
全部
伝えたい。
ゴンゴンッ!
「ナイジェル!」
ゴンゴンッ!
扉を叩くと、何も知らない彼がノブをひねって出てきた。
「サラ?どうしたの?」
「ナイジェルッ…」
言葉が出ない。
ただ…貴方の顔を見てるだけで、こんなに胸がいっぱいに。
「サラ…?」
彼女の目が…潤んでいる?
「泣いてるの……ッ…!」
質問が途切れ、彼女はそのまま彼の胸に飛び込んだ。
「……………。」
ガチャン…
ゆっくりと扉が閉まる。
リビングからのテレビの音と、その部屋からの光だけが入る玄関。
「…ッ」
「ナイジェル…。私…貴方の事が好き…」
「サラ…それはもういいよ。気持ちだけで充分嬉しい。大丈夫。俺はひとりでもやって…」
「違うっ!違うの!!」
彼女の気迫に彼は呆然としている。
伝えたい…
伝えたいっ…
少し離れたサラは手を差し出し、手の中のグチャグチャな一枚の写真を渡した。
「……ッ…!」
リッキーから受け取った、あのベッドの中から出てきた貴方との写真。
その瞬間、ナイジェルの瞳孔が大きく開く。
「これ…」
「貴方…前に言ってたでしょ。残りの50%が思い出せないって」
「…………。」
「それ…多分…私の事だと思う」
「えっ…」
*****
「 ただ…ただ…胸の中にぽっかり穴が空いたような。俺の大事な心臓部分がないみたいな。
事故から目が覚めた時から、ずっと感じていた違和感なんです。
俺の中でバイクが25%、仲間達との生活が25%だとすると…残りの50%。そんな大きな俺の何かを…
忘れたままのような気がするんです」
「それが、なんなのかは…まだわかりません。もしかしたら俺の勘違いかもしれないし、そんなもの存在しないのかも。
だけど…どうしてもそれがずっと気になって。胸の中がモヤモヤする。だから俺は過去の記憶を思い出したいんです」
*****
確かにそれは、ずっと前から自分が感じていた違和感。
しかしその答えが「君」という事は…
「私達…付き合ってたの。周りに気づかれない所で…深く愛し合ってた」
「……ッ…」
ナイジェルの瞳が揺れている。
彼の心臓の鼓動が聞こえてきそうだ。
伝えたかった、本当の事実。
やっと…貴方に言えた。
「ひとりには気づかれてたみたいだけど。他の周りは多分この事を誰も知らない。嫌…だった?」
あまりに突然の告白に、彼は呆然と固まっている。
「それは…本当?」
「こんな所で嘘つくわけないでしょ。貴方と撮った写真も…貴方から貰ったメールも…貴方がくれたプレゼントも…結局…何も捨てられなかった」
サラの声が徐々に涙声に変わると、そっと何かが自分の背中を温めた。
「…………ッ…」
貴方の手。
「ナイジェルッ…」
彼は無言で、サラの体を強く抱き締めた。
「嬉しいっ…。ずっと…そうだったらよかったのにと思ってた。本当なんだよね…これは…」
私の手から取った写真を抱き締めながら見つめている。
その手は微かに震えていて…
「今まで黙ってて…ごめんなさい」
「いいんだ。俺も…今まで思い出せなくて、本当にごめん」
ようやく…自分の心臓部分を取り戻した、体の中が満ちる感覚。
俺が無くしていた一番大切な存在。
ゆっくり体を離し、お互いの顔を見た。
「でも、サラ…他に付き合ってる男性は?」
「それも、貴方に話しておきたいの」
「待って。テレビを消してくる」
「いいの。このまま聞いて」
覚悟を決め、彼の袖を強く握る。
「私…貴方が記憶を無くして…貴方の事を忘れようと違う男性に逃げた。貴方を裏切って…その人に何度も何度も抱かれて」
「…………。」
「でも…心のどこかで貴方を忘れられなくて。結局、愛してくれてたその人とも別れちゃった。
本当…純粋にひとりの人を待つ事も出来なくて、別の人も傷つけて…自分勝手で最低だと思う。ごめんなさい。謝りたいの…貴方にも、その人にも」
彼は何も言わない。
ただ、私の目をじっと見ていた。
「わかった」
「………」
「ありがとう。全部話してくれて」
失望される事を覚悟で正直に打ち明けたが、彼は優しく微笑んでくれた。
その笑顔は昔の愛していたナイジェルとは程遠い。
それなのに…私は…
「全部…俺のせいだよ」
「ッ…」
「俺が記憶を無くさなければ、君にも寂しい思いをさせずに済んだし、その男性も悲しい別れをさせずに済んだ」
「ナイジェル…」
「だから…君はもう謝らなくていいよ。その人にも、それだけの気持ちがあれば大丈夫」
「…………。」
貴方の部屋の見慣れていた玄関。
サラはもう一度、彼の胸に頭を預けた。
「ナイジェルは…そんな優しい事、平気で言う人じゃなかったから」
「だろうね」
「なのに…私はやっぱり貴方が好きなの。もう貴方以外の男性を本気で愛せない…」
「サラ…」
「…………。」
頬を撫で髪を耳にかけて、こぼれた涙を指で掬われる。
「もう一度、スタートからやり直そう。俺達が一緒になった、最初の日まで」
「ナイッ…」
「愛してる。もう手放さないから」
全ての時間の感覚が…おかしくなってる。
私の時間はあの日と同じ。
貴方だけいればいいと思ってた。
最初は貴方が遊び半分に私を求めてきて
私も貴方の事、嫌いじゃなかったから受け入れた。
それが始まり。
何もなかった私の体が、
幾度も肌を重ね合い、
熱い感情をぶつけ
「貴方」に染められて
気がつけば、貴方なしでは生きられなくなった。
もう他の人なんて愛せない。
貴方だって、きっとそう。
私の事
もう手放せない程愛してるでしょ?
「ンッ…!」
深いキス。
お互い抱き締め合い、いつぶりか覚えてない程の…懐かしい口付け。
「…クチュッ…ちゅっ」
「…フッ///…ンッぅ!」
ドアに押し付けられ、腰や太ももを触り合いながら、何度もそれを繰り返す。
「嬉しいっ……はぁっ…
貴方にこうやってっ…また抱き締めてもらえる日が来るなんてっ…
もう……来ないかと思ってッ…あっ!…チュッ……んっ!」
唇を離し、顔の距離は近い。
「その日まで…戻るんでしょ?」
「ナイジェル…」
「教えてよ。俺達…どれだけ愛し合ってたのかを」
- 41 -
*PREV NEXT#
ページ: