黎明の子

まるで猫のようだった、手負いのねこ。
それも人に虐げられて傷つききった弱った猫だ。
こちらの挙動に毛を逆なでて威嚇し、必死に身を護っている。怯えているのにその震えを隠すように歯をむくのだ。
だからこそ手を叩き落された時までそんな彼女の状態に気が付けなかったことが不甲斐なかった、叩かれて手に痛みが走ってやっと気が付いたのだ。
当たり前だ、突然捕えて地下に幽閉してこの子は私たちのせいでこんなに顔色が悪くなるほどに死にかけたのだ。深い青い目に睨みつけられて底冷えするような感覚が体を襲い硬直してしまった。

こんなにも警戒させるまでの事を、こんな子にしてしまったのだ。
手首に巻かれた白い包帯が彼女の白い肌と似た色で悲しくなる、幼いころの自分が重なってしまって泣きそうになる。

それなのに。
それなのに、私の手を叩いてしまった直後の彼女の表情が目に焼き付いて離れない。鮮明に思い出せるその顔は戸惑いと同様に染められていて、泣いてしまいそうな顔に見えた。
私の少しだけ赤くなった手と私の顔を見て、何か小さく呟く。その言葉は弱く細く、ヘブラスカの所で聞いたときの声よりも掠れて震えていた。
もしかしたらと、言葉の通じない彼女がいった言葉をその表情から読み取るとしたら。
こんなに傷つけてしまったのに、あんなに一瞬触れた手が冷たくなっていたのに、それなのに。
それを考えてしまって本当に泣きそうになってしまった。








「螢」


やっと知れた彼女の名は、温かみのある柔らかい響きの物だった。
教えてもらえたという感激に似た感情と、言葉が通じたという嬉しさ。
全く通じないのと少しでも通じるのとでは全く別物だ、こうやって彼女の名前を頭の中で繰り返しているとそう感じる。
ドクターを呼んできますと出ていってしまったナースが着替えをさせようとしていたことを思い出す。
彼女の格好を見てそれを早くさせてあげなければいけないことに気が付き、しかし今度は考える。ドクターは恐らく第1医務室から第5医務室のどこかにいるだろう。ここは一番小さく辺鄙な場所にあるため少し時間がかかるはずだ。それまでこの格好のままなのは少しまずいだろう。露出もたかいしなにより寒そうだ。
着替えを取りにいったナースがそれをせずに出ていってしまった、しかし着替えはさせようとしたのだろう。襟元が大きく肌蹴ている。
そうしてさっきの彼女の様子を思い出す、私たちなどに近づかれたくなどないはずだ。きっと着替えなんてもってのほかだろう。

悩んだ、ハッキリ言って彼女の容体は見るからに悪化している。顔色はさらに白くなっていたし吐く息もどこか頼りない。目も霞んでいるのか瞬きが多く気を抜けばすぐに気を失ってしまいそうだ。本当なら手伝ってあげたかった、それでもこんな状態でも気を張って眠ることをしようとしない彼女を思えばそんなこと無理だった。


「はい、これに着替えて?」


ごめんなさいと心の中で付け足す。
全く言葉が通じない訳ではないようだと兄さんとのやりとりで分かったので通じてしまっては嫌だと思ったのだ。私の謝罪など、きっとこの子は貰ってもしょうがないだろうしほしくなど無いはずだ。
ゆっくりと、今度は驚かさないように離れて。
病人服なら今纏っているそれよりはだいぶ暖かいはずだし、そんなにボロボロで血のついたままの服をこのまま着ているのも辛いだろう。
手首の傷と足首のそれが少しでもよくなったらシャワーに誘おう、私が見張っておいてお気に入りのシャンプーを貸して。
そんな、そんなことしか出来そうになくて。
恐る恐る頷いた顔色は、相変わらず不健康そうな色で。
今度こそ、泣き叫びそうだった。



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投稿日:2017/0428
  更新日:2017/0428