明けの明星
どうしてこんなことになっているんだと誰かに問い詰めて責め立てたかった。けれどそれをしていけないのはラビの珍しく弱り切ってしまっている苦い笑顔やコムイさんの真剣な表情を見てしまえば躊躇われた。
たった今まで目の前のカーテンの向こうで治療をしていた医療班の男性が疲れ切ったようにして彼女の容体を説明しているがその声はどこか疲弊していると同時にそれこそ僕の気持ちを代弁するかのように非難の感情がちらちらと垣間見えるものだった。
「深刻なのは貧血と冷温に晒され続けた体温の回復ですが…なんとか持ち直してきてはいますが油断は許されません。それに加え極度に免疫が低下しています、恐らく栄養失調と過度な疲労からのものです。両手首足首に関してはもう少し発見が遅ければ…切り落とさなければならないところでした」
言外にどうしてこんな状態になるまでここに連れてこなかったんだと責める男は、それでもため息をついて落ちてきた前髪をかき上げながら、あとは目が覚めるかの問題ですと続けた。
「そ、んなに…」
コムイさんの真剣すぎる表情を横目に思わず声がでてしまったという風なラビを見やる。
バンダナに隠れてこちらからはその顔を見ることはできなかったが、彼女をここまで運んできたのは彼だという。コムイさんの走るスピードに焦れて彼を置いてここに一人たどり着いた時、医務室の外に座り込んでボンヤリと空を見つめる彼を見つけた時はかなり驚いた。まだ知り合ってから浅いというのもあるのだろうがどんな場面でもへらりと笑って流してしまうような彼が、こんな風にあからさまに考え込んでいる様など見たことがなかったのだ。
すぐにこちらに気が付いた彼はそんな表情など初めからなかったかのようにこちらによっ、と片手をあげてつらつらと状況を説明してくれたが、正直彼の方を心配してしまいそうになるほどその様子が目の裏に焼きついてしまって離れなかった。
それでもなんとなく、大丈夫ですか?とは聞けそうになくて、置いていったコムイさんが息を切らせて追いついてくるまで医務室の中に入ることが出来なかった。
「そうか…尽力、ありがとう」
途中から聞いていなかったらしい説明が終わってしまったらしくコムイさんがそういって頭を下げれば終始眉間に皺を寄せていた男も大きなため息を盛大に吐き出して、もうこりごりだからな、と肩を回しながら退室してしまった。それでもなんとなく許されたような気にさせられたのは彼の空気が柔らだのを感じ取れたからだ。
医師と入れ違うようにして医療班のナースが医務室に入ってくる。知っている顔だったので笑顔を浮かべて会釈をすれば両手に持っていた荷物に顔を隠すようにして挨拶を返してくれる。彼女はそのままカーテンの向こうに消えてしまう。その時にちらりと覗いた小さな白い手に巻かれた包帯を認めて心臓がつままれたようなそんな痛みを覚える。
同時にこんな時にも無意識に笑顔を張り付けられる自分に少し呆れを感じた。
「兄さん…!」
「リナリー!」
「アレン君も…私、今戻ってきて…」
医務室の戸をあわてたように開けたのは任務で出払っていたはずのリナリーで、その顔色は悪くそれこそ倒れてしまいそうな空気を孕んでいた。
普段は桜色の唇は乾燥のためなのかひび割れていて、色も不健康そうな土のような色だった。過労が強いのか目元も暗く落ち込み、本当に任務帰りでここに来たことが伺えた。
普段の彼女ならこんな様を人には見せまいとして任務終わりは特にしっかりと鏡を確認しているのに、この様子を見ればそんな余裕など全くなく知らせを聞いてここまで駆けつけたのが簡単に予想できた。
「お帰りリナリー、任務お疲れ様」
そんなリナリーを落ち着ける様に落ち着いた声で医務室に常備されている真っ白なシーツをそっと彼女の肩を包むようにしてかける。
どこから持ってきたのかいつの間にか持っていたカップを彼女に持たせて傍にあった椅子に座るように促しているのを見てついに苦笑してしまう。リナリーもされるがままに戸惑いながらカップの中身を傾けてやっと自分が仲間の前でかなり甘やかされているのを自覚したのか、困ったように、でもどこか嬉しそうに兄さんと窘める声を出した。
そして今度こそしっかりとした笑顔でただいま、と明るい声が聞けたところで己の神経がふっと緩んだのを感じた。やはりこの人にはこうやって笑っていてほしい。
「んで、リナリーは任務から帰ってリーバー班長にでも聞いてここにきたんか?」
「あら、ラビいたのね…」
「ヒドイ!!」
本当に驚いたというようにカップを持っていない方の手で口元を隠すリナリーに鳴きまねをし始めたラビに、普段通りの教団の空気を感じられて漂ってくる紅茶の匂いに肩の筋肉がほぐれるような気までしてきて、それでもきっと彼らもまだ無理をしているんだろうなというのを頭の片隅で思う。だってそうだろう、あの薄いカーテンの向こうには重傷で未だに意識を取り戻さない少女がいるのだ。
投稿日:2017/0428
更新日:2017/0428