明けの明星

なんだか眩しく感じ、億劫だが瞼を持ち上げる。
持ち上げたつもりだったのにそれは閉じたままで、ピクリと震えただけだったがそれでもめげずにこじ開けるようにして瞼を開けた。
目を開けたその時に目についた光景に一瞬理解が追い付かず、ぼんやり眺めてしまう。
どこかに寝かされているようで床よりずっと柔らかかった。それになんだか暖かい。
そして知らない誰かが、私の制服に手をかけているのだと気が付いて、そこでやっと頭が覚醒したのが分かった。


「…!」


咄嗟に思ったことは嫌だという感情で、気が付いた時にはさっきまでの気だるさを無視して跳ね起きた。腕を振ってその人物から距離をとれるように手を振りはらい、後ろに後ずさろうとして失敗した。体が上手く動かなかったのだ。痛む訳ではないのに関節が古くなってしまったかのようにギシギシと軋んで動きがぎこちなくなる。警戒しながらジッと寝起きのせいでうっすら霞む視界を細めれば、恐らくだがナースのような恰好の女性が酷く驚いた顔で固まっているのが分かった。


「―――!!!、――!」


あまりにも驚いた顔に怪訝になっていた時、唐突にその人がなにかを叫びながら外に出ていった。この時初めて気が付いたがカーテンに仕切られているベッドにいるらしく、保健室のような雰囲気を感じて匂いをかげば、やはりあの独特な匂いがした。
こんなにも白色は目に沁みるような色だっただろうか、光彩が限界まで縮み、それでも侵入してくる光が神経を焼く様なそんな痛みを感じ、眉間にしわが寄るのが分かった。
それにしてもあの人は、私を脱がそうとしていたんだろうか。急所を晒すのに嫌悪を感じてあんな対応をしてしまったが、ベッドの横にある小さなテーブルに着替えらしきものを見つけてしまってそんなことを考えてしまう。
バチカンで一度、尻尾の根元に拘束具をつける際にこっぴどくやられたのを思い出してしまいぶるりと肩を揺らした。強く握られただけでも激痛が走る場所を天敵に晒すことは恐怖しか感じなかった。普段からも決して人目に出ないようにしているためか、敏感になっているという自覚はある。

でもやっぱりむりだ、他人に見られるのは嫌だ。
知らぬ間に手繰り寄せていたかけ布団をぎゅっと握りしめ、あれでよかったんだと自分に言い聞かせる。
そんなことを考えていると、突然目の前のカーテンがざっと動かされる。
そのことに本気で驚いてしまい、声が出てしまったがどうやら喉の調子が悪いのか思ったよりもずっとささやかな音しか出なかった。
後退すればギシリとベットが軋み、体のあちこちも同じように悲鳴を上げる。
それらを無視して限界まで後ずされば背中に金属の枠のようなものが触れてついに止まる。呼吸が荒く、視界が点滅する中でも目の前の敵をにらみつけるのはやめない。


「――――、――!」


「――!――…」


ぼやける視界で見れば表情こそ見えなかったがこちらに向かって何かを言っているのは雰囲気で伝わってきた。薄らとだがこちらに伸びている白い腕を認めて、もう下がれないのにも関わらず、背中を押し付ける様にして体を動かす。足がベットをすべる様にしてシーツをかき、その僅かな動作さえ激痛を伴い、反射的に強く瞼を閉じてしまう。
皮膚が引裂けて爛れてしまっているような熱さを覚えたのは両の手首で、ちらりと視界に入るのは眩しい白だった。それが包帯だと気が付いたのは右手首のそれから薄らと赤が滲みだしたのが見えたからだ。そこを反対の手で隠すようにして胸元に抱き留めて、未だになにか言っている敵を見据える。その時やっと己のテリトリーが侵されていることに気が付いた。真横から黒い腕がこちらに迫っていたのだ。


「っ!」


本当に咄嗟にその腕を払いのける。
バシリと重い音が骨から脳に響き手首に伝わる振動が酷く残ってどうしようもなく痛んだ。
痛い、痛い。そんな風に勝手に溢れてくる感情が煩わしくて、ないものの様にして無視して押し込める。奥歯を噛みしめて右手を左手で強く握ればどくどくと皮膚下の血液が脈を打っているのが分かった。どくりどくりと主張するその音に促されるようにその腕を辿ればハッキリとその持ち主の顔を見ることが出来た。驚いたような傷ついたような表情をした少女が、大きな目を更に見開いてこぼれそうなその目でしっかりと此方を向いていた。
つきりと、心のどこかが軋んだようなそんな音がして罪悪感に似た鈍い感情がぐるぐると吹き溜まるようにして己を襲ってくる。かなり、重たい音がしたのだ。痛かったはずだ。
それを証明するように目の前にある空を掴んだような白い手は、薄らと赤くなっている様に見えた。


「…ご、ごめ…」


勝手に口から洩れたのは謝罪の言葉で、そしてそれが伝わらない言葉だと思いだして結局は全ての言葉が音になることはなかった。昔、力加減の分からぬ兄がよく他人に怪我をさせて情けない顔で泣くのを耐えていたのを思い出し、こんな感情をもっていたのだろうかとそんなことをボンヤリと考えてしまい、また寂しいようなそんな気持ちが湧き上がる。


「――――、――」


そっと、彼女の後ろから白い腕が彼女を引き寄せる様にして肩にかけられるのを見て、体を強張らせた。眼鏡をかけた男性がなにか囁くようにして彼女に何か言い、今度はこちらに向けて何か言葉を発したが、恐らく途中で言葉をとぎって苦笑を向けられた。
彼がそのままの表情で横を向き、また言葉を紡ぐ。流暢なそれを聞き取ることはやはりできないので、つられる様にしてそちらに視線を向ければ黒い服の、あの時の白髪の彼と冴えるような赤髪の青年がその隻眼でこちらを見ていた。そのことにまた警戒してしまう、勝手に体を守るようにシーツを手繰り寄せれば困ったような顔をされてしまい、それでもどうしても強張った体は正直だった。それでもだんだんと呼吸が落ち着いてきて、ごくりと喉を鳴らせば乾ききっていたのか血の味がした。


 - return - 

投稿日:2017/0428
  更新日:2017/0428