明けの明星

どうやら医務室にあった紅茶とカップを勝手に使用していたらしいコムイさんが人数分のカップを用意し、僕らにまで座るように促してきたときには勝手にいいのかと思ってしまったがこの人はこれでもここのトップなんだと思い出し、なにも言わずにカップを手に取った。
ほんのりと香ってくる花のような匂いが精神を落ち着かせてくれるようなそんな気がするが残念ながらその花の名前までは分からない。手から伝わる暖かさに安心感を感じながらも、ラビがらしくなく静かなのが疑問に思えてカップを口につけながら表情を盗み見れば変わらずに笑顔だった。それが逆に不自然に思えてしまいジッと眺めていれば視線に気が付いたのか、ふと視線が絡む。一瞬、ん?と無言でからかうようにされたものだから、むっとしてしまうがそれでも黙って見つめていれば観念したように口を割った。


「いや、なんつーかさ…」


その時、ベットを仕切っていたカーテンが薄く開き、ナースがこちらに出てきた。
リナリーが来ていたことには会話で聞こえていたのだろう、お帰りなさいと彼女に一言笑いかけるナースにリナリーもただいま、と返して勝手にしてごめんなさいと紅茶を持ち上げた。
それにいいんですよと人のよさそうな笑顔で返して、ラビを一見したのち今度は意味ありげに微笑んで言葉を続けた。


「彼女の替えの服を用意してきますので、しばしここをお任せしてもよろしいでしょうか」


そのままこちらの返事を聞かずに出ていってしまった彼女に、あぁ、気を回されたんだなと苦い思いを感じてしまう。
あの少女を連れてきたのがラビだったからか、ナースもなにか思うところがあったのかもしれないがそれは彼女だけが知るところである。目の前にある病人服の詰まった箪笥を目の端に映しながらラビに無言で催促をすれば、堪らないとばかりに深いため息のあと女性の名前を口にした。
恐らくあのナースの名前なのだろが自分は聞き覚えのなかった名だったので、きちんと記憶しておいた。後でお礼を言わなければ。

そうして口を開いた彼のやけに歯切れの悪い言い方と困ったような表情に少し驚いたが続いた言葉にすべて納得してしまった。


「あの子は…あんなさみー牢屋にずっといたってのに…あんなちっさい体で…」


だからって今こうやって考えるのもよくねーってわかってんだけどな!と笑顔で締めくくった彼にリナリーもうつむいてしまう。


「そりゃもう背負ってる間にも冷え切っちまった体のせいで背中が冷たくて冷たくってさぁ…軽いのなんのって」


嫌になるさ、とポツリとこぼした言葉はきっと彼の本音なんだろう。
どうやら彼は今日、この出来事にそうとう参っているらしい。こんな彼、本当に見たことがない。医務室に入る前にも思ったがこの友人は普段、どこか周りに一線を引いて他人を踏み込ませないような不敵な笑みを浮かべているのに、ここまでその仮面のような笑みが剥がれ落ちてしまっているとは正直思っていなかった。ラビのことだから、逆にこちらが冷静で正しい彼の言葉に慰められるのでは、とどこかで思っていたのだ。
悔しいことにラビはこう見えても常に落ち着いているし、物事を判断して捕えることが上手く頼ってしまうことがあるのだとこんな時に自覚させられる。


「任務先で…」


うつむいてカップを覗き込んだまま話すリナリーの表情は見えないが、きっとその紅茶の水面には彼女が映り込んでいるのだろう。
両手でもったカップから立ち込める湯気もだいぶ少なくなっていたことから、少々温度が下がっているのであろうことはうかがえたがそれでも今のリナリーの手よりは暖かいだろう。


「任務先でイノセンスを回収したことと、あと半日あれば戻れることを報告した時に、聞いたの」


「…そんなに急いで帰ってきたんですね…」


そのことに驚いてしまいつい声に出してしまえば少しだけ照れたようなリナリーがだって心配で、と言葉を続けた。
しかしコムイさんとラビの二人はリナリーの言葉のどこかに思うところがあったようで難しいことを考えるような顔でそれぞれが思案し始めたのが分かった。


「リナリー、その報告誰からさ?」


「え…?化学班の……」


そこで不自然に言葉を区切り、リナリーまでもがジッと黙り込んで考え始めてしまう。
蚊帳の外にされたようなそんな気分になってそれを吹き飛ばすように紅茶を煽って、舌を火傷した。あつい、痛い。
ふーふーとその痛みを紛らわすようにしていたがそれでもまだ黙ったままの三人に、で?と問いかけた。


「どういうことなんですか?」


カップをカチャリと置けば、一斉に三対の目がこちらに向く。
少し居心地が悪くなり佇まいを正すように背筋を伸ばせばラビが得意げに指を立てた。


「まず、この状況が判明したのがついさっきだろ?それなのにリナリーが半日かかる場所から今ここにいられるのはそのついさっきの連絡じゃ無理さ」


「あぁ…」


「それにこのことを知ってる団員なんて数が限られていることに加え、」


「私にこのことを伝えた団員に、心当たりがないの」


すぐに気が付けなくてごめんなさい、と落ち込んでしまったリナリーにコムイさんが任務で疲れていたんだから仕方がないさとフォローと入れる。
そこまで説明されて、ぞわりと鳥肌が立つのを感じた。だってもしかしたら、教団のしかも中枢の人間になり替わってあの少女を地下牢に入れさせ、リナリーの連絡を取って情報を流した何者かがいる可能性が出てきたのだ。そんなことが可能なのはきっと、教団の内部の人間による犯行というのが恐らくは有力なのだ。


「でも、理由がみえないなぁ…」


気持ち悪いくらいに分からない、ぼそりとつぶやいたコムイさんの言葉は静かな医務室には淡々と響いて得体の知れない不快感を助長させるようだった。

2014.8.15



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投稿日:2017/0428
  更新日:2017/0428