明けの明星

ピクリ、まるで俺の声に反応しているようだった。
ジッと見ていなければ絶対に見逃してしまいそうな指先だけが、小さくなっていく心臓の音に合わせて動いているかのようなそんな些細な動きだった。
それ以上に目についたのはその手には不釣り合いすぎる鎖で、大きいものを無理につけさせられたせいかその細い手首を痛々しく縛りつけられて皮膚を変色させていた。手首の肉が裂けたのか瘡蓋になりかけたようなそんな傷が鎖にすれて出来上がっている。
その縛り上げられた手首の血管が、まだ死にたくないと必死に血をおくっているその様を指先に伝えていた。

とくり、とくり…とくり
そう気が付いた時には、叫んでいた。


「…おい!大丈夫か!今医務室に…!」


運ぼうとして、触れようとして今度は躊躇ってしまった。
下手に動かしてしまっては鎖が食い込んでしまう。足の鎖はその肌をまだ傷つけていないようだが、手首と同じで十分に足にしっかり巻き付いていて自分のせいで血を流させてしまうのは嫌だった。
なんて自分は都合がいいんだろう。
この手首の血だって、こんなに冷え切ってしまった体温だって自分と同じ団服をまとった人間の仕業だっていうのに今更嫌だ、なんて思うとは。案外自分もまだ人間臭いらしい。


「のけ」


そう声がかけてきたのにも関わらずに俺が動くより先に刀を振り下ろしているユウには毎度ビックリさせられる。
うわぁ!と叫んだ悲鳴はこの空間にうるさいくらいに反響して、冷たい冷気をまとって鼓膜を攻撃してくるようだった。
ザン!とその鎖を一気に切り落としたユウにあまりに勢いがあったものだからこのほそっこい手首まで切り落としてしまったんじゃと冷や汗が出たがそんなヘマをするような奴ではやはりなかったらしい。足の鎖も綺麗に真っ二つにして、なにも言わずに背を向けて行ってしまう。

おーけー、ユウが報告で俺がこの子ね
特になにも言わなかったがそれくらいはわかる。
コツコツと足音を響かせて、それが遠くなっているのを聞きながら自分は今度こそ少女を背負うべく、そっと、それでも急いでその体を動かした。

今連れてってやるからな、ちょっと頑張れよ。
独り、自分の声だけが反響している。背負った体は恐ろしいほど冷たくて、一気に自分の体温が奪われていくのがわかった。冷たくて軽くて弱々しくて、こんなちっぽけな存在にすら怖がってこんなところに閉じ込めてしまうような、そんなこの時代が改めて嫌になった。

大丈夫さ、いまあったかいとこ行くからな。
ユウの話だと、恐らくこちらの言葉は通じない。
残念ながら日本語なんてマイナーな言語は学んでいなかったから、このあとすぐにでも習得してやろうとおもう、いい機会だ。たまにユウにレクチャーしてもらおう、うん、楽しそうだ。
そうやって関係ないことを考えている頭だったがまだ足りなかった。
考えたくないことまで考えてしまう、感じなくていいことまで感じてしまう。
その感覚に囚われてはだめだと分かっているのに、どうしても、こうやって関係ないことに頭を使おうとしたってだめだった。
まさに今自分に襲い掛かっているのは罪悪感だった。
背中からの冷たい温度に、それでも懸命に生きようと動いていた指先の心臓に、ドキリとさせられた。まるで今までのツケがここで全部回ってきたみたいなそんな感覚だった。
冷静に、何の感情移入も許されない。
そんな性をもっている自分の人生なのにこんなこと思ってはいけないのに。
それなのに心では何度も、何度も謝罪を繰り返してしまっていた。

ごめんな、あの時殴ったりして。
ごめんな、寒かったよな。
ごめんな、すぐに気が付いてやれなくて。

ずんずんと歩きながらも、立ち止まってしまいそうだった。
多分どこかでこの子が白だってことが分かってしまっているからだ、こんな風に思ってしまうのは。
誰だって分かっているはずだ、悪い奴って言うのは自分を偽るのが上手なやつで、あんなに真っ直ぐな目をユウにあの時向けていたような人間が、俺たちに害を与えるなんてきっとない。
このきっと、多分という曖昧な言葉のせいで死にかけているのにそう考えてしまう。
害を与えたのはこっちだ、俺たちだ。
コムイのことだからあんな場所につなぐなんて命令は出していないはず、だったらどうしてこんなことになった。
繋がれている時に見つけてしまった涙の後を無視できなかった俺は、ブックマンとして未熟すぎた。



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投稿日:2017/0428
  更新日:2017/0428