図らずとも動き出すすべて






現職の刑事が二人も殺されたというニュースに、ふと安室のことが浮かんだ。

彼は素性を深く隠蔽しているが、本来は警察庁に所属する公安警察官だ。

そう簡単に正体がバレるとは思ってもいないが、もしもという可能性も捨てられなかった。

その不安を伝えるべきかと悩んでいると 電話が鳴り響いた。

誰だろうと思いながら受話器を取る。

『もしもし?』

≪「舞尋かい? 俺だけど」≫

『………おれおれ詐欺?』

≪「違うから。………まぁ、相手の名前を言わなかっただけ進歩したと言っておこうかな」≫

電話越しの相手に対して、舞尋は警戒心が薄いところがある。

そのことに沖矢や安室は、相手が名前を名乗るまでは誰かと言わないようにと言い聞かせていたのだ。

この様子だと大分よくなった方だなと思いながら、安室は改めて名乗った。

≪「零だけど。実は毛利先生から、白鳥刑事の妹さんの結婚祝いのパーティーに行かないかと誘われてね。コナンくんや蘭さんたちもいるとはいえ、俺一人だとつまらないだろうから君も誘ったらどうだと言われたんだ。
  それで、舞尋さえよければ一緒に来ないか?」≫

コナンや沖矢たち以外の安室の実態を知らない人たちには、安室と舞尋は従兄妹であるという設定があった。

その設定を本当だと信じている小五郎は そう思って舞尋も誘ったのだろう。

舞尋は安室の誘いに少しだけ考える。

あの刑事連続殺人事件以降、舞尋は沖矢にできるだけ外出は控えるようにと言われていた。

あれから数日経っているし、いい加減外に出たいという思いが募っていたのだ。

今日は沖矢は外出しており帰りは遅くなるとのことで、舞尋はその間ずっと一人だ。

安室と行動するなら大丈夫だろうと思い、舞尋は彼の誘いに頷いた。

その際に、できるだけ自分から離れないようにと言われたことは言うまでもないことであった。



白鳥の妹の結婚祝いの会場である米花サンプラザホテルに小五郎と蘭、コナンに園子、彼らに招待された安室と舞尋が訪れていた。

「しかし、なんだな……。白鳥の妹も間が悪いっていうか、何もこんな時に結婚披露パーティーしなくったって………」

「仕方ないじゃない。1ヶ月前に決まってたんだし、事件が起きたのも彼女のせいじゃないもの」

「それに結婚披露パーティーじゃなくて 結婚を祝う会だし、主催者は新郎新婦の友達だよ」

「事件が起こる前にはすでに決まっていましたし、今さら取り消すわけにもいかないですからね」

「わぁーってるよ!」

ホテルのフロントを通ってエレベーターに乗り込み、会場がある15階に向かう。

「ね! 新郎の春月さんってどんな人?」

「画家だって言ってたわ」

「頭に"売れない"が付くな」

「売れない画家かぁ……。こりゃ友人関係の男はあまり期待できないなぁ………」

安定の園子の発言に、蘭とコナン、安室と舞尋は苦笑いをする。

会場前の受付に着くと、小五郎は出席簿に名前を書いていく。

「相変わらずぶっきらぼうな字ね」

呆れたようにかけられた声に小五郎が振り返ると、小五郎の妻で 蘭の母親である英理がそこにいた。

「お母さん!」

「お前も呼ばれたのか………」

「えぇ。沙羅さんは弁護士の卵だから、その関係でね」

英理も出席簿に名前を書くが、小五郎とは別の欄に記帳していた。

それを後ろから覗き込んでいた園子は 英理の字に感嘆の声を上げる。

「わぁ! おば様、達筆!」

「(ったく……夫婦で別々に記帳するなよな………)」

一方で後ろから見ていたコナンは、小五郎と英理が別々に名前を記帳したことに呆れていた。

「お願いします」

「87番になります」

受付の従業員に荷物を預ける蘭を横目で見ていると、ふと 舞尋は会場前にある傘立てが目に入った。

何故かそこには傘が一本だけ立ててあったのだ。

「舞尋、どうしたんですか?」

『あ、ううん。なんで傘があるんだろうなって思って』

その様子に安室が声をかけると、舞尋は傘立てにある傘のことを話す。

「おそらく、前にこの会場を使っていた人の忘れ物ですよ」

『………ふぅん……』

「さぁ、行きましょうか」

安室にそのまま促されて 舞尋は傘立てから視線を外し、その場を離れて会場に入った。



会場内は華やかな雰囲気で賑わっていた。

「すごーい! たくさん来てる!」

「おっ、警部殿も来てるぞ」

辺りを見回していた小五郎が目暮を発見する。

しかしその様子は穏やかなものではないことが、傍目でも分かった。

明るい雰囲気の中に混ざった重い雰囲気を感じ取った舞尋は、思わず安室の後ろに隠れる。

彼女の頭を撫でて落ち着かせつつ、安室も会場の異様な雰囲気に僅かに表情を険しくさせた。

「警察関係者は一目でわかるわね。目つきが悪いし、重苦しい雰囲気だわ」

「無理もない。例の事件の捜査で、パーティーどころじゃねぇんだろ」

蘭はその中に佐藤と高木が話しているのを見つける。

「でも、佐藤刑事はいつも明るいわ」

「どう? 馬子にも衣装でしょ?」

「そ、そんなことないです! とてもお似合いです!!」

ドレスを自慢する佐藤といつもと違う彼女に惑う高木を見て、少しだけ心が落ち着いていくのを感じた。

警察関係者を見ていた小五郎は、小さく声を上げる。

「あ、小田切さんだ。ちょっと挨拶してくる」

小五郎はそう言うと、身なりを少し整えて二人の傍を離れていった。

一人の男性に挨拶をしているのを見た蘭は、英理に男性について訊ねる。

「誰?」

「小田切警視長。あのヘボ探偵が現役の頃は刑事課長で、今はたしか刑事部部長よ」

彼の姿を見た安室は僅かに人陰に隠れるように動いた。

警視庁の人間とはいえ、上にいる人物である。

管轄は違えど、それほどの地位の人間ならば 名前は知らずとも顔は見られている可能性は高い。

本職の顔であれば問題ないが、今は探偵としての顔であるためにバレてしまえばあらゆる面で不都合であった。

舞尋が軽く安室の袖を引っ張る。

彼女を見ると、言葉には出さずとも目でどうするかと聞いているのが分かった。

ひとまずは大丈夫だというように、安室は舞尋の頭を優しく撫でた。

その時 会場の照明が落とされ、司会にスポットライトが当たる。

《「皆様、お待たせいたしました。新郎新婦のご入場です。どうぞ、盛大な拍手でお迎えください」》

司会が手を向けた方から、スポットライトに当てられた新郎新婦が入ってきた。

「わぁ〜、素敵………!」

一同が拍手で二人を迎える中、ふと コナンと安室は一人の男の姿を捉えた。

拍手もせずにただ佇んで新郎新婦を見ていたが、すぐに逃げ去るように人混みの中に消えていった。

その様子に二人は首を傾げて、男が去った方を見ていた。



title by.サディスティックアップル様.
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